9.半竜人族の少女、自らの得意を知る。

翌朝、ウォルの耳が最初に捉えた音は甲高い警笛の音だった。

是が非でも目覚めさせんとするとても大きな音だ。

ウイイィィィィーーーーー!ビイイィィィィーーーーー!

この音は幻想舎を取り囲むように鳴っているのがわかる。

ウォルは慌てて服を着替え、腕輪ブレスレットをつけて部屋から飛び出す。

ちょうどその時、角を曲がった隣の部屋からはこれが普通と言わんばかりの余裕さでロノやキコ、リコが出てきていた。

「これは何!?」

「これは警風笛。

 下の半島を囲むように強風が吹くから、その時に鳴るの。

 昇降機エレベータの半分くらいまで風が上がってきてる。これが鳴ってる時は慣れてる人以外は飛んじゃいけないことになってる。テラスとかに出るのもだめ。落ちた時に風に煽られて墜落するんだって。龍も飛べないって言ってた。下に降りるときは昇降機エレベータしか使えない。」

つらつらとそう説明するロノ。

最初は大きな音で頭が痛かったが、少しづつ慣れてきた。

よくよく聞いてみると綺麗な音色だ。風の強弱に合わせて音程や大きさが変わる。

風が奏でる音楽を聴いているようだった。

「ずっと過ごしてれば普通になるよ。これ鳴るの二週に一回くらいで、毎日鳴るわけじゃないし。

 ちょうど四人出てきてるから、このまま朝ごはんいこ!」

リコがそう言ってウォルを朝食へ誘う。

朝食は、昨日ホールンさんが食べていたお米と不思議な色のスープ、それに卵を焼いたものだ。生のまま味をつけて、溶いて少しづつ焼くらしい。

「この卵、螺旋鳥の卵じゃない!?やった!大好きなやつ!」

ロノはご飯の時いつもはしゃいでいる。

螺旋鳥というのはこの大陸の沿岸部に生息する鳥。魚を餌としているが、それを獲るとき螺旋を描いて海に突入することからそう名づけられている。

見たことのない濃い色をしたスープをウォルは恐る恐る啜る。口の中にしょっぱいような甘いような、どこか懐かしい味が広がった。

食事をしていると、朝から鳴り響いていた警風笛の音は少しづつ小さくなっていった。

ちょうどみんながご飯を食べ終わったところで、アイシャが今日の予定を話し出す。

「午前中はそれぞれ訓練、午後はドーン卿がいらっしゃるから講義室に集合ね。」

その言葉の意味をロノが説明してくれる。

「午前中は、みんな個人で古代魔術オールド・ソーサリーとか、固有能力を伸ばす練習をするの。下の階に訓練室があるから一緒にいきましょ。」

「訓練室?」

「そう、その中なら攻撃性の古代魔術オールド・ソーサリーとかも練習できるの。」

攻撃性の古代魔術オールド・ソーサリー…。ウォルはまだそれで戦うことを考えていなかったが、ロノがいうには世界に出て行くなら戦えることは必須条件なんだとか。

何かに襲われることもあれば、最悪の場合人攫いなどに連れていかれることもあるらしい。

そんな場面に遭遇する可能性を考えて、攻撃性の術式をひとつは覚えておくと良いのだとか。

「ま、ここにいるみんなは殆どが軍とかに所属予定だから、戦闘メインなんだけどね。」

「ロノも?」

「うん、私は黒衣集に所属予定だから、攻撃、防御、潜伏とか色々基準があるの。

 特に黒衣集は厳しいんだって。まだ黒衣集になっていない龍もいるくらいだから。」

「そうなの!?すごく狭い門なんだね…!」

ウォルはホールンさん達が急に遥か上の存在に思えてきた。

確かに黒衣集はこの国の最後の砦とステアが言っていた。だからこそ一番上の技量が求められるのだ。

「午後は、古代魔術オールド・ソーサリーについての講義があるの。

