最終話 夜空の向こうへ

 そうして、いつもの食事のほかに、お湯を入れたティーポットとティーカップが二つ。それに紅茶とクッキーをつけてくれた。


(お願いしてみるものね。お客さまをお迎えするのに、何もないなんて嫌だもの)


 パープルは何も言わなかったが、無理をしたことはオリバーたちにもわかっていた。


「ありがとう。おいしいね、この紅茶」

「よかった。クッキーも食べてみて」

「うん。うまい。パープルも食べて」

「ええ……おいしい。フフ、だれかと食べるってこんなに楽しいのね!」


 ヴィクセンはいちごを食べながらなみだを流した。


「どうしたの、ヴィクセン! もしかして、すっぱかった?」

「うう、ちがうわ。ちょっと、胸が痛かっただけ」

「ええっ?」

「大丈夫だよ、パープル。たぶん、すぐ治るから」

 オリバーが言う。

「ほんとに?」

「ええ、もう大丈夫よ」

 ヴィクセンが安心させるように言った。

「ああ、よかった」


 オリバーは苦笑し、「そういえば、プレゼントは決めたの?」とパープルにきいた。


「ええ、決めたわ。わたしがほしいのは、あなたたちと過ごす時間よ」

「時間?」

「そう。忙しいのはわかってるけど、ぜんぶ仕事を終わらせてからでいいの。朝まで一緒にいてくれないかしら?」


 たったひとつの願いごとが、ぼくたちと一緒にいることなんて!


「わかった。必ず帰ってくるよ」

「ちょっと、そんな約束して大丈夫なの?」

 ヴィクセンが焦った声を出す。

「もちろん、ヴィクセンの働き次第だけどね」


 オリバーとパープルがヴィクセンを見た。


「ハア……わかったわ。そうと決まれば、さっさと行くわよ」

「さすがヴィクセン!」


 その夜、再び塔の部屋を訪れたオリバーたちは、一晩中パープルとお喋りをした。


 ◇


 パープルは、十三歳のクリスマスも、十四歳のクリスマスも、同じ願いごとをした。

 オリバーたちと紅茶を飲みながら、夜が明けるまで一緒に過ごす。ただそれだけ。


 そして十五歳のクリスマス。

 オリバーたちを出迎えたパープルの目に涙が浮かんでいた。


「一週間後に処刑されることが決まったの」

「そんな、どうして!?」

「この国では十六歳で成人なの。王位継承者第一位が成人したら、王のあとを継ぐ決まりがある。だから王妃は、わたしが十六歳になる前に処刑したいのよ」


 ポロポロと涙をこぼすパープルを、オリバーはそっと抱きしめた。


「ああ、抱きしめられると、こんなにも暖かいのね」

 

 それを聞いたヴィクセンの目からも大量の涙がこぼれる。


「ねえ、パープル。今年のプレゼント、何が欲しいか当ててみせようか?」

「え?」

 パープルが泣きやみ、顔を上げた。


「きっと当てられるよ。きみの欲しいものは自由。そうだろ?」


「ええ。わたしは自由になりたい」


「じゃあ、いっしょに行こうよ!」


「そんな、あなたに迷惑はかけられないわ」


「実は、サンタクロースってクリスマス以外にもやることがいっぱいあるんだ。それで今、ぼくの助手を募集中なんだけど、どうかな?」


 戸惑うパープルを見て、オリバーがヴィクセンに目くばせする。


「まあ! あなたにしてはすごくいい案ね!」

 ヴィクセンが大げさな声を出し、パープルに向かってく。


「サンタクロース協会は、世界中の国々と条約を結んでるから、サンタクロースが決めたことには誰も文句は言えないの。たとえ、どこかの国の王族であってもね」


「……いいの? わたし、本当に自由になれるの?」


「うん。きみの最後の願いごと、叶えてあげる」


 パープルの手を引き、ふたりでソリに乗り込む。

 手綱を取り、大きな声でオリバーが叫んだ。


「行くぞ、ヴィクセン。出発だ!」

「まかせてぇえええ」


 ヴィクセンが窓をすりぬけ、夜空に向かって飛び出した。


 ふたりと一頭は、残ったプレゼントを配りに、星空の下を駆け抜けていった。





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新米サンタクロースと塔に閉じ込められた王女さま 陽咲乃 @hiro10pi

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