第29話 手がかり
「背が高くて……」
「ピンとしてたよね」
「そうそう、モデルみたいに。あと肩幅が広かったような……」
残り少ない昼休みで聞き込みをすれば、授業資料室から出てくる人を目撃したという女の子たちが見つかる。
残念ながら遠目からなので顔はわからなかったが、そんな情報を得られた。
「悠斗、ちょっと付き合えよ……」
「しゃーねーなあ……」
午後の授業を告げるチャイムが校内に響く。
だがA組の教室に柚木と悠斗の姿はない。
授業中ならば、心春や涼子が狙われるリスクは下がる。
ならばその時間を有効活用し、与えられた情報の有無を確認、検証にあてる。
「心春の下駄箱はここで水無瀬さんのはそこな……」
「あの黒板もだけどよ、相当早く来ねえとやれねえよな」
「だろうな。誰か登校してくればすぐにばれるし。少なくとも心春に恨みみたいのがあって、学校に早く来る生徒ってこと」
「世間一般的によ、こういう逆恨み起こすのは大体の相場決まってるだろ。小城さんに玉砕された生徒の名前、全員把握してるのか?」
「そっちはいま心春に思い出してもらってるよ。数多いらしくて、全員は覚えてないようだから、クラスメイトに確認しながら、リストにしてもらってる」
「最初から目立ってたからな彼女……狙ってた人も多いだろうしな。柚木と付き合ってるって噂がもっと広まれば大抵のやつは諦めるだろ」
「……おら余計なこと言ってないで、手掛かりないかちゃんと探せよ」
下駄箱の調べはものの5分で終わる。
結果として何も見つからない。
「やっぱなにもねえな」
「しょうがねえ、次だ」
柚木達以外は誰もいない廊下を歩き、階段を上って今度は2階。
職員室の隣にある授業準備室に入る。
大きなコピー機や大量のチョーク箱、セロハンテープなどの文具類の山で人ひとりが通れるようなスペースしか開いていない。
奥に行くほどに埃が溜まっているところをみると、物がありすぎて掃除するのも大変らしいことがわかる。
「こりゃあ窓まで行くのも大変だが、誰が来ても隠れ放題だな」
「ああ……」
大きな段ボール箱も見受けられるし人の姿など容易に隠してくれるだろう。
あの後、すでに教師たちは入ったようで、狭いながらも通路は確保してあって窓側にあった植木鉢は床の端に置かれている。
「あーあ、痕跡があったかもしれないのに、これじゃあなあ」
「……いや、ちょっとこっちみてみろよ。ここの埃のとこ、爪先側しか跡がついてねえ。あっ、そっちにもあるな」
「これ、すり足の跡か……」
「ああ、まだ新しい。あの女の子たちが言ってた肩幅が広く見えて、ピンとしてたって情報を考えてみても、やっぱ剣道経験者、だよな……」
窓側から校庭を見ながら、柚木と悠斗は顔を見合わせる。
「柚木よお、ちょっと整理して行こうぜ。今の段階でどこまで相手を知れてるか聞いてもいいか?」
「ああ……まず朝早く登校してくる奴、心春を知っていて何らかの理由で恨みがあり、そして自分の想い通りにならないとさらに最悪を選択するどうしようもない奴ってこと、そして俺たちと同じ剣道経験者」
「頭がいいというよりもずる賢くて、なかなか表に出ねえってのも加えとけ」
「そうだな……」
「……それじゃあ、それを前提にこっからどう攻める?」
「ああ、表に出てこないなら、無理やり引きずり出してやるまで……まっ、少なくとも最初の攻めでダメージは与えられる、と思う」
「おっ、アプローチを取る方法あるのか?」
「あんまり刺激はしたくねえけどな……心春もたぶんそこに気づいてる。やりたい放題にやられているからな、俺と同じくらい頭に来てるはずだ。まっ、やり方によっては心春ならこの相手には相当なダメージを与えられると思う」
「マジか……」
「ああ……あっ、そういやもう1つ手掛かりがあった」
柚木はふと思い出し、口元に手を置く。
「なんだよ……?」
柚木は昨日食堂で殺気じみた気配を感じたこと。
心春はすぐれた声優にもそういうのを感じるかもしれないが、剣道しかの柚木も感じたということはおそらくと悠斗に説明し、すり足をした後をスマホに収めた。
「――そうじゃねえかなと思ってたけど、そのすり足の跡を見て確信したよ」
「お前と小城さんの感覚的なことはわからねえが、経験者だと癖は出る。ついやっちまうんだよな。すり足も踏み込みも。授業サボったかいがあったな」
「ああ……これで違う方向からも攻めて行ける」
「この学校の生徒は多いけど、剣道経験者なんてそうはいねえ。近くにある道場の門下生の進学先を調べれば数はかなり絞れるぞ」
「うちの道場の門下生でここの生徒は俺だけだったかな……」
「俺の行ってたとこはどうだったかな……男にあんまり興味ねえからな。女子ならすぐわかるんだが」
「お前らしい……他の道場の門下生も手分けして調べて行こうぜ」
「OK」
「そんじゃまあ、反撃していくか」
授業準備室で見つけた思わぬ収穫。
守りから攻めへ、護りながら攻めへ、柚木は頭を切り替える。
☆☆☆
放課後になり、クラスメイトが気合を入れて運動部や、嬉しそうに帰宅していく中、柚木と悠斗は護衛をするべく隣の教室へ。
廊下から教室をのぞけば、すぐに心春はなんだか嬉しそうに、涼子は申し訳なさそうに、柚木と悠斗に駆け寄って来る。
「ありがとう柚木。それじゃ、今日も家まで一緒しようか」
「あ、あの、木下君、よ、よろしくお願いします」
「おう」
「悠斗でいいよ。涼子さん」
校舎を出て、駅までは一緒に行動した。
護衛しながらの2人はやたらと目立つこともあり、朝の登校時よりもひそひそと周りから声が聞こえる。
そんな声を全く気にする素振りをみせない悠斗。
電車に乗車してもそれは変わらずで、柚木はといえばそれが想像以上で感心する。
「いつになく真剣だな……」
「たりめえだろ。女の子を傷つけようとするやつは男の風上にも置けねえ、許すまじ」
「まったくその通りだ……」
そんな話をしながら、警戒を怠らず最寄り駅に到着。
方向が逆のこともあり一緒の行動はここまで。
「それじゃあ、しっかり守れよな悠斗」
「おうよ。柚木こそへますんな。あと、まずは最初の反撃、ぶちかましてやれ」
「また明日ね、涼子。気を付けてね」
「うん、心春ちゃんも」
友人の言葉に柚木は大きく頷いて、護衛しながら心春の家を目指す中、
「柚木もアプローチする方法があることに気づいてたんだ」
「ああ……護衛をして、たとえ上手く行っていても、ある1つのことだけは俺じゃあ止められないからな。今日もアクションがやんだわけじゃないし、その1つまだ続いてるんだろ?」
「さすがじゃん。もう蓮君見たくキレるんだから……反撃ってさ、なに考えてる?」
「……残念だけど、俺じゃ肉体的なダメージは負わせることは出来ても、精神的な方は適任じゃない」
「ふふーん、それじゃあ最初の反撃はあたしに任せてよ。もちろん柚木にも手伝ってもらうから」
「お、おう……」
自信がありそうに、ほくそ笑む心春。
その表情は非常に頼もしく思えると同時に、手伝ってもらうというその言葉に心底不安を感じる柚木だった。
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