5.半竜人族の少女、空を飛ぶ。

初めはウォルにしか感じられなかった神力の渦も、少しづつ大きくなる。

今や圧を持って広場を吹き荒れているそれに周囲の目が引き付けられる。

その渦の中心にひとりの男が姿を現した。

青のローブに片眼鏡。

「“世界龍”様!」

黒衣集が一斉に跪く。氷竜フロストや“幻想龍”も頭を下げた。

ウォルも隣のステアに釣られて小さく頭を下げる。

「ふむ。」

一周周囲を見回した“世界龍”は何かを理解したらしく、おもむろに力を行使する。

「【・剣槍手収・《剣と槍は手に収まる》】。」

するとホールンが仕留めた男の、地面に転がっていた剣、そしてまだホールンに壊されずに辺りに散らばっていた槍が一斉に浮いた。それらがひとりでに“世界龍”の目の前まで集まっていく。

「なるほど、これらだったか。現代に残っていたとは驚きだ。

 “幻想龍”、“銀角龍”礼を言うぞ。ここでこれらの存在を把握できたことは大きい。」

目の前に浮く武器を見て、“世界龍”は満足そうに頷く。

命を奪われることなく生かされていた『竜殺しの騎士ドラゴンスレイヤー』らは、その様子を戦々恐々として見ていた。

自分達だけが使えると思っていた槍をいとも簡単に手元に呼び寄せ、それがなんたるかを理解しているらしい“世界龍”。

自分達だけの優位が瓦解しかけている。

拡散スペル・ブレイク。」

突如として発せられた言葉。

その言葉を受けて槍と剣からそれを囲むように円形に文字が浮き出る。それはホールンが使用したような半透明で赤橙色をした文字。

槍の周囲に浮かぶのは六文字づつで構成された四小節フレーズ

【・此槍竜貫至死・使可者選与力・自飛使声依戻・此力不壊不変・

 《此の槍、竜を貫きて死に至らしめる》《使える者を選びて力を与う》《自ら飛び、使う声に依て戻る》《此の力壊れず変わらず》】

剣には四文字の三小節フレーズ

【・剣万物斬・使者強力・此力持永・

 《剣、万物を斬る》《使う者の力を強める》《此の力持つこと永なり》】

その文字は“世界龍”のスクロールする動作に合わせてゆっくりと回転した。

「馬鹿な!それは仙匠様の権能のはず!」

捕らえられた騎士の一人が思わず叫ぶ。周囲の目が集まったのを感じ、しまったと思ったのであろうがもう遅い。

「仙匠?なるほど、これを扱える者が人間にもいたのか。面白い。」

“世界龍”のさもありなんという声に騎士たちの恐怖はつのる。

「違う!それは仙匠様が発明なされた力だ!」

「お前がその力を模倣したのだ!」

自らの、『人間』の得た圧倒的優位を逃すまいと、捕らえられた騎士達は口々に叫ぶ。

“世界龍”は呆れ顔だ。

「君たち、それ以前に自分の置かれている状況を理解しているのかな?」

怪訝な顔をする彼らを前に黒衣集に“世界龍”は命じる。

「これの国に降伏勧告を出せ。

 順すれば許しこれらを帰還させる。反すれば軍を向け滅ぼす。行け。」

その声に数人の黒衣集が消える。

淡々と告げられた声に自身の国が危ういことに気がつく。より一層青さを増す騎士たちの顔。

“世界龍”は捕らえられた騎士達に向き直った。

「さて、いくつか訂正しよう。

 これ・・は君たちのいう仙匠とやらが作り出したものではない。」

“世界龍”は目の前に浮く剣や槍に意識を向ける。

剥奪スティール。」

その声に合わせて武器を円形に囲んでいた文字が一斉に離れて彼の目の前に直列に並ぶ。

「悠久の時を生きる我らが元来より得意とするもの。その仙匠とやらは我らと同じように数万年前から生きているのかな?