 “陽龍”が来るんだけど、みんなドーン卿って呼んでるのよ。」

「講義ってつまらなーい!話聞いてるだけだし!」

キコが話に乱入してきた。

「そんなこと言わないの!面白いときだってあるでしょ。」

「ほら、面白いときだってもあるってことは普段はつまらないってことじゃない。」

リコが宥めようとしたが、失敗したようだ。

四人で下の階に続く階段を下る。

そこは仕切りや家具が一切ない、大きな部屋だった。

既に何人かは空いた場所で訓練を行っている。ウォルの目にはその竜力が動く様子がはっきりとわかった。

古代魔術オールド・ソーサリーじゃない?」

「うん、古代魔術オールド・ソーサリーだけじゃなくて、龍力や竜力の制御とかもするの。」

そう話している間にも、みんなが続々とこの部屋に入ってきていた。一、ニ、三、…私を入れて十一!全員が集まっているようだ。

それでも静まり返った部屋。ただ龍力や竜力が大きく動くだけ。

目の前では早速リコが古代魔術オールド・ソーサリーの文字を作っている。それが消えたり、また現れたりを繰り返している。

その横ではキコが顔を苦悶に歪めている。竜力を使っているわけではないので、術式を組んでいるのかと思ったが、ウォルが作り出した時のように小さな文字が現れたりはしていない。

「ね、ウォルは、何か古代魔術オールド・ソーサリーを使えるの?

 私、まだ少ししか使えないんだよね…。」

ロノが小さく耳打ちをしてくる。

「私?えーっと、空を飛ぶやつだけ…。」

ウォルもロノに耳打ちをして答える。それに驚いたロノは思わず大きな声になる。

「すごい!飛ぶやつって作りたいとは思うけど具体的なイメージが湧かないじゃない!

 ウォルってすごいなぁ…。」

ウォルはいつも空を飛べる龍であるロノが難しいというのが不思議だった。が、ここで一つの仮説を思いついた。いつも飛んでいるからこそ人の姿で飛ぶという思考に至らないのではないか。だって龍の姿で飛んだ方が遥かに楽だし速い。

もしかして私、龍や竜の姿になれないからすぐにあの術式を習得できたのかも?

そしてそれは実際に正しかった。

「ねぇ、ロノ。今の人の姿のままさ、フワッと浮いてみようとしてみてよ。

 そのイメージなら簡単なんじゃない?」

「今ここで浮くってこと?」

「そう!」

「わかった、やってみる。」

そういうとロノは目の前を向いて集中モードに入る。

どれくらい待っていただろうか。ウォルが思わず寝てしまいそうになるくらいの時間を置いて、ロノの目の前に硝子ガラスのような半透明の小さな文字が集まってきた。

「“舞い上がる歩調フライ・ステップ”。」

「すごい!私も術式を作れた!」

ロノが興奮してはしゃぐ。

「ウォルって古代魔術オールド・ソーサリーを教えることもできるの!?」

キコリコ姉妹が二人のそばに寄ってくる。

「ホールンさんにちょっと教わっただけだよ。

 今のは、もしかしたらと思ったことを言ってみただけ。」

「ホールンさん?」

「あ、そっか。“銀角龍”だよ!」

その声に部屋にいた全員が一斉にウォルの方を振り向いた。

「“銀角龍”に師事したことがあるの!?」

「すごい!どんなこと教えてもらったの!?」

急にウォルの周りにみんなが集まってくる。

なんでもホールンさん、“銀角龍”は龍の中でも古代魔術オールド・ソーサリーなどの技術的能力の扱いが飛び抜けて上手いのだと言う。

そんな“銀角龍”に師事することは『舎』にいる子供の憧れであり、一種のシェーズィンでのステータスのようなものになっている。子供たちの間で“銀角龍”に教わったと言えばそれだけで一人前のようにみられるのだ。

