第32話 まだ続く反撃

 まだ会社員や学生の姿がまばらな住宅街を進み、今日も柚木は心春を迎えに行く。

 昨日のうちに柚木が通っている道場の門下生については調べたが、やはり同校はいなかった。

 ついでに近場の道場1件も聞きこんだが成果は同じ。

 その結果は予想もしていたので、大きな落胆はない。


 自分の調べと、悠斗や葵の報告があれば、持っている手札だけで十分特定できるだろうとも思っている。

 剣道でいうなら、あとはもう打ち込むのみだ。


「おはよう柚木くん、今日も心春のことお願いね」

「は、はい……」

「お、おまたせ~柚木、じゃあ今日一緒に登校しちゃおう……」

「おう」

「行ってらっしゃい、2人とも」


 なんだか今日の心春はいつもに増して顔が赤い。

 そう思いながら、心春の母親に見送られ、学校にへと向かう。


 昨日の葵との遭遇には驚いたけど、そのおかげでいつも通りになれている柚木。

 今朝は十分に頭は働いている。


「「……」」


 2人きりの登校。

 昨日までならどうしようもなく意識してしまっただろう。

 だか今は、ちょっとドキっとしてしまう程度だ。

 その僅かな隙でも、今は浮かれるなと自分を律せられる。


 だから冷静に周りを見れた。


 怪しい人はいないかと駅に向かう人たちに目を向ければ、学生の中にも結構男女で登校している人もいるんだなと思う。

 部活の先輩後輩の関係、もしくは幼いころからの幼馴染、もしかしたら恋人同士なんて2人も居るのかもしれない。


 そんなことを思いながらも、視線を常に動かし危険が及ばないよう注意を払う。

 そんなきょろきょろしている柚木を見て、何だか不服そうな顔を心春は向けた。


「……な、なんで柚木いつも通りなの?」

「はあ? どういう意味だよ? って、お前やっぱ顔赤いな。反撃考えすぎて知恵熱でも出たのか?」

「っ! そ、そんなんじゃないんですけど!」

「具合悪いとかなら、ちゃんと言わなきゃダメだぞ」

「それ、小学生に言うものいいじゃん……」


 柚木を何度も見ては、心春はちょっと悔しそうに両手をぎゅっと握る。


「おい、俺じゃなくて周り見てくれよ。その方が気づくことあるかもしれねーし」

「っ! ……えっー、ほんとにあたしだけなの!」


 心春はそう呟くと共に、口を少し尖らせ周りに目をやる。

 そして、なにを思ったのかいつも通りの天真爛漫な笑顔を作った。


「なんか見つけたのか……?」

「見つけたっていうか、まだ昨日の反撃完遂してないってことに気づいた、みたいな」

「それ、どういう意味だよ?」

「どこで犯人が見てるかわかんないっしょ。考えてみてよ、昨日のあれのあと、今朝はいつも通りって絶対変じゃん。だから、このくらいはするよね!」


 その言葉と共に、心春は柚木の無防備な左手を掴み握って来る。

 それもただ繋いだだけではなかった。

 指と指とを絡めるような、なんだかこそばゆい手繋ぎだ。


 前の男女を見れば同じようにしている。

 一瞬、昨日と同じようなドキドキと共に顔が真っ赤になるのがわかった。

 なんだかこれは特別なこと何だろうなってことは柚木でも察する。

 だが、それでもふうと息を吐けば冷静になれる自分がいた。


「っ!? そうだな。このくらいはしないと怪しまれるか」

「う、うそでしょ、超冷静。恥ずかしがるとろでしょ!」

「そんな時じゃいまはねーだろ」

「……ああ、そっか、そっか、あたしとしたことが昨日の反撃の続きなら、恋人繋ぎのレベルじゃないじゃん」


 心春は手を繋いだまま、柚木に自分の体を寄せてくる。


「ち、ちかっ! おまっ、やりすぎだ。これじゃ俺が動けねーよ」

「右手が空いてんじゃん。それで十分制圧出来るっしょ」


 心春は柚木の少し慌てた反応を、やっとこみれたとでも言うように満足そうな顔になる。


「……まっ、心春の言ってることはその通りだ。このまま行こうぜ」

「ちょ、なんでそんな切り替え速いの! もっとそこは昨日みたいに……あー、もう」


 今にも地団駄を踏みそうな心春を横目に校舎が見えて来た。

 身を寄せ、そのくせ表情まで楽しそうに笑う心春。

 そんな彼女を見れば、昨日の反撃は演技だったのかの疑問を消え失せるだろう。


 どこで見ているかわからないというのは本当にその通りで、柚木も極々自然な感じで振舞いながら校庭へと入ると、なんだかいつもとは違う雰囲気が漂っていた。

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