 さらに言えばその者はこれを使えない・・・・。正しくは『複製してこのような物に貼り付けることができる』だけだ。

まあ、そのような方法すらどこで知ったか疑問だが。ぜひ質問してみることにしよう。」

次々に突きつけられていく現実に、騎士たちは黙り込むか狂気に支配されるかのどちらかだった。

「だまれ、だまれ、黙れぇぇぇ!あのお方を愚弄するのかぁ!」

なおも吠える騎士。だがそれでも“世界龍”は口調を崩さない。

「まあいい、全ては数日のうちに明らかになる。」

ウォルは“幻想龍”の服にしがみついたまま、その一連の問答を見ていた。

“世界龍”が無造作にいつも“幻想龍”がするように手を振ると、その場で拘束され喚いていた騎士達がかき消えた。

“世界龍”はメレイズの国王や集まっていた人々の方に向き直ると声を張り上げる。

「我らが為にこのような事態になってしまったことを謝罪する。

 【・逆転・《逆に転じよ》】。」

彼が目の前に作り出した文字。それが光粒となって崩れ去った飛空船や半壊している王城に建物、それに跡形もない噴水に飛んでいく。

それらを光粒が囲んで回り始めると、崩壊を逆再生する様にそれらが治り始めた。

目の前で起きたあり得ない出来事に周囲の人々はそれを見守るしかない。子供達は目を輝かせ、大人は思考を捨てている。

ウォルにとってもそれは不可能を可能にすることを示す強烈な力だった。

「すごい、一瞬で飛空船が直った…。」

隣にいる“幻想龍”がそのウォルの声に反応して声をかける。

「すごい力よね…。私が同じことをしようと思ったらもっと時間がかかるわ。

 でも、あれすら“世界龍”様の力の一端にも満たないの。

 ウォルもいつか見れる時が来るわ。“世界龍”がその力を使う時を。」

「どんな力なの?」

「彼は、この世界そのものを操れる。

 そうねぇ、例えば半島を作り出したのは記憶に新しいわね。エンデアに戻ったら、ウォルを案内してあげる。」

想像もできない“世界龍”の力。

だがそれよりも…。かの“幻想龍”自らが国を案内すると言っているのだ。

ウォルの意識はそちらの方に向けられた。

「え、いいの!?」

「もちろん!ウォルのためなら、いろんなところに案内してあげるわ。」

そんなに気を使ってもらっていいのだろうかと少し罪悪感を感じたが、“幻想龍”と共に居たいという気持ちが勝った。

「ステア、ありがとう!」

自らの名前と感謝を述べられ、“幻想龍”の顔が明らかに晴れる。

二人がそんな話をしている間にも、“世界龍”は新たな文字を作り出していく。

「【・血集失力・《血、集まりて力を失う》】、【・場直鎮気・《場を直し気を鎮める》】。」

今度はどんな力だろう。ウォルは好奇の目を向ける。

すると、広場の所々に付着していた竜の血が少しづつ集められていき、彼の目の前で球状に纏められる。ウォルの目には血に重なって薄い龍力があるのがわかった。それらも同時に集まり、集まりきったところで血と共に消える。