現に銀角舎に所属する子供たちの殆どが白金舎と赤鱗舎に歩みを進める。途中からの編入者が後を立たないほど“銀角龍”は人気なのだ。

その本人も役職上多忙すぎて自分の舎以外に姿を表すこともほとんど無い。ましてや舎以外の子供に何かを教えたという前例がないのだとか。

「あ、そういえば上にいるって言ってたよ?」

ここでウォルは数日間ホールンさんがこのシェーズィン・ハインに滞在するという話を聞いたことを思い出した。

その爆弾発言に集まっていたみんなの目が変わる。

「「「そうなの!?」」」


「そうですよ。」


急に響く落ち着いた大人の声。

全員が一斉にその声のする方向、扉を見る。そこにはホールンさんが扉に寄りかかってこちらを見ていた。

「ホールンさん!」

ウォルが驚いて名前を呼ぶと、ゆっくりとこちらに歩き出す。

「呼ばれた気がしたので来てみましたよ。」

みんな驚いて声も出ない。

「おや、古代魔術オールド・ソーサリーの訓練をしていたようですね。

 せっかく暇な私がいるのですからここはひとつ皆さんに実践として教えることにしましょうか。」

「いいんですか!?」

アイシャやロノが驚いて叫ぶ。

“銀角龍”ラブのシャレンは歓喜と衝撃で固まっていた。

それから急遽始まったのはホールンさんの古代魔術オールド・ソーサリー講座だ。

「さ、皆さん間隔をとって丸くなってください。私が皆さんを見れるようにね。」

みんなが動きその場で円を作る。

「そうですねぇ、ちょっと広い方がいいかもしれません。」

そんな声に合わせて後ろに下がり、部屋いっぱいに広がった。その中心にホールンさんが入り、“銀角龍”の授業が始まる。

「幻想舎の皆さんですから、特殊な場合 ー ここでホールンさんがウォルに目を向ける ー を除いて仕組み等の基本は習得しているものとして話を進めますよ。これから皆さんは実際に術式を組んでいく段階にあるはずです。

 そこで、ちょうどいい古代魔術オールド・ソーサリーをひとつお教えしましょう。私の銀角舎で最後に教えるもののひとつです。」

一呼吸置いてみんなが話を飲み込むのを見計らうホールンさん。

「“万守の銀楯サイルヴァ・シールド”。」

そう言ってホールンさんが作り出したのは半透明の大きな盾。

「覚えておいて損はない、基本の防御の術式です。

 それでは実際にやってみましょう。」

ウォルが飛行の魔術を習得した時と同じように、ホールンさんは目を瞑り盾を頭の中で思い描くように言う。そしてそれをできるだけ細かく描写して声にするよう促していった。

「さあ、皆さん目を開けて。」

その声に一斉に目を開いたみんなは、自分の前に小さな文字が渦巻いているのを見て驚く。

「術式名を声に出してください。そうすれば完成です。」

「“撃斥の龍鱗ドラゴンズ・スケイル”。」

ウォルは術式の名前を言って完成させる。

前回はホールンさんと同じ術式名を唱えようとして口が勝手に動いたが、今回はなぜか不思議とその術式が分かっていた。

目の前には大きな菱形、半透明の青い盾ができている。

一番早く完成させたのはウォル。それからすぐに他の仲間からも声が上がり始める。

「“静寂の壁サイレント・ウォール”!」

「“水晶の紋盾クリスタル・エクスカシオン”。」

「“炎円陣フレイム・サークル”!」

「“堅牢なる壁盾グランドパヴィース”。」

…そして一番最後に完成させたのはキコ。

「…“凧盾プリベントカイト”!」

ホールンさんは周囲に出来上がった十一の盾を目の前にして拍手をする。

「素晴らしいです。一度で全員が成功するとは思ってもいませんでしたよ。」

何人かは今初めて実際に術式を完成させたという人も多いようだ。何度やってもできなかった古代魔術オールド・ソーサリーがこんなに簡単にできてしまうとは、と驚いている。

元々古代魔術オールド・ソーサリーを容易に組み上げることができたのはアイシャ、アンスタリス、ガジアゼード、それにリコの四人だけ。そんな四人すら十五分をかけてひとつといった具合だったのだ。他のメンバーはさらに時間がかかる。

