第12話 今は声優ガチ

 買い物やお店巡りなどを終え、気づけば夕方。

 仕事帰りのサラリーマンやOLさんともすれ違う。

 心春も柚木も両手に荷物がいっぱいだった。それはいかに今日という日を満喫したかが窺える。


 駅で電車を待っていると、心春の亜麻色の髪に夕日が反射して煌びやかに映る。


「めっちゃ楽しんだね」

「おう、こんなに買うとは思ってなかった」

「あはは」


 雑談しているとすぐに、電車が線路内に入って来た。


 車内は多少混雑していたが、何とか席に座れることが出来る。


「心春、今日は買い物付き合ってくれて助かった」

「うんうん、柚木こそあたしについて来てくれてさんきゅ。すっごく楽しかったよ」

「あー、随分連れまわされたけど、でも……って!」


 はやくも心春は体力を使い切った子供のごとく眠りについたようで、柚木の方にもたれかかってきた。


「……」

「マジで子供だな」


 ちらっと見れば口元が緩んでおり、なんだかその顔を見れば少しほっとする。


 窓に視線を移せば、今日巡った場所がどんどん小さくなり遠ざかって行く。

 いい気分転換になった。私服選びだけじゃなく、アニメショップ、コラボカフェ、美容室……。

 今日も振り回されっぱなしだったけど、事あるごとに何か剣のヒントになりそうな感じを受けた。


「今なら大会でももうちょっと違った気持ちになれる、かな……」


 心春がそこまで読んでいたかはわからないけど、試合の映像を見たなら、昔と今の違いを見抜いていても不思議じゃない。

 やっぱり凄いなと思う。


 気づけば心春が持っている荷物が手から落ちそうで、柚木は慌ててそっちも持ってあげることにする。

 ふと無防備になったその手に視線が行く。

 綺麗にネイルされた爪、女の子らしい小さな手だなとは以前握手した時も思ったが、すこぶるほど綺麗な手の平だった。

 なんだか胸の奥がドキッとすると同時に違和感を強く感じ、思わず自分の手を見やる柚木。

 そこかしこに肉刺が硬くなってごつごつとしている感じで、はっとする。


「いやいや……」


 一瞬過った考え。

 そういえば、服選びの時も、コラボカフェで食事していた時もなんか話が嚙み合わなかった。

 まさか……。


 柚木の視線はその手から逃げるように、心春が膝にのせている鞄へと移る。

 その中には随分読み込んでいるような冊子にも似た何かがあった。



 ☆☆☆



 柚木達が降りる駅の少し前になると、心春は自分から起きた。

 駅前はお店などの光でわりと明るいが、そこをすぎると途端に薄暗い道になる駅から家までの帰り道。


「送ってく。道案内してくれ」

「柚木ってば紳士じゃん、おっけー」

「……」


 少し遠回りにはなるが、心春を送っていくため並んで歩く。

 暗い道だし心春が心配というのはもちろんあったが、それよりも心にかかった靄をどうにかしたくて、このまま帰りたくはなかった。


「爆睡しちゃったよー。昨日の夜、柚木とここもあそこも行きたいって調べてたら遅くなっちゃって……んっ、どした? さっきから妙にクールじゃん」

「いや……」


 そういえばと柚木は思う。

 こんな傍にいて、そもそもなんであんなデカい大会に心春は出場してなかったんだ?

 推薦組ってわけでもなさそうだし。

 やっぱり……いやでも、構えた時の気迫も前よりも凄かったな。

 いやいやいや、だけどあの手は……。


 考え出せば疑問は次から次へと出てくるが、今の、今日も幾度となく感じた凄さも気のせいではないと感じる。

 このモヤモヤとしていることをどう切り出そうかと額を叩いた。


「難しい顔してどうしたのさ? 相談に乗れるかもしれないし、なんかあるなら話してみなよ。気になる子でも出来たんでしょ?」

「ああ……って違うわ! 俺、今まで剣道だけだったんだ」

「それウケる。絶対に柚木は剣以外にもちゃーんと青春した方がいいって。ていうか、あたしがこの先もどんどん逃がさずに誘うつもり、みたいな」

「そう、かもな。今日みたいな買い物や色んなお店に行くのも始めてで、やっぱりこういうのも悪くねーと思ったよ……でも、剣道は自分の中の一部で、それ中心だったんだ。わ、わかるだろ、心春だって……」


 柚木は拳を握りしめて、意を決して心春のその返答を緊張しながら待つ。


「わかる。それは超わかるけど、あたしは、もうはやってないよ」

「おまえ、ほんとに……」


 聞き返す唇は震え、肩で息をするくらい動揺してしまう。


「うん。今はね、声優ガチっ! すっごいんだよ声優。キャラに命を吹き込んで……ちょ、ねえ、顔白いけど、大丈夫?」

「ダメかもしれん……」

「なに、どうしたのさ?」


 心春がもう剣をやっていない。

 なんとなくそうかもしれないと感じてはいたものの、違うと思いたかった。

 覚悟していたのに、それでもいざ本人から聞かされれば柚木の頭の中は真っ白になってしまった。

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