「血に龍力がある?」

ウォルはそんな独り言を呟く。

「あら、よく気付いたわね。正確には竜の血だから竜力よ。

 竜の身体を構成するものは、どんなものでも竜の力を持つの。」

“幻想龍”が丁寧に説明してくれる。

「ってことは、そのままにしておくと血だけじゃなくて力も残ったままになっちゃうってこと?だから“世界龍”様、はわざわざ血を集めたのね。」

「そう。魔術の媒体としても使えちゃうし、その力は人間にとって遥かに強大だから、その力を消しておかなければいけないの。

 やっぱり、ウォルは頭がいいわね。」

続けて、“世界龍”が作り出した二つ目の小節フレーズが効果を発揮していく。

先ほどの光で直りきらなかった部分 ー 街灯の曲がりや地面の砂利、ドアの取手など ー が元通りになり、周囲の殺気立った空気が一気に沈静化する。

ウォルと“幻想龍”の話が一段落すると同時に“世界龍”の力もその役割を終えて消える。

一拍置いて、二人の目の前に“世界龍”が短距離転移をしてきた。

「名前で呼ぶほど仲が良くなったのだな。」

その声にウォルは自分が“幻想龍”のことをいつのまにか『ステア』と呼んでいることに気づく。

「ご、ごめんなさい…。」

反射的に謝るが、“世界龍”は笑って言う。

「我ら五龍の名は、名自体が莫大な神力と龍力を持つ。

 その中でもファーストネームを呼べると言うことはそれだけで特別だと言うことだ。ウォル、君は何か特殊な力を持っているのかもしれないな。

 これからも我らの友としてぜひそのまま名前を呼んでくれ。」

なんと、そのまま許されてしまった。

「はい!」

ウォルの元気の良い返事を聞き、“世界龍”も満足そうに頷いた。


今、ウォルの横には“幻想龍”が。目の前には“世界龍”が立っている。すぐそばには“銀角龍”もいる。

伝説上の存在が目の前にいる。ウォルは心が震えているのがわかった。

今にも座り込んでしまいそうな、力の入らない自分の足に頑張れと声をかけ、胸を張ってそこに立つ。今までの、周りと自分の心に耐え続けるだけのウォルと別れを告げるように。

あの“世界龍”に『我らの友』と呼んでもらえたことを胸に。


「そう、話を保留していたウォルのお母さんの件だけど、私たちで保護することは変わらず、しっかり療養をしてもらうことにするわ。

 あまり会えなくなってしまうけれど、それでもいいかしら?」

「はい。お願いします。」

はっきりと“幻想龍”に答える。確かに今まで育ててくれた母だったが、『母のために嘘をつくこと』から解放されたと思うと少しだけ離れることに嬉しさがあった。

「さて、ウォルがエンデアで生活するとなると、衣食住学が必要だな。

 身近なところで『銀角舎』か、もしくは高等舎になってしまうが『幻想舎』がいいだろうと思うが、どうかな。」


エンデアでは、学校や寮に代わって『舎』という制度がある。各龍を筆頭に、その配下たちが活動を行なっている場所に子供を受け入れて衣食住を与え、学問を教える。

それぞれの『舎』には龍、竜そして竜人族の子供たちが無作為に割り振られる。入り混じって五年間を共にすることで、それぞれの種族の多様性を学ぶのだ。

それぞれが独立して活動を行なっている龍を舎主として、その龍の冠する名をとって舎名としている。その中でも『仙天楼の五龍』の『舎』である『白金舎』、『紅鱗舎』、『幻想舎』はそれぞれ政治学、軍事学、神力学を教える高等舎として存在していた。通常舎を出た後、より専門的な技能を身に付けたいと考えた者が推薦や志願で高等舎に所属するのだ。

政治を学び、将来的に二十九評議会に所属したり宮殿での政治に参画する者は『白金舎』に。

軍部に所属し、指揮官階級として国を守る者は“原初”の鱗色から取られた『紅鱗舎』に。

そして『仙天楼の五龍』直属の補佐官となる者、黒衣集に所属予定の龍の子供は神力の使い方と戦闘方法を学ぶ『幻想舎』に。


「ウォルはこのように我々と容易に受け答えができます。

 私としては一般教養は習得済みと認定して通常舎を飛び越えて高等舎へ編入という形でも問題ないと思います。

 現に先ほども散った竜の血を集める真意を当てました。」

そういうのは“幻想龍”だ。

「ほほう、そうなのか…。

 ふむ、いいだろう。“視”たところ神力の応用に高い適性を持っているようだ。

 『幻想舎』への編入手続きを済ませておく。私の方から二十九評議会へ下ろしておこう。」

「感謝します。」

「ありがとうございます!」

なんと“世界龍”自ら動いてくれるというのだ。“幻想龍”に合わせてウォルも感謝を述べる。

さらに、“世界龍”の話では私に神力の応用への高い適性があると言った。

自分の目で見たところでは、自分が神力を持っていることはわからない。でも、もし神力が学べるなら飛空船の甲板でホールンさんと話したことが現実になるかもしれない!

