第17話 なんで声優?

 心春の怪我、剣道を辞めたことを知った翌朝。


「ううっ……」


 この日の稽古もちゃんとしなきゃとわかっていてもやっぱり身が入らない。

 目標を失ったしまったからかノルマをこなすのにやけに時間がかかり、なにやってんだと自分につっこみ、柚木の眉間には皺が寄る。


 ふと以前に心春に言われたことが頭を過った。


「こういう時は休むことも大事か……」


 縁側に腰掛ければ浮かんでくるのは、昨日の心春の迷いのない笑顔。

 あの顔を見れば、心春が声優の世界を一直線に進んでるんだろうことは理解した。


「でも、なんで声優なんだ……?」


 心春はファッションにも気を遣ってるし、それならモデルとかがしっくりくる。

 軽んじてるわけじゃないけど、心春ならその分野でも成功を収めそうなきがしてならない。


 明るくなってきた日差しを手でブロックしながらも見つめる。


「兄貴、そろそろご飯……って、珍しい」

「おっ、おお」



 ☆☆☆



 一度考えだすと、学校にいる間も声優のことが気になってしょうがなかった。

 そんな柚木にやれやれと悠斗は励ますように肩を叩く。


「なあ悠斗、声優さんってやっぱなるの大変なんだよな?」

「そりゃあおめえ……いや、俺そっち方面は知らないからな。らしくいけや。よく言ってるじゃねーか、己を知り相手を知り……その後なんだっけか?」

「ああ……恐れず前に出ること」


 剣道ばかりだった柚木も当然声優さんについて全く詳しくもない。

 心春がガチになっている声優さんがどういうものか、知りたいという想いが強くなり、練習を終えたその足で書店へと赴く。


 駅前のそこは大型書店ともいえる場所で、普段あまり立ち寄ることがない柚木だが、雑誌コーナーだけは何度か物色しているので迷うことはない。


 声優さんの雑誌を探すのに夢中で一度通り過ぎてしまったが、葵が表紙を飾っている剣道月刊誌も今日が発売で中身を確認することなく手に取る。

 作り笑いかもしれないが、今回もいい表情をしていて芸能人だと言われても疑問にも思わないだろう。

 現に傍にいた人も数ページ捲ったかと思ったら手に取って行った。


「表紙の力恐るべし……おっと、これか」


 きょうろきょろとしながらもう1つの目当ての雑誌を探す。

 可愛い女の人が表紙を飾る声優さんが特集された雑誌。剣道のそれとは違い買うのがなんとなく恥ずかしいがドキドキしながら会計へ済ませた。


「ただいま」


 家に帰ると、すぐさま鞄を放り出してソファーの上で剣道雑誌のチェックを後回しにし、声優さんの雑誌へと目を通し始める。

 有名声優さんのインタビュー記事がページ数を締め、その声優さんの作品の向き合い方、出演作品や私生活などが描かれページを捲る手が止まらず気がつけば外が薄暗くなっていた。


「結構タイトなスケジュールなんだな……これじゃあ休む暇もなさそうだ」


 人気声優さんの1週間の予定表はアフレコや打ち合わせなどがびっしりで大変そうなのが伺える。雑誌を読み終えるころにはその仕事の内容についてはだいぶわかってきた。

 特集されている声優さんの誰もが楽しそうにしているのも伝わっては来る。


「だけどなあ……」


 なんで心春が声優だったのかがいまいちよくわからなくて、頭を掻く。


「雑誌以外も見てみるか……」


 そう思って、動画サイトに特集されていた声優さんの名前を打ち込んでみれば、歌や出演作品、略歴の動画までたくさん出てくる。


 ラジオ番組もあるようで聴いてみると、ついその声に魅了されつい聞き入ってしまい時間があっという間に過ぎて行く。


「いかん……」


 答えが見つからずにうーんと腕組みをして考えてしまう。


「唸っちゃってどうしたのさ、兄貴……?」

「いや……そういや萌々、声優さんについても詳しかったよな?」

「まあそれなりにね……って、その雑誌最新号じゃん! うわぁ、今月神特集してる。わざわざ買ってきてくれるなんて、急にどうした兄貴!?」

「……ちょっと、声優さんについて知りたくてさ。少しご教授してくれねーか?」


 珍しくスマホとにらめっこするように下へ降りて来た萌々は、柚木の側にあった雑誌に食いついた。

 雑誌を見たかと思ったら、スマホと柚木の顔を交互に見る萌々。

 咳払いしたとか思ったら熱く語り始める。


「兄貴ついに剣道以外に目を向けたね……おほん、有名な声優さんはたくさんいるよ。大御所さんだったり、新人さんだったり、いまアプリゲームもあるし、作品たくさんだから。表に出る機会も多くて作品を見たことなくても、名前だけは知ってるって人も多いし、なりたい人も多い大変な職業なんだよ。キャラに声を吹き込む。プロの人はね、そのキャラなんじゃないかって錯覚するくらい凄いの。もうその声優さん以外は考えられないくらい、原作読んでても脳内で声が再生されちゃう」

「なるほど……」

「今注目されてるのは、ファンの中で神と姫って呼ばれてる、神崎結奈さんと駒形ことはさんかな」

「あー、その駒形さんも雑誌でも特集されてた。ラジオも聴いてみた」

「でしょ。SPY×SISTERのりよたんとそのお姉さん役が2人だから。よく対談したり特集されてるよ」

「そうなのか……その二人も剣を振るのか?」

「……はっ、剣? 剣って何?」


 いぶかしげな視線を向けられ、大丈夫兄貴とおでこを触られ熱を確認される始末。

 言い方が悪かったのかもしれない。あの鬼気迫るような心春を見ていたからつい剣を例に聞いてしまった。


「えっとだな、アフレコだっけ? イベントとかもだけど、すげえ真剣に望むと思うんだ、だから気迫とか構えとか声優さんによってすごいんじゃないかと……」

「……さすが兄貴。着眼点が凡人には思いつかない」

「そんな哀れそうな目すんなよ……昔の知り合いが声優ガチでやってて、どういうものか気になってんだよ」


 柚木のその言葉に、萌々は再度スマホの画面を見つめる。


「そうなんだ……ならさ、大画面で実際に本物の声優さん見てみる?」

「大画面?」

「ちょうど今夜神崎さんが主役のアニメ映画の舞台挨拶があって、ライブビューイングで中継されるんだ。萌々的には凄く行きたいけど、その、1人じゃ行けないから、兄貴が一緒に行ってくれれば……」

「そんなのあるのか! 行く。行こうぜ!」


 竹刀を交えるのと同じで、より近い距離、大画面で本物の声優さんを見れるなら何か気づくことがあるかもしれない。


 快く承諾すると、萌々は準備してくると階段を上っていく。

 柚木にとっても願ってもいない申し出で、急遽出かけることとなった。

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