それが全員ものの数分で出来上がってしまった。

「これが指導者メンターの力…。」

アイシャの声が全てを物語っている。

「ね、ウォルってめっちゃ術式組むの早くない!?」

ロノがウォルの方に寄ってくる。

「ウォルは古代魔術オールド・ソーサリーに完璧とも言える適性があるようですね。」

ホールンさんが言った。

「強力な想像力とその描写力。単に適性という言葉だけで表せる技ではないでしょう。

 これを学ぶための舎なのですが、ウォルは既にその力を身につけているようですね。」

ホールンさんはさらに続ける。

「ウォル、これからは自分で自分が必要だと思う術式を組んでみてください。

 あなたは既に古代魔術オールド・ソーサリーについては学習の段階ではなく実践の段階にいますよ。」

ロノをはじめとして、多くの顔が目を見開いて驚いているのがわかる。

なんせあの“銀角龍”が『教えることは何もない。』と言っているのだ。

ウォルは歓喜に震える。ホールンさんから古代魔術オールド・ソーサリーを認めてもらえたのだ。


「かなり時間がありますから。」

ホールンさんはそういって一人ひとりのところを周り、細かく教え始めた。

「ロノさん?“時龍”ですね。

 貴女は術式を組むときに副次的な効果などの関連の薄い部分を想像しているというのが主な失敗の原因のようですよ。

さらにいえば自分が既にできることに対する満足感が強い。飛ぶこと、防ぐこと、もしくは加速すること…。それらの術式は苦手としているようですね。」

自分の思考を的確に言い当てられたロノは思わず慌てふためいている。

「は、はい…!」

他のメンバーも、ロノへの個人教授とはいえホールンさんの言葉を聞き逃さないようにと必死だ。

「例えば、何らかの理由で飛べなかったら?鱗を貫通する攻撃を受けたら?

 自分がもし出来なかったら、と考えてみるのは大切ですね。

 実際にそう言ったことは起こり得ます。」

ウォルはホールンさんのその言葉に、あの人間の持っていた槍を思い出していた。竜が一方的に攻撃を受けた代物だ。ホールンさんもそれを念頭に置いて話をしているのだろう。

「さて、お次は…。

 おや、久しぶりですねぇ。シャレン。」

「は、は、はひ!」

真横のホールンさんに名前を呼ばれてシャレンがバグった。

「おや、大丈夫ですか?」

自分が原因だということに気づかないホールンさんは善意で気遣いの言葉をかける。

シャレンは必死に頭を縦に振った。おそらく声を出すと碌なことにならないと自分で気づいているのだろう。昨日のことを知っているウォルやロノは薄笑いを隠せない。

そんなシャレンへの助言は龍特有のものだった。

「そうですねぇ、『音』はあらゆるところに普遍的に広がるものですから、かなりの汎用性を誇ります。私の『大気』と同じようにね。

 ですから古代魔術オールド・ソーサリーにもその効果が載りがちです。でもそれは危険な側面を持ちます。音を封じられると何も出来なくなってしまうんですよ。その対応策として音と関係しない術式をいくつか組んでおくことをおすすめしますよ。」

「はい!わがりまじた!」

嬉し涙で鼻声のシャレンはなんとか肯定の返事を返す。

多分『私の大気と同じように』という部分で感情が爆発したのだろう。

その後もホールンさんは一周回るように助言をして回る。先ほどの時間だけで十一人全ての古代魔術オールド・ソーサリーの特性や癖を見抜いていたようだ。

中には気づいていないところで枷となっていた癖があった人もいたようで、助言後の構築がスムーズになったと驚いている。


そんなホールンさんの声を聞きながら、ウォルは早速自分の力だけで古代魔術オールド・ソーサリーを作り出さんと想像を始める。

思い描くのは治癒の力。

もし、目の前に大怪我を負った人がいたら?もし病気で苦しんでいる人がいたら?