ウォルは胸を高鳴らせた。

こちらの話が終わると、“世界龍”は少し離れてホールンさんと何かを話している。今後の予定などだろうか。

途中から、正使者としてここに赴いていた氷竜フロストも合流する。“世界龍”の言葉に合わせ、二人が何度か頷いた。

氷竜フロストがメレイズ王国の首脳陣の方へ歩いていく。

ホールンさんは他の黒衣集に指示を出し、続けて飛空船の竜達へ何かを言っている。

一騒動を終えて、当初の予定に戻ったのだ。

氷竜フロストはこのままメレイズ王国と新たな条約を結ぶために残る。ホールンさんは黒衣集に監視護衛の任務に戻るよう伝え、飛空船の今後の動向を指示しているようだ。

“世界龍”がこちらに向かって手招きをしている。

「“世界龍”様がエンデアまで送ってくださるって。行きましょ。」

“幻想龍”に連れられて、ウォルは歩く。

「“座標門ポイント・ゲート”。」

“世界龍”が古代魔術オールド・ソーサリーで作り出したのは、ちょうど一人が通れるサイズの円形の膜。

近くまで行くと、なんとその幕の向こうにはエンデアの宮殿の白い階段が広がっているのが見えた。

“幻想龍”に手を引かれ、ウォルはそのゲートを通る。後ろからは追いついてきたホールンさんが続いた。

後ろで今通った門が収束するように消える。ウォルは一気に近未来的な建築群のど真ん中、エンデア首都に帰ってきた。

「ウォル、この後どうする?

 幻想舎に向かってもいいけど、私がエンデアを案内してもいいし。少し早いけどお昼ご飯にするのもいいわね。」

ステアはこの後もウォルと共に居てくれるようだ。

「ステアと一緒にいろんなところを周りたい!」

「いいわね、歓迎ツアーにしましょ。」


ウォルと“幻想龍”、それに護衛のホールンさんと回るエンデアのツアーが始まった。

まずは宮殿。

三人のいる階段と平らな広場を挟み、宮殿の前に鎮座する二つの巨大な鐘。真横に来たことで分かったが、鐘の後ろ、宮殿の内部に続くように太い鎖がつながっていた。

そんな大鐘を横目にそのまま正面の大扉から宮殿に入る。前回は周囲をじっくりと見る余裕もなく忙しかったが、今回は三人でゆっくりと見て回ることができる。

「ここは謁見場。他の国の人たちを招いてパーティが行われたりもするのよ。」

ウォルの目は壁面に等間隔にかけられた赤を基調とした飾り旗に吸い寄せられる。

塔のような建物を中心に、左側には東洋龍、右側には西洋龍が描かれている。その周囲はさまざまな幾何学模様で縁取られていた。

「この旗はエンデアの国旗なの?」

隣にいるステアに質問してみる。

「そうよ、『世界を見渡す楼』を中心に、“世界龍”と“原初”が描かれているの。周囲の模様は高尚さと強力な護りを現しているのよ。」

宮殿は謁見場の左右に二十九評議会の大議場と軍議場、さらにその奥は五龍が会議を行う離れに延びる構造になっている。ほぼ全てが白い重厚な柱と壁で造られており、所々にある赤い旗がくっきりと目立った。

