第33話 引っ張り出す

 まだ一般生徒が登校するには早い時間帯。

 朝練の運動部の生徒とすれ違いながら柚木と心春は校庭を横切っていく。

 その生徒の大半が柚木たちを見て驚いた顔を向け、じっと視線を向ける。


 心春は目立っていて、見た目もいい。

 そんな彼女と堂々と手を繋いでいる男ということで、疑問と羨みの視線、そして妬みのような強い視線も飛んでくれば、居心地がいいものではない。


「おー、近くの人にすっごい見てくるじゃん。柚木人気者だね」

「どっちがだ……まあ、このくらいは仕方ない。それよりぱっと見、心春が振った人たちはいなかったか?」

「何人かはいたような……」


 さらにアピールするように、心春は身をよせてくる。


「ちょ、だからあんまりくっつくんじゃねえ……じゃあその中で特に強い視線向けたり、なんかそういう人が居たらすぐにしらせてくれ」

「りょうかい!」


 話を聞きながら、下駄箱へ。

 まだ登校してくる生徒も少なく静寂としているし、もともと玄関は薄暗い。

 ここまでのこともあり、その雰囲気が柚木の緊張と警戒心をさらに高めた。


「開けるぞ……」

「うん……」


 心春と顔を見合わせた後、彼女の下駄箱を覗き込む。


 そこにはなにもなくふうと息を吐き、安堵した中で自分の下駄箱を開くと


『剣道場で待つ』


 という短い呼び出し文が入っていた。


「っ! これ……」

「同じ筆跡っぽいね」

「俺もターゲットにしたってことかな、もしくは……まあ、どっちにしろ心春の反撃は効果大だな」

「でしょ。それじゃあ、行こっか」

「ああ……って、、お前1人には出来ねえけど、くるのか……?」

「当たり前っしょ。こんなことしたやつを、この目でちゃんとみるし、今度は真っ向から拒絶して反撃する」

「……わかったよ」


 道場は校舎から少しだけ離れた場所にある。

 廊下を進んだ奥にある体育館。

 その隣には卓球場があり、剣道場はその更に奥だ。

 体育館からはバレー部やバスケ部が朝練を行っている声が聞こえてきたが、そこを抜けて卓球部の前を通ればやたらと静かで一気に薄暗くなる。


 不安を感じたのか、心春がぎゅっと手を強く握るのを感じた。


 その瞬間、ぞくりと嫌な予感がしたかと思ったら、正面でなく真横の卓球上の陰から何かが飛び出してきた。

 一気に間合いを詰められる。

 無警戒だったわけではない。むしろ警戒心を高めていた。

 だが、あんなメッセージを出したうえでの真横からの待ち伏せに反応がほんの僅かに反応が遅れる。


「っ!」


 それでも一切の躊躇せずに振り下ろされる何かがやばいと思い、その接触範囲に柚木も心春を居たので手を繋いだままで咄嗟に後方へと飛ぶ。

 柚木達が居たその場所に、コンクリート部分に、振り下ろされた物が勢いよく当たった。

 鈍い衝撃音と勢いのある風が肌に触れる。


「「ぼ、木刀っ!」」


 2人同時に叫ぶように声を出し、その危険性が高いそれを見つめる。

 顔をまじまじと見てやろうとすれば能面のような仮面をしていた。


「……次から次へあぶねえもの出してきやがる」

「あくまで顔をみせないなんて、随分と恥ずかしがり屋じゃん」


 柚木も心春も皮肉を込めた言葉を放ち、相手を睨みながら見据える。

 やはり心春の反撃はダメージを与えたようで、その結果実力行使に打って出て来た。

 柚木が見据えながらも竹刀を出して構えると、それをみた相手はなぜか下がり、卓球場に続く段差の少ない階段の上に上がる。


「……頭に来て行動してるわりに、ちゃんと考えてやがる」

「あの高さじゃこっちから面や突き打てないじゃん」


 さっきの一振りや構えを見れば、思っていたよりもずっと腕もたつ。

 それは心春も感じたようだった。

 そして悠斗の言ってた通り、ずる賢く悪知恵も働く。

 さらに竹刀と木刀じゃ分が悪い。

 師範が木刀を持っていて、柚木も稽古などで使わせてもらったこともあるが、重さもあるし、竹刀で受けることすら難しいだろう。

 