あの時槍に貫かれて横たわる竜、そしてウォルは自分の母親を思い浮かべていた。

ウォルの目の前で文字が集まっていく。ウォルは想像を声に出さずとも術式を構築できるようになっていた。

「“回生の聖域リザレクト・サンクチュアリ

 “豊穣の雨レイン・フォース”。」

同時に二つの古代魔術オールド・ソーサリーが出来上がった。これはウォルも予想していなかった結果だ。

それに気づいたホールンさんが声をかけてくる。

「そうですねぇ、ウォル。この二つの術式の効果を説明できますか?」

ウォルは感覚でそれぞれの効果を口にする。

「一つ目は怪我を治すもので、二つ目は病気を治すもの?」

ホールンさんはその答えを聞いて微笑みながらも少し首を傾ける。

「惜しいですねぇ。感覚的には合っています。

 ただ、古代魔術オールド・ソーサリーにおいては感覚というよりもその効果を正確に把握することが大切ですよ。

 一つ目は再生力に働きかけ、負の効果を打ち消すもの。二つ目は体力や耐久力をはじめとして、対象が持つ力を強化するものです。

 それぞれ効果が違いますから、使い分けをする必要があります。」

「再生力と、負の効果の打ち消しが一つ目で、対象が持つ力を強化するのが二つ目…。」

ウォルはホールンさんが言ったことを復唱する。

「この効果を見るに、ウォルは私が竜を治した【原初の言葉オリジンズ・スペル】を想像したのではないですか?あれにはこの二つの術式の効果が共に含まれていますからね。ただ、分割されたということは他にも想像した事象があるみたいですね。」

今回初めて声に出さずに古代魔術オールド・ソーサリーを作ろうとしてみたのだが、その効果はホールンさんにしっかりと見破られていた。

しかも想像した元のものまで言い当てられている。ウォルはホールンさんの凄さというものを間近で感じた。

「そうですねぇ、ウォルにいうことはただ一つ。明確に、はっきりと。

 別のことまで思い浮かべてしまうと今回のように二つに分かれたり、構築出来ずに失敗することがあります。」

キコが私もそれが原因ですか、と質問する。

するとそれが大きいだろうという返答があった。

「二つに分かれるのはごく稀に古代魔術オールド・ソーサリーに高い適性がある者だけがなる現象です。ほとんどの場合は霧散してしまうでしょう。」

みんなの目が『二つを同時に作り出した』ウォルの方を向く。

そんなみんなの注意を引き戻すようにホールンさんはパチンと一度手を叩く。

「さあ、皆さん。今言ったことを意識して、それぞれの練習に取り組んでみてください。

 実践できればかなり改善する人が多そうですよ。」

その後はウォルはロノとキコに教える側に回った。リコはコツを掴んだようで、目の前に文字が集まっている。

キコはどうしてもいろいろなことを考えてしまってうまくいかないようだ。ウォルはホールンさんのように丁寧に説明してそれを声に出すように誘導する。

頭の中だけでは色々と考えてしまっても、声に出せば自ずとそのことだけを考えることができるようになる。

何度も何度も挑戦して、キコはやっと次の術式を作り出すことができた。

午前中が終わる頃にはほとんどが複数の術式を作り出すことに成功していた。アイシャによると今までこんなことはなかったらしい。

「“銀角龍”様の教えがよかったね…。それにウォルも。」

ウォルにとっては、思い描けば作り出せるレベルまでに慣れてきた術式の作成だが、本来幻想舎の仲間でも苦戦する難易度の高いものだということを再認識することになった。


ホールンさんはなぜか知らないがここ数日幻想舎に滞在予定らしい。

「数日ですがね、ここにいますからいつでも教えられますよ。」

それを聞いてみんなから歓喜の声が上がる。

一緒に昼食まで食べることになった。ここぞとばかりにパニックから復活したシャレンが側で質問をしたり話をしたりしている。

何かを誉められたらしい。シャレンがみるみる真っ赤になった。

ウォルは昨日のロノやキコリコ姉妹みたいだなぁと少し離れて眺めていた。

『これが青春ってやつなのかも。』ウォル自身にはそんな出来事は起きていないので、自分はどうなんだろうと思いを馳せる。

そういえば、ここに来るまでの間に何も考えずステアやホールンさんと話をしたり、手を繋いだりしていた。それを思い出して、実は知らないところでとんでもないことをしていたんじゃないかと少し不安になったりもしたが…。