五龍の議場に続く半廊下まで来た時、ウォルはステアに左右に続く道がどこに行くのかと尋ねてみた。前回来た時に気になっていたのだ。

「左の道は…。あの奥の鋭峰が見える?あの山の中腹まで続いているの。

 そこには“原初”と“白金龍”の楼があるんだけど、私でも無断で立ち入れないから…。

 こんな感じよ。“幻想の箱庭イリアル・ガーデン”!」

“幻想龍”の力で、目の前の景色が変わる。

ウォルは半廊下を高速で進んでいた。足を動かしていないのに、目の前の景色だけが高速で移り変わっていく。目の前には鋭峰を抱く山が聳えている。

途中から半廊下は横の柱が無くなり大きな橋のようになった。山に近づくにつれてその橋が山の中腹に空いた穴に吸い込まれているのがわかった。その速度を維持したままその穴に入っていく。その瞬間、目の前に宮殿が現れた。首都の白いものとは違う、山をくり抜かれてできたものだ。かなり古いものなのだろう。首都の宮殿のような幾何学的な美しさではなくあちこちに施された細かな装飾が目立つ。

「古い時代の宮殿を“原初”と“白金龍”が住居として使っているのよ。」

ステアの声と共に映像が途切れる。気づくと視覚は元の白い宮殿に戻ってきていた。

「右の道は、“世界龍”の私庭まで続いているの。

 こっちの方は、ごめんなさい、私も行ったことがないから映像を見せられないわ。」

なるほど、さっき山の方に向かったものはステアの過去の記憶を再生したものなのか。“幻想龍”の力は、ウォルが見ている限りでは感覚に影響を及ぼすもののようだ。

「この宮殿はこんなところかしら。五龍の議場にはもう行ったものね。

 政治に関する実用的な部屋しかないからつまらないのよねここ…。戻りましょ。」

ステアはウォルを抱き寄せる。

すると次の瞬間二人は再び宮殿の正面、白い階段の前に立っていた。

遅れてホールンさんも近くに転移してくる。

「ステア、今の移動って何か力を使っているの?

 ホールンさんみたいに何か唱えた感じもしなかったけど…。」

「私の跳躍ジャンプは、私の固有の力を使って跳んでいるの。

 ちょっと難しいけど…。私の『幻』の力は、『現実にある存在を曖昧にする』っていう力と『周囲の現実を私の作り出す幻世界に取り込んで自由に改変する』って言う力、『私の思い描いたものを現実に出現させる』って言う力の三つから成り立っているの。それを組み合わせることで、擬似的に転移ができるのよ。」

思った以上に複雑だった。ウォルの頭の中にはいくつも『?』の記号が浮かぶ。

これだけの難しい作業をあの一瞬のうちに頭の中でやるというのはどれほど凄まじい労力を使うのだろうか…。

「なんか、わかんないけど、すごい!」

「ふふふ、これは私にしかできないわね。でも、慣れれば簡単なのよ?

 それから、ホールンは別の移動方法を使っているから聞いてみるといいわ。ね、ホールン。」

「ええ、私が使っているのは古代魔術オールド・ソーサリーのひとつ、“短距離転移テレポーテーション”です。自身が認識できる範囲で、指定した座標と今いる座標の物体を入れ替えるものですよ。」

「『古代魔術オールド・ソーサリー』!?」

初めて聞いた単語だったが、どこか懐かしい感じもした。

「ウォルも学べば使うことができますよ。最終的な習得には長い年月が必要ですが。

 これからウォルが生活する幻想舎でも、これは学べますよ。」

俄然これからの『幻想舎』での生活が楽しいもののように思えてきた。

「そうなの!?やった!

 そういえば、今ホールンさんが使ったやつと、“世界龍”様が私たちを送ってくれた時に使ったものは同じものなの?」

私もホールンさんのように『古代魔術オールド・ソーサリー』を使いこなしてみたいと思えば思うほど、さまざまな疑問が湧いてきた。

「よく見ていますね!

