第11話 コラボカフェ

 洋服の買い物を済ませ、予定は完遂。

 これで着ていく服に迷わずに済むと思い、柚木はほっと安心すると満足感が押し寄せていた。


「これからどうする? 何もなければ俺はちょっと手ぬぐいでも見てこようかなって思ってるが……」

「えっとね、今日は剣道のこと忘れるくらい柚木に楽しんでもらおうと思って、この後の予定も立てて来た、みたいな」

「……またカラオケみたいな感じかよ?」

「他にもいっぱいあるよ。体を休め、生き抜きすることも大事でさ、そうすることで見えて来るものって絶対あるじゃん」

「まあ、体を休めることも効果的だったからな……わかった、今日も付き合うよ」

「そうこなくちゃ!」


 ということで、心春に引っ張られながら今度はアニメショップへと向かう。

 全国にいくつも店舗があるらしく、


「新刊のラノベやコミックにはミニ色紙などの特典等も突くんだよ他にも円盤にも限定特典とか」

「へえ~……って、でか!」


 間近で見ると、9階建てのそれは大きくそびえたっているようだった。

 入り口付近にはコスプレしている人なんかもいて、心春は気軽に挨拶して中へと入る。


「お、おい、ここって全部アニメの物売ってんの?」

「だよっ。とりあえず9階のホール行ってみよっか。今日、ミニライブやってるから」

「ライブまで催してるのか、なんかすげえな」

「ふふ、サイン会とかもちょくちょくやっててさ……うわっ、スパシスの新しいガチャポン出てるじゃん。柚木、帰りにやってこう。あっ、そんな目移りしなくても大丈夫。上から順に回ってくからさ」