『多分、大丈夫。多分。』そう言い聞かせて腕に嵌めている腕輪ブレスレットと紐飾りに目を落とす。

大丈夫じゃないかもしれない…。


午後は、朝連絡があったように講義の時間だ。

午前中に使ったやたら広い部屋の隣、机と椅子が丸く並べられた部屋に行く。ホールンさんもついてきて、壁に寄りかかってこちらをみている。

みんなが席について少し待っていると、どてどてどてと、何か重いものが階段を降りてくる音が聞こえる。

現れたのは恰幅の良いちょび髭の男性。肩に無造作に羽織っていた黒いローブを脱ぐと、中からオレンジ色のど派手な服が現れた。

「みなさんこんにちは!」

「「「「こんにちは!」」」」

ロノが話していた“陽龍”ドーン卿だ。

ここでドーン卿は壁に寄りかかってほぼ同化するような雰囲気のホールンさんを発見する。

「うおっ!!?これはサイルヴァ様!失礼しました。」

「はっは、久しく会っていませんでしたね、ドーン。」

ここにいると全く予想出来なかった“銀角龍”の存在にとても驚いている。

「失礼ですが、なぜこちらに?」

「はっはっは、見学ですよ、見学。

 …どうぞ?そのまま続けてください。」

ホールンさんが面白がってドーン卿にそう促す。

「いやいや、サイルヴァ様が講義をした方が遥かに良いかと思いますが!?」

「そうですねぇ、貴方の専門は熱と放射力の制御ですから確かにそれは的を得ていますね。ですが普段の講義の様子にも興味があるんです。」

「わ、わかりました…。」

ドーン卿は渋々といった具合で講義を始める。

ドーン卿は龍。即ち黒衣集の一員だ。そして“銀角龍”は黒衣集筆頭という立場。上司を前にしてさぞやりづらいことだろう。

「さて、今日は古代魔術オールド・ソーサリーの所以と発生についてですよ、皆さん。」


意志の力によって超常を起こすというものは古代から存在する技であった。この世界を生きる人々がそれぞれ言語を使い出すと、その言語自体に意思が宿り超常を起こすことが可能となる。それが魔術ソーサリーの発生である。

我々が使う古代魔術オールド・ソーサリーが個人によって術式が違うのはなぜか。そう、各人の意思によって術式が創られているからだ。

この発生が今から数万年前であると言われている。当時は龍、老樹トリスト神獣ハイビーストなどの神霊種族、それに精霊種族である上位人間族ハイヒューマン上位森人族ハイエルフ上位地人族エルダードワーフなどの現代における神域存在や上位ハイ/エルダーのつく種族が生活していた。

この中の上位人間族ハイヒューマンをはじめとする一部の種族がこの魔術ソーサリーを手軽なものにしようと研究を行った。その結果魔法マジックが生まれたのである。これは主要な魔術ソーサリーの効果を一定の言葉に封する事で容易に超常を起こすもの。人間族の行う詠唱チャント魔法言マジック・ワーズはこの決まった言葉を発している。

長い年月が経過するにつれてそれらの種族からは魔術ソーサリーが忘れ去られた。彼らはこれを発見 ー 実は再発見だが… ー した時に『古代魔術オールド・ソーサリー』と呼んだ。

ここでひとつの予期せぬことが起こる。圧倒的な人口を誇った人間族が魔術ソーサリーを再認識したことで、元より強力であったこれに能力の上昇が見られた。これは生命の認識数に比例した能力の上昇であり、この上昇後の魔術ソーサリーを我々も古代魔術オールド・ソーサリーと呼ぶようになった。

今、我々龍族からも元来の魔術ソーサリーは忘れ去られようとしている。そもそも古代魔術オールド・ソーサリーが術式を持っている時点で魔法マジックに近づいているのだから。もしその力の大小を表すとすればこう。