 “世界龍”様が使ったのは『座標門ポイント・ゲート』です。私の使ったものとは違い、あらかじめ指定しておいた場所と今いる場所をつなぐ界を作り出すものですよ。これは物体の入れ替えではないのでどんなものもそこを通ることができるんです。」

ここでウォルは思考が停止しかけたが、ステアが助け舟を出してくれた。

「ウォルはまだ『界』の概念がわからないのではないかしら?

 ウォル、『空間』は分かる?」

「うん、今この場所に広がる領域そのものみたいな感じでしょ?」

「そう、いいわね。その空間を剣で切ったと思ってごらんなさい。

 その剣が通った部分を面として見たとき、その面を『界』と言うのよ。」

これならウォルでも理解することができた。

「ホールンさんのはものを入れ替えるやつで、“世界龍”様のは二か所の『界』を無理やりくっつける感じ?合ってる?」

「その通り!完璧ですよ。」

ホールンさんのお墨付きをもらった。

「やはりウォルは高等舎で正解ですね。この勢いならば容易に古代魔術オールド・ソーサリーを学べるでしょう。」

「ええ、本当にそのようね。将来がとっても楽しみだわ。」

この国に来てから、ウォルにとって初めてのことが沢山ある。

今だって、初めて『ウォル自身の何か』を認めてもらえたのだ。しかもそれがステアとホールンさんからとなると、余計に嬉しかった。

「この後はどうしますか?幻想楼の方へ?」

ホールンさんがステアにこの後の予定を聞く。

「そうねぇ、この道を辿っていこうかと思ったのだけど、どうかしら。

 そうすれば途中のガズウェにも寄れるかな。」

「いいと思います。せっかくですから、ウォルも古代魔術オールド・ソーサリーを使って移動してみてはどうですか?」

「私も?」

突然の提案に戸惑いを隠せない。

「本来古代魔術オールド・ソーサリーはその仕組みから教えていくものですが…。

 ウォルならば大丈夫でしょう。」

そんな判断でいいのか!?と思ったものの、せっかく古代魔術オールド・ソーサリーを教えてくれると言うのだ。せっかくの機会を無駄にはしたくない!

「お願いします!」

そういうとステアも笑って背中を押してくれた。

「今すぐにできなくても大丈夫。恐れず挑戦してみなさい。」

「それでは、今から教えるものは私の『翼なき飛翔ウイングレスフライト』です。

 これは龍が今の私のような人の体の状態で空を飛ぶために作られた術式です。

 古代魔術オールド・ソーサリーは個人によって使えるものが違うので、イメージと術式の作り方を教えるだけになりますが…。そのあとはウォルの意志の強さと想像力だけが頼りです。いいですか?」

ウォルはホールンさんに向き合って身構える。

「では、目をつぶって自分が空を自由に飛んでいる様子を想像してください。

 そこで見える景色、自分自身、周囲の様子…。想像しましたか?」

言われるがままに、ウォルは目を瞑って自分が空を飛んでいる様子を思い描く。

飛空車や飛空船に乗っていた時に見た景色。ホールンさんは龍として飛ぶ時の景色はこれに近いと言っていた。遥か下方には沢山の家や人々。その頭上を悠々と飛んでいくのだ。自らの身体が風を切り裂いて進む。雲の間を、その上を。自分が望む方向に、凄まじい速さでウォルは空を飛んでいる。

「それではそれをできるだけ細かく言葉にして声に出してみてください。」

そう言われ、ウォルは恐る恐るその想像を言葉に起こしていく。

「ずっと下の方に、街とそこに住む人たちが見える。すぐ横に雲があって、それもすぐ後ろの方に流れてく。風が頬を撫でて過ぎ去っていく。身体を前に傾けると、もっとスピードが増した!自分が行きたいって思ったところにヒュンって飛んでいってる!」

自分の中でいつのまにかそれが想像か現実かの区別がつかなくなっていく。

「ウォル、目を開けてごらん。」

ホールンさんの声に、想像の世界から帰ってくると、目の前に自分が口に出した言葉が浮いていた。青っぽい色をした細かい文字は渦巻いて一点に纏まっていくようだった。

自分にこんなことができると思っていなかった。

形は違えど“世界龍・・・様が使うような・・・・・・・力みたい・・・・だ。

「さあ、ウォル、術式の名前を言って、完成させてみてください。」

翼なき飛翔ウイングレスフライト』!

