第13話 申し込む
カーテンから陽の光が少し入りだす。
そろそろ起きて、朝稽古の時間だった。だが今日はいつもより体が重い。
心春が剣道を辞めたことを聞き、昨夜は結局一睡も出来なかった。
「んっー」
ため息を吐き上半身を起こし両手を伸ばして声を出す。
気持ちが乗らない中でも布団から出て練習を始めた。
ランニングはいつも通りだったが、素振りとなるとそうもいかない。
一振り一振りがまるで目標を失ったように身が入らず、その振りも弱く力強さを感じないなと自分でさえも思う。
振れば振るほどにその思いは強くなり、これじゃあ稽古にならないと、ノルマの途中だったが縁側に腰掛ける。
「今日もいい天気になりそうだな……」
空を見上げ、日差しを掴むように左手を握った。
心春は柚木にとって負けたくない相手。
心春が剣道を続けているはずっていうのも柚木の勝手な願望だ。
最後に試合をしてからもう5年も経ってる。
それは剣道以外のやりたいことを見つけるのには十分すぎるほどの期間だ。
「わかっちゃいるんだけどな……」
でも、なかなか簡単には割り切れなかった。
せっかく再会できたのにと思ってしまうと、途端に心が靄に覆われてしまいそうだった。
「兄貴、そろそろ朝ご飯できるよー」
「おう……」
頬を叩いて、立ち上がる。
☆☆☆
萌々が作ったBLTサンドのトーストは美味しかったが、食が思うように進まなかった。
家から駅に行く間もなんだかぼっーしてしまう。
電車に乗れば悠斗がニヤついた顔で近づいてきた。
「はーん、さてはデート上手く行かなかったか?」
「まあ……」
悠斗からのそんなからかいとも取れる言葉。
普段ならデートじゃねえと反論するところだがそんな気力もなく、端的なやり取りになってしまう。
「柚木……おい、何してんだ。駅ついてるぞ!」
「えっ、ああ……」
心ここにあらずで外をぼっーと見ていたら最寄り駅についても微動だにしないものだから悠斗に引っ張れ下車。
「たくっよ、その様子じゃよっぽど小城さんとの買い物上手く行かなかったのか?」
「……あっ、いや、買い物は」
「馬鹿、前見ろ前!」
学校までの道のりでは悠斗の声虚しく電柱に頭をぶつけてしまい、教室に着いた途端に顔を突っ伏す。
そんな柚木を悠斗は小突く。
「……」
「どうやらマジで何か悩んだり落ち込んでるみてーだな」
「まあな……」
「おら、顔上げて話してみろ。どういう話なのか聞かなきゃ何も助けてやれねーぞ」
腕組みをしてじっくりと聞いてやると言わんばかりの悠斗の姿に柚木は、昨日あったことを説明していく。
買い物は上手く行ったこと、その後もいろんなお店に連れて行ってもらったこと、そして帰りにもう剣道はやってないと告げられた、ことまで。
「――って感じだ」
「そりゃあまあ落ち込むのもわからなくはねーな。彼女が柚木の試合したかった相手ってのは聞いてたからな」
「……」
「柚木の気持ちはわかるぜ、俺だって……いや、ちょっと竹刀借りるぞ」
悠斗は竹刀を握ると綺麗な構えから一振りする。
その振りを見れば大きな大会に出てもまだまだ活躍できそうだなと感じた。
「お前……」
「まだまださびてねえだろ。水泳に転向したけどよ、剣道が嫌いになったわけじゃねーし、今でもたまに竹刀は振ってる。汗臭くなるのはいやだけどな……」
「へえ……」
「まっ、小城さんもそうかはわからねえ。けど、少なくともこの前の教室での立ち合いをみれば、嫌いになってることはねえと断言してやるよ」
「そう、かな……?」
「違う道に行っても柚木とちゃんと竹刀を交えたやつならそうそう変わるもんじゃねえさ。他にやりたいことや向いてることを見つけた、何か辞めなきゃいけない理由があったとか、考えだしたらキリがねえ。だけどな、実際に竹刀を交えればわかるものがある。違うか?」
「……その通りだな。悪い、ありがとう」
「なあに、ちょっときざなこと言っちまったな。おっ、普段通りの顔になったな」
悠斗の言葉を聞くうち、柚木はいつの間にか顔を上げていて曇っていた心が晴れてきていた。
「おはよー、柚木。昨日は楽しかってね」
「おう、おはよう」
ちょうどそのタイミングで、心春が隣の教室からやって来た。
「ちょっと帰り元気なかったから心配しちゃったけど、なんだよ、いつも通りじゃん」
「心春、そのだな、俺と剣道の試合してくれないか?」
「試合か……ブランクがあってちょっと心配だけど、もちいいよ」
少し間はあったものの、あっさりと口元を緩め承諾する心春
その言葉は柚木を心底ほっとさせる。
すぐ傍の悠斗を見れば大きく頷いてくれていた。
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