魔法マジック ≪ 魔術ソーサリー < 古代魔術オールド・ソーサリー


ここまで講義を進めたところで、ドーン卿はホールンさんに声をかける。

「ですよね、サイルヴァ様。」

ホールンさんは静かに答える。

「その通りです。“私はドーンの横に転移する”。」

ホールンさんから発せられたのは古代魔術オールド・ソーサリーとも違う、新たな言葉だった。

ホールンさんがドーン卿の横に現れる。

「そのまま意味のわかる言葉だったでしょう。それでも強い力を感じたはずです。これが本来の『魔術ソーサリー』ですよ。」

そこまで言って、ホールンさんはまた声を発する。

「“私は元いた壁の前に戻る”。」

その瞬間、またホールンさんの姿がかき消え、壁のそばに姿を現す。

「このように、魔術ソーサリーを扱える者は非常に少ない。

神域存在や太古から存在する者でなければ。これを自由に扱うのは私ですら難しいのです。」

そうドーン卿が締めくくる。

「元々原理は同じです。威力の違いですからまぁ、古代魔術オールド・ソーサリーを使用しても問題ないでしょう。

 ただ、このようなものがあったということを後世に残していかねばなりませんけどね。」

ホールンさんもそう言って黙り込む。

一呼吸置いてドーン卿が声をかける。

「さて、今日のところの講義はこれまで。

 今日は古代魔術オールド・ソーサリーの所以と発生についてお話ししました。次回はその発展について話すことにしましょう。

 今日のことは忘れないでおいてくださいね。」

「「「はい!わかりました!」」」

みんなの返事を聞き、ドーン卿はホールンさんに一礼をしつつ講義室を出ていく。

ドテドテとまた階段を登る音が聞こえた。

「さて、私も少しやぼ用・・・がありますから、今日のところはここで失礼しますよ。」

ホールンさんもそう言って部屋を出て行ってしまった。

椅子に座ったままそれを見送ったみんなに静寂が訪れる。

と、出ていったはずのホールンさんが少し戻って部屋に顔を出し、ウォルに向かって声をかける。

「そうですねぇ、ウォル、もし古代魔術オールド・ソーサリーを練習する際は出来るだけ隣の部屋でお願いしますね。隣の部屋は強力な防御によって古代魔術オールド・ソーサリーでは突破出来ないようになっていますから。」

思い描いたものをすぐに術式に書き起こすことができるウォルは、例えば攻撃的な式だった場合周囲に甚大な被害を及ぼしかねない。ただでさえここは上空。術式の余波で落ちてしまっては助け切れない場合がある…。

「わかりました!」

今まで以上にしっかりと返事をして、何か式を作るときは隣の部屋で、と忘れないように念じる。


その日の午後、ウォルはロノとキコリコ姉妹と共にその大きな部屋で古代魔術オールド・ソーサリーの作成と練習に明け暮れた。キコやロノも何とか一人で術式が組めるようになり、リコもその練度が増してきた。

今はウォルとロノが古代魔術オールド・ソーサリーを用いた模擬戦の真っ最中。

ホールンさんに頼み込んで、お互いが怪我をしない防御の術式をかけてもらっていた。

「“蜘蛛の鎖陣チェイン・サークル”!“流星の撃メテオバレット”!」

「うそぉ!二個同時!?“時間の鍵クロック・ロック”!」

「ロノだってそれ反則でしょ!」

ウォルに至っては鮮明に思い描き、強く念じれば一瞬で術式が出来上がるレベルだ。

他にも『どんな場面に立ち会うかわからない。いざという時のために。』と今までに創った式を瞬時に展開して使うことも四人で練習した。

窓から見える景色が真っ黒になり、アイシャが『晩ご飯は?』と呼びに来るまで四人の練習は続いた。

ウォルの力を目の当たりにして、他の三人に火がついたようだ。動けぬほどまでヘトヘトになって、四人は広い部屋に寝転んでいた。

古代魔術オールド・ソーサリーって楽しいね。」

今まで一度も古代魔術オールド・ソーサリーを使えていなかったキコが笑って言う。やはり今までできなかったことができるようになると楽しいものだ。

「ルイン様も褒めてくださるかなぁ。」

そう心配するのはロノだ。

「大丈夫だよ。ルイン様も、ステアもホールンさんも驚いてくれる!」

ウォルは隣の晴れやかな顔をしているロノを見てそう断言した。

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