「……いや、俺は別に」

「上にはスパシスのグッズコーナーもあるしね」

「マジか! あっ、いや、それはまあ見てみたい」


 たしかにスパシスのガチャは、先日の薄い本の一件から気にはなってしまうし、傍に平積みされてるりよたんが表紙の雑誌やぬいぐるみにはつい目がいってしまっていた。

 相変わらず心春は良く周りが見えているなあと思う。


 階段はすれ違うのに狭いからということで、エレベーターへと乗り込み9のボタンを押す。


 すでにライブは始まっているらしく、生の音がエレベーターを出ると微かに響いていた。

 ホールは学校の2教室くらいの広さ。柚木と同年代くらいの人たちもたくさんいて声援や手拍子などを舞台上に送っている。

 生でこういうのを見るのは初めてなこともあるのか、なんだか心春と試合をしていた時のように気持ちが高まっていく。


「なんか、すげえ……」

「でしょ、でしょ。テンション上がるしょ」


 ホール全体がステージ上の主役の声に導かれるように一体感を生んでいるような、そんな感じでちょっと身震いしてしまう。

 今まで剣道のことしか考えてなかったし、他の物をほとんど見てこかった柚木には今の光景はとても新鮮に映る。


「一生懸命さが伝わって来る。でもそれだけじゃここまで……」


 その声は小さくて隣にいる心春にも届かなかった。

 このアニメの曲自体は知らないけど物販もしているので、購入するのが礼儀だろとさえ思った。


「お聴きくださりありがとうございました。すごく楽しかったです」


 やがてライブが終わるとお客さんたちが物販ブースへと掃けていく。


「俺、ちょっとCD見て来る」

「おお、いいじゃん。あたしはちょっと挨拶してくるね」

「へっ、挨拶……?」


 柚木が素っ頓狂な声を上げる中、心春はステージ上へと近づいていく。


「お疲れ様です」

「おお、心春じゃん! わざわざ見に来てくれたんだ」

「いやぁ、別の用があって、ついでみたいな……あっ、でも生演奏は最高でした」

「マジこいつ……でもありがとね」

「いやいやいや、あたしの方がありがとうございますって感じです」


 あまり声優さん等に詳しくない柚木だが、アニメの主題歌を声優さんたちが歌っているライブだったはず。

 あまりにも親し気に話している心春を目の当たりにして、オタクすげえなと柚木は感心してしまう。


 思った以上に、アニメショップで物を購入してしまった柚木。


「気づけばこんなに……」

「あははは、沼に一歩入りこんだ的な感じ? まっ、買い物自体息抜きみたいなもんしょ。よしっ、次はお腹空いたしコラボカフェ行こっ」

「コラボカフェ、か」


 こっちと言われ、また引っ張られるように今度はスパシスとコラボしているというカフェへと向かう。

 どうやら心春は本当に買い物以外の予定を立ててきてくれたようで、移動もスムーズだ。


「んっ、どうかした?」

「いや、あのライブ、なんかヒントになりそうなそんな……度胸? いや違うな、何か上手く言えねーけど忘れているものがあったような……」

「見ながらさ、あたしならあそこでどう剣を振るうか考えちゃった、みたいな」

「んっ、うん……? んっ!」


 心春のその言葉の意味は全く分からなかった。

 だけど、気のせいか、なぜか彼女がすうっと剣を構えたようなそんな錯覚をしてしまう。


 コラボカフェはアニメショップからすぐのところにあった。

 入り口のドアにはりよたんのシルエットが描かれていてすぐにここだとわかる。

 どうやら予約していたらしく、心春がスマホの画面を見せると待つことなくすぐに店内に入ることができた。


 入り口の脇にはポスターやりよたんの等身大パネルもあって、壁も一面りよたんたちキャラのシルエットが浮かんでいたりと色々と仕掛けが施されている。


「うわ~、中はこんななの! やば、やばっ、柚木、ちょっと写真撮ろ!?」

「えっ、ああ……妹が喜びそうだ」

「妹ちゃんもスパシス好きなの」

「もってなんだよ……まあ、かなりな」


 腕を引っ張られ、りよたんのパネルのところでぱしゃり。

 目をキラキラと輝かせている感じの心春は、店内に並べられているグッズも写真に収め、ようやく席へとつく。

 他のお客さんもメニューを写真に収めている人も多くいて、店内は異様に盛り上がっている。


 メニューはサンド、カレー、パスタなどだが、りよたんが通っているカフェの卵サンドやら、りよたん大好きシラスのペペロンチーノ、クリームたっぷりクレープなどなど。そのキャラが好きなメニューやちなんだものが並んでいた。


 ケーキやドリンクのメニューも同じで、ワンドリンク注文ごとにコースターがもらえたりと、こういうところがファン心をくすぶられるのだろう。


「やばっ、どうしよこれ……ドリンク以外は全メニュー行っちゃう、いやもうそれしかないって感じじゃん!」

「軽食がほとんどだけど、食べれるのか?」

「愛と気合いがあれば出来るっしょ」

「気合いね……せっかくだ、なら俺も食べる」


 こういうところで気迫を身に着けているのかもしれない。

 そう思えば柚木もやってみようという気になる。


「2時間で入れ替わりだからね、最後にグッズも買うし、時間に余裕持って食べようぜ。あたしに気にせずどんどん注文してね」

「おう……」


 牛丼の時とは違い、同じメニューではないこともあるのか、そこまできつそうでもなく、時折そのキャラがモチーフになっているメニューについてお喋りしながらも着実に完食していく。


 それでも柚木の方が先に食べ終わり、追加でドリンクを注文して心春が美味しそうに嬉しそうに食べているのを見守る。

 気力と根性、それに体力がないとお腹を満たした状態で食べ続けるのは無理に等しい。

 剣道にもやっぱり通じるものがとあるかもと、何気なく周りを見ていると皆嬉しそうにメニューを眺め、この時間を噛み締めながら大切にしている、そんな印象を受けた。


「ごちそうさまでした。超美味しいじゃん……まだ時間ある。あたしもドリンク頼んじゃ」

『ほ、本日はコラボカフェへのご来店くださりありがとうございます。ア、アニメSPY×SISTERで宮原理世役を演じさせていただいています神崎結奈です。ここでは私の大好物を食べられて、おまけにグッズまでいただける! えっ、それってほんと! いますぐ行きたいです―』

「あ~、りよたんナレーション来ったぁ! すごいでしょ、りよたんの声、自然に心に響いてくるような、思わずこっちも振りたくなるそんな声なんだ」

「っ! ……その例えはよくわからないが、響いてくるし、心にりよたんの表情すらも残るそんな声だな……心春、おまえさ」

「なに?」

「いや、なんもない……」


 なんだろう。なんだかまたも剣を振るわれたような、そんな感じがする。


 お腹も満たされ、グッズも大量購入、店内でりよたんの声も聴けたりと、コラボカフェをこれでもかと堪能しお会計を済ませる。


「超よかった。また来ようぜ柚木」

「おう。この後はどうすんだよ?」

「息抜きしたし、インタビュー大成功作戦に戻るぜ」

「いつからそんな作戦が……」


 柚木達がそんな話をしながら、遊戯をしている保育園の側を通りかかると、迷子らしき子がきょろきょろと辺りを見回していた。

 

「僕、1人か? お母さんは?」

「あー、保育園のあの音楽聞いて立ち止まっちゃったのかな?」

「うっ、うっ……」


 柚木達が話しかけると、泣き出してしまい事情も分からず弱ったなあと困っていると、


『泣くのは禁止。大切なものを見つけた時まで我慢しなさい!』


「っ!? お、お前……」

「んっ、たしかそんな台詞だったっしょ。小さい子が好きなアニメだから、泣いてる子にはこういうのが聞くんだよ。よし、僕、あたしとこのお兄ちゃんがお母さん一緒に探してあげるから」

「うんっ! お姉ちゃん、もういっかい、もういっかい言って!」

「もう、しょうがないなあ」


 心春は柚木でも知っているアニメキャラの台詞を発した。

 泣いていた子はその声を聴いて、ぱっと泣き止み心春にきらきらした眼差しを贈る。

 そのキャラが間近にいるようなそんな錯覚を、いや、というよりも、今度はよりはっきりと心春が実際に剣を振るった気がして、柚木の気持ちは自然と高ぶっていた。

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