怒りの砲撃

 城の半分が吹っ飛んだ。葬儀に参列していた皆が仰天し、パニックとなり逃げ始めた。


 ドーン!


 次がやってくる。


 ズガーン!


 もう半分に当たり、城は瓦礫と化した。


 城の裏の小山で、男が叫ぶ。


「魔導弾だ。威力は通常の十倍よ!はっはっは。どれ、次は街だ」


 ドカーン!


 ズドーン!


 無差別に一人の男の手によって、街が破壊されていく。皆、通りに出て来て右往左往している。


 葬儀の列を先導していたラミル流の司教が叫ぶ。


「あの小山からじゃ!」


 近衛兵たちが一斉に登って行っても誰もいない。


 ドーン!


 また砲撃が始まる。


「今度は西の時計塔からじゃ!」


 次は王府の兵が向かう。


「そこの男。降りてこい!でなければこちらからいくぞ!」


「ふん」


 男が消えた。


 兵が下で騒いでいる。


「おのれ、魔導師か!」




(腕は一流になったが、酒に溺れ、ここを去ったと、なるほど……)


 カルムはまだ日記を読んでいた。八年も弟子に付いていたのなら、魔力を上げる方法を知っているにちがいない。


 水晶の前に行き、手をかざし念じる。


「クウァエレ メル ボレロ・ストゥーマ」


 水晶に男の影が写しだされる。なぜか横に大砲らしき物が。


 ドカーン!


「撃った!」


 もう一発。


 ドーン!


「戦争をやっているのか?このボレロとやらは?」


 カルムは男の顔を覚える。歳は四十歳くらい。記述通りだ。平凡な顔に平凡な服装。思いきって頭に直接呼び掛ける。


「アウディーレ!」


(ボレロ……ボレロよ)


 ボレロが頭の中で答える。


(誰だ、アウディーレで俺の頭を探るやつは)


(おれはカルムという。キリウムが殺られるまで弟子入りしていたものだ)


(ふーん、じゃあ俺の弟弟子だな。何の用だ。こっちはいま忙しいんだ)


(そのようだな。何をしているんだ)


(ドーネリアの首都ガレリアをぶっ潰しているところよ。キリウム婆さんの仇討ちだ。ところで何の用だ)


(後で落ち着いたらまた連絡する)


(そうかい。じゃあまたな)


 それきりボレロは心を閉ざしてしまった。


 砲撃は夜になるまで続けられた。街の至るところが爆破され、人々は逃げ惑いやがて郊外に避難していった。


 夜になった。カルムがふたたび水晶をのぞくと、ボレロは酒場のカウンターで飲んでいる。


(兄者よ)


(さっきの弟弟子か)


(そうだ。名はカルムという、よろしく頼む)


(で、用とは)


(魔力を上げたいのだ。兄者もリーガルとお師匠様の対決を見ていたんだろう?しかし仇討ちはリーガルを相手にはできない。それでうっぷん晴らしにガレリアを襲っている、そんなところか)


 ボレロが眉をよせる。


(人の頭の中を読むのは得意みたいだな。キリウムとは何年一緒にいたんだ?)


(二ヶ月だ)


(たったの二ヶ月か!それでアウディーレまで教えてもらったのか。クレピタスは使えるのか?)


(ああ、二日でモノにした)


(二日!)


(しかし、リーガルにはかなわない。それで兄者なら知っていると思ってな)


(魔力を強くする術か)


(ああ、教えてくれ)


 ボレロはしばらく心を閉ざした。


 カルムが再度念じると、ボレロはまだ考えている。


(一つだけ方法がある)


 カルムが狂喜する。


(本当か!それでその方法とは?)


(言いたくない)


(なぜだ)


(とにかく言いたくない)


(そんなこと言わずに。いまからそちらへ向かう)


(それは勝手だが教えないぜ)


 カルムは魔方陣を現出させる。場所は郊外の宿場町の飲み屋だ。


 魔方陣の上に立つとスッと消えた。




 リュドミュラ率いるドーネリア軍が足止めを食らっている。ボートランドへの街道が大きな岩だらけだからだ。大砲台が前に進めないのだ。


「うん、もう!これじゃあリーガル様にいいところ見せられないじゃないのさ」


 リュドミュラは杖を出し、それを丸く振ると大岩が消える。こうして一歩一歩前に進むしかない。自分がなぜ大将に選ばれたのか。これで分かった気がする。


 リーガルのほうはすでに総本部に引き返し、眠りにつきここまでの疲れをとっている。


 ニムズがオーキメントの王になることを真剣に考えている。


(王になれば金も女も思いのままだ。しかし常に命を狙ってくる輩があとをたちまい。とびきりの快楽を得て不安に怯える日々か、快楽も名誉もなく、しかし不安もないさえない毎日を送る人生か……)


