第30話 心春の反撃
夕暮れ時。
心春の家へと今日も無事にたどり着いた。付けられている気配もない。
「ママ、まだ帰って来てないみたい。柚木、今日はゆっくりしていきなよ」
「お、おう。えっと、お邪魔します……」
反撃のこともあるし、何より心春を1人にしておくことは出来ず、若干緊張しながら玄関の扉を閉める。幼い頃を除けば異性の家に招かれた記憶もない。
いや友人の家にもあまり行ったことがないなと思う柚木。
心春に視線を移す。
彼女が考える反撃。それはいったいなんだろう?
柚木が精神的にダメージを与えられると考えていたことは、心春が適任で自分自身はなにも手伝うことなどない。
なのに彼女は……。
「あたしの部屋いこ」
「えっ、おお……あのさ」
玄関にあった子機を取りご機嫌な様子だ。
「んっ、どんな反撃するのか気になってる顔じゃん。もうすぐわかるって……こっちの奥があたしのお部屋。どうぞ~」
「お邪魔します……なっ!」
心春の自室。
ある程度想像はしていた。にもかかわらず、目に飛び込んでくるアニメグッズに一瞬呆けてしまう。
本棚には漫画やラノベ、キャラのフィギュア。
壁にはポスターやタペストリー、ベッドにはぬいぐるみが置かれている。
何より柚木が凝視したのが、ドア付近に置かれていたりよたんの等身大パネル。
しかもそこには心春ちゃんへ神崎結奈と直筆のサインらしき物まで入っていた。
「それ、マジ凄くない! 当選しちゃったんだー。サインは結奈さんがわざわざ入れてくれて、もうそれ家宝」
「マジ……すっげえ、これ写真撮っていい?」
「モチいいよ」
「じゃあ遠慮なく……」
他にもレアそうなアイテムがごろごろしている。
近頃萌々の部屋には柚木は立ち入っていないので、ここまでの物を見られて感嘆する。オタク部屋とはこういう部屋なのかもしれない。
それでいて、カーテンやベッドメイキングされたシーツなどはピンク色で統一され、ここが女の子の部屋だと認識もできて、驚きは2倍だった。
異性の部屋。
柚木とて男子である。
護衛の最中ということがなければドキドキしたかもしれない。
だが今はそれよりも警戒心の方が上回っていた。
「柚木と一緒に行ったこの前のコラボカフェグッズは机の上に飾ってあるんだ」
「ほんとだ……って、今は悠長にグッズ鑑賞しているときじゃねえ」
額を叩きながら、目の前の光景に浮かれてしまっていた自分を正す。
「それじゃあ、あたしセレクションのスパシスアニメでも鑑賞しよっか?」
「おっ、いいな……って違う。それも悠長だろ。カーテンをまず閉めよう。外から覗かれてるかもしれない」
「っ! もう柚木ってばエッチじゃん」
「はあ? 何を言って……」
「そうだ。例のリスト出来たよ。送っておくね」
「お、おう……」
スマホの画面を見つめながら、立ち尽くしているのもおかしいかと座る場所を探していると、心春はここっとベッドの上を指さす。
一瞬躊躇したが、心春の隣へと腰掛け、送られてきた苗字、学年に目を通す。
その中に柚木が知っている人は誰もいなかった。
大会などで対戦していたとしても、その名をすべて覚えているわけではない。
葵のように伸びしろやセンスがあって印象深ければ頭に残るが、心春からのリストには少なくとも柚木が何度か竹刀を交えた人物はいなそうである。
「柚木の知ってる人はいないみたいだね」
「ああ……心春、お前この中で剣道経験者って誰か」
柚木がそこまで言いかけたところで、電話のコール音が鳴り響く。
「来た、来た……」
「任せていいんだな……?」
「もちのろん!」
その言葉に大きく頷く柚木。それを見て心春は子機を取り、通話ボタンを押した。
「……もしもし、小城ですけど」
「……」
柚木も受話器の側に耳を寄せる。
なにも返答がない。どうやら待っていた相手らしい。
通話のままにし、心春はにこっと柚木に対し微笑み、何を思ったのか部屋の明かりを消した。
そして、体を柚木に寄せて来る。
「柚木に再会出来てあたし超嬉しかったよ」
「……」
「短期間で色んな所に出かけて、一緒にいる時間も長くて、何かあれば傍にいてくれるし、そんな柚木があたしは……」
「……」
心春は何を言っているんだと頭の中が真っ白になりかける。
柚木が思っていた反撃は相手に対する本人からのこれでもかという拒絶。
それだけで十分に堪える、そう思っていた。
なのに心春は、なにを考えているんだ……?
「いつ意識したかなんてわかんないけど、柚木のこと考えると……」
「ちょ、ち、ちけえ……」
心春はそのまま柚木をベッドに押し倒す。
「もうおっきくなったじゃん、あたしたち。色々してみよっか……?」
「っ!? お、おまっ」
恥ずかしさを残し、それでいて大胆で、魅力的な赤みを帯びた頬。
手を握られ、お腹に乗っかられ身動きが取れないばかりか、密着した心春の柔らかい素肌を感じる。
いつの間にか警戒心はどこかに吹っ飛んでいた。
体は火照りだし、ドキドキが止まらない始末。心春と目が合うと自分から何かしてしまいそうで必死に目を逸らす。
そんなうつ伏せの柚木に、心春はゆっくりとその唇を近づけて来た。
「じっとしてて。痛くしないからさ」
「っ! ちょ、まてまて、順番が、俺、まだ、気持ちとか何も……」
「わかってるから。あとでいいじゃん」
「っ!」
躊躇する柚木とお構いなしの心春。
柚木がせめて目はつぶろうとしたとき、受話器の向こうから大きな音がしたかと思ったら、直後に通話が切れた。
その音ではっと我に返る柚木。
肩で息をしてしまうほどに緊張していたのだとわかる。
「だらしないなあ。これからが本番だったのに……」
「…………お、お前の考えてた反撃って、これなの?」
「えっ、もち。上手く行ったっしょ」
「小悪魔みてえだな……」
「それ褒め言葉じゃん。ちょっと中途半端に止められちゃったから、チュウくらいしてみよっか?」
「こ、これ以上揶揄うんじゃねえ……あー、くそっ、演技かどうか全然わからなかった」
「えっ、演技だけのわけないしょ。本音もたくさんあるに決まってんじゃん。だからダメージ与えられると思った、みたいな」
「っ! ……ほんとお前は」
顔のほてりが収まらないうちに、さらに鼓動が増してしまう。
その言葉が本音なのか揶揄われているのか、心春は表情を変えないため本当にわからない。
負けたくないと思っていた幼馴染との再会、今まで全然異性と思わなかったと言えば嘘だ。
嘘だが、演技とはいえ迫られただけでこうもドキドキが止まらないなんて……。
なんだか悔しい気持ちとちょっと安心した気持ち、少し残念に思っている自分もいて敗北感が物凄い。
「続きがしたかったら、いつでも言ってね!」
「お、おまっ……」
心春の反撃に柚木もしてやられたことは確かなことだった。
この日の出来事は、柚木の記憶に忘れられないほどの衝撃としてずっと残る。
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