「“自由なる大気の翼リバティウイング”!」

ホールンさんと同じ術式の名前を言ったつもりなのに、口から出てきたのは全く別の言葉だった。

その声に合わせて集まっていた細かい文字が大きな文字を作る。

『自由なる大気の翼』と書かれたその文字は、ゆっくりとウォルの胸の中に入っていった。


出来上がった文字がウォルの中に入っていくその一瞬、それが【・自由大気翼・】と変化したのを捉えたのは、ウォルの目だけだった。だがそれも、ウォルも自分が古代魔術オールド・ソーサリーに成功したことの喜びに気を取られ、そのことを忘れてしまった。


「ウォル、素晴らしいですね。その術は既にウォルのもの。

 ウォルが使いたいと思った時に名前を言えばすぐに行使できますよ。」

ホールンさんが興奮気味に教えてくれる。

「大気の力が混じった?ふふふ、ホールンが教えたからかもしれないわね。

 じゃ、このまま大通りに沿って飛ぶわ。いくわよ。」

ステアの声に合わせてウォルはたった今習得した古代魔術オールド・ソーサリーを使う。

「“自由なる大気の翼リバティウイング”!」

周囲の空気がウォルの周りに渦巻いた。

「“翼なき飛翔ウイングレスフライト”。」

「“幻想蝶の舞踏バタフライ・ダンス”。」

他の二人も飛行用の古代魔術オールド・ソーサリーを使う。

先に飛び上がったステアを追って、ウォルも空に意識を向ける。身体がふわりと浮き上がる。大気に支えられたその体はウォルが思い描いた速度でステアの横に移動して、動きを止めて浮遊した。

先陣を切り、ステアが円門に向かって飛ぶ。周囲からは“幻想龍”と共に大通りの中央を飛ぶ少女に注目が集まっていたが、当のウォルは真っ直ぐ飛ぶのに精一杯。少しでも意識を散らすと高度が下がったり、失速してしまうのだ。

やっとのことで感覚に慣れ、後ろを飛ぶホールンさんに意識を向けることができるようになった時、円門は遥か後方にあった。

門を越えてしばらく進んだ今も、道の両側には沢山の大きな建物が立ち並んでいる。

首都からこれだけ離れた今だから分かったが、首都は巨大な山脈の中腹に位置していた。その山脈の一番左に“原初”と“白金龍”の住まう鋭峰がある。


延々と続く大きな道の上を、ステアとホールンさんと共に凄まじい速度で飛行していく。

少しづつ感覚を掴み、今やウォルはステアの周囲をクルクルと旋回できるまでになっていた。

「ウォル、今我々は竜の速度で飛行していますよ。」

ここまですぐに上達すると思っていなかったのだろう。ホールンさんも驚き顔だ。

「これが、翔ぶってことなのね。」

ウォルの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。

眼下には白い道、そしてその両側には限りなく続く地平線。遠くに竜が編隊を組んで飛行しているのが見える。自分の腕を見ると、青緑色の鱗が太陽に照らされてキラリと輝いた。

ウォルは自分が竜の仲間入りを果たしたことに気付く。

『今日のこの瞬間を、私は絶対忘れない。』

ウォルが初めて覚えた古代魔術オールド・ソーサリー、『自由なる大気の翼リバティウイング』それは文字通り彼女が自由を手に入れたことを意味した。

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