 リーガルが起き、水を飲んでいる。


「リーガル様、この前のお話ですが」


「オーキメントを治めることか」


「はい。覚悟を決めました。見事治めてみせましょう」


「よし、分かった。オーキメントはお前に託す。ではこの戦争が終わるまでしばし待て」


「は!あとはボートランドだけですな」


「そうだな。リュドミュラのやつがあの悪路で四苦八苦しているのが目に浮かぶようだ。ふふ」


「魔導師しか切り開けないほどの街道とか」


「まあ、やり方はいろいろある。じっくり行くしかあるまい。そして最後の関門、ドリーナ峠が待っている……」


 リーガルが立ち上がると斥候から一通の文が。


「なになに……!やられた。ガレリアが壊滅したそうだ。」


「え!?」


 ニムズに文を渡す。


「どうしますか。リーガル様」


「とりあえずガレリアに行くしかあるまい」


 リーガルが魔方陣を現出させる。


 そして二人は消えていった。




「母ちゃん!ミール!」


 ボートランド州の州都クレイルの郊外に、難民キャンプが出来ていた。その中をサキヤが二人を探して回っている。


 一時間もたった頃、「サキヤ!」と呼ぶ母の声。


「母ちゃん!ミール!」


 三人は抱きしめあう。


「アルデオ島には行かなかったのかい」


「人に聞いた話だとアルデオは滅んだ町だからもう船が出てないんだと。仕方ないね。食料が届かないんじゃ生活できないよ」


 サキヤがうなずく。


「そうだね、アルデオ島のことはもう忘れなきゃ。ここはどうなの。不自由してないの?」


「そうだね、食料は配給してくれるんだけど、毛布一枚だとやっぱり寒いんだよ」


 母とミールが顔を合わせてうなずく。


「俺の毛布をやるよ。母ちゃん。まあとにかく無事でよかった。じゃあ俺はドリーナ峠に行かなくちゃならない。ミール、母ちゃんをたのむぞ」


「うん、分かった!」


 サキヤはミールと熱いキスをし、三人でしっかりと抱き合い、金の盾を持つとその場を去った。


「おーい、サキヤ!」


 ジャンが呼んでいる。


「なんだい、家族はいたかい」


「ああ、無事だった。それより紹介しよう。州兵のビリー・クロッツェル大佐だ」


「サキヤ・クロードです。よろしくお願いいたします」


「私がビリー・クロッツェルだ。州兵に志願したそうだね。大歓迎だよ。サキヤ・クロード……と」


 ビリーは名簿に書きとめている。


「階級はそのまま少尉でかまわないね」


「は!」


「では早速ドリーナ峠で指揮を執ってくれたまえ」


「は!必ずや敵軍を阻止してまいります!」


「頑張れよ」


「はい!」


 サキヤは馬にのり駆け出した。




「兄者」


 軍服にマント姿のカルムがボレロの後ろに立つ。


「来たか、まあ一杯飲め」


「貰おう。ただしウイスキーじゃなく、ビールを」


 ボレロの横に座るとビールが出された。ぐいっと一口飲むカルム。


「婆さんには可哀想なことをさせた」


「まったくだ。リーガルの強さを侮っていた。で、今はその報復攻撃をしていると」


「婆さんへのたむけよ」


 ボレロはウイスキーをあおる。


「さて本題といこう。魔力を上げる方法を知っているんだろう?なぜ教えるのを拒む」


「それはな、二人一組じゃないと出来ない儀式をやらないといけないからだ。それができるのは俺だけ。まっびまらごめんというわけさ」


 酒が入り、口が軽くなっているとみたカルムはたたみかける。


「方法とはどんな?」


「悪魔を乗り移らせるんだよ、お前の体にな」


「あ、悪魔?」


「リーガルにも悪魔が乗り移っている。だからあんなに強いんだよ」


 カルムは狼狽している。しかしあえて聞く。


「で、その儀式とは?」


「俺がインウォカーティオという長い呪文を唱える。すると七日七晩とてつもない苦しみがお前を襲う。あるものは狂い死に、あるものは耐えきれずに舌を噛み、みずから命を断つものも多いと聞く。悪魔っていうのは気まぐれでな、自分が乗り移りたいと思う者には全く苦痛など与えず、召還される分には地獄の苦しみを欲する。いい加減なもんさ」


「地獄の苦しみ……」


 そこでカルムは怯んでしまった。


「世の中簡単にはいかないってことさ」


 ボレロが、カルムを横目で見ながら言った。








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