 それでも――自分一人なら構わず行く。


 それにストップがかかるのは、相手が何をしてくるか想像するのも難しいこと、そして何より危険性が高いこともあり、心春と距離を空けることはためらわれた。


 たった数秒がやたらと長く感じる。


 相手の方も奇襲が失敗して動揺しているのか様子を窺っていて膠着している状態になってしまう。


 だが、こうやって対峙していることだけでも、チャンスだった。

 優先順位を誤るな。心春を護るのがあくまで第一。

 出来ることを。ここで暴けるだけ暴く。


「剣道経験者にしちゃ、やることなすことに礼儀作法がなってねーな」

「……」

「そうだろ、せん、ぱい」

「……」

「逆恨みなんてカッコわりい。心春は俺にとって大事な人だ。お前に指一本触れさせたりはしねーよ」

「……」


 柚木の反応を確かめながら放つはったりを交えた言葉1つ1つにぴくっと木刀が動いていくのを見逃さない。

 その背丈と構え、浮き出る僅かな隙も見逃すまいと全神経を集中する。


「今ここでちゃんと断る。あたしはあなたのこと好きじゃない。誰だか知らないけど、見てわからないの? あたしは柚木を愛してるの」

「っ!」


 心春の言葉に我慢できなくなったのか、飛ぶように踏み込んできた。

 柚木の射程距離に入る。小手ががら空きでそこを打ってから、確実に仕留める。

 そう思った。


 そのまま打ち込むも、何か固いものをまいていたようで思ったよりも効いていない。むしろダメージはないといわんとばかりに、逆に突きが伸びて来る。


「こいつ!」


 引いてかわそうとすれば、足を踏みつけるように止められ、顔をひねって何とか直撃を避けるのが精いっぱい。


 そのまま振り下ろされる木刀、大きなダメージは避けられない。

 だがその瞬間に相手は後方へと何歩か下がる。


「りよたん流、体術」

「心春! 蹴ったのか、助かった……」


 そんな柚木を心春が援護してくれた。


「柚木、あたしに構わず本気で行きなよ! ちょっと位離れても、初動くらいは自分でどうにか出来るし、するよ!」

「たくっ……わかったよ。なら信じて、今からは本気でぶちのめす」

「……」


 そんな柚木と心春を見て、怯んだのか、他の生徒たちが登校してきて周りがざわつきだすのを嫌ったのか、はたまた分が悪いと思ったのかはわからない。


 体を翻し、どんどんと柚木たちから遠ざかって行く。


 本来なら追うべきだったのかもしれない。

 

 だが他の生徒も巻き込むかもしれないし、心春と離れるのを狙っているのかもしれない。

 そしてもろに食らったわけではないけれど、こめかみのあたりが退けたと思った途端じんじんと痛くてそのことも足を止めざるを得なかった原因かもしれない。


「危なかったね……ありがとう、柚木」

「礼を言うのはこっちだよ。悪い、せっかく引っ張り出せたのに、捕まえられなかった……」

「またすぐその機会あるっしょ。背丈も、その卑怯さもわかったし、もう見つけるのはそんなに難しくはないじゃん」

「……ポジティブだよなあ、お前」

「だって、沈んでたら柚木が心配するじゃん。それより、こめかみのあたり腫れて血が出てきてるんですけど! はやく保健室行かないと」


 心春に引っ張られる柚木。

 彼女の手は、小刻みに少し震えていた。これ以上怖い思いはさせたくない。

 一刻も早く捕まえようと思いながら、柚木は保健室へと向かう。

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