壊滅、大統領府
ドーネリア軍が大統領府の目前に迫る。大砲隊はまだ破壊されてない、旧市街へ向かう。リーガルはそこを離れ、大統領官邸を目指す。
「撃てー!」
ドーン!
人口の八割は逃げ出したが、まだ動けない老人、身寄りのない子供、地下室に隠れている市民……
ズガーン!
そうした者たちが、次々に犠牲になっていく。
五十台もの大砲の威力は絶大であった。
しかしもみの木の家は壊れない。あるようでない。そうした空間に飛んでいるからだ。
その中でカルムはキリウムが残した膨大な古文書を読んでいる。古代の魔法、失われた魔法などから探しているのだ。魔力を上げる方法を。
砲撃の音が聞こえる。カルムは背もたれに体を預ける。
「この街ももうおしまいだ」
小さな頃からの記憶をたどり、まだ幸せだった過去を思い出して、少しだけ目を潤ませる。
しばらくそうしていると、もう全てがどうでもいい気がしてくる。
「いけない、誓ったんだ。きっとお師匠様の仇を取ると……」
また古文書を探して図書室に行くと、なにやら手書きの文書を見つけた。
カルムはそれを手に取る。
「日記か……」
椅子に座り興味深く読んでみると、こよみから二十年前の物だと分かった。
読み更けるカルム。「最後の弟子」という記述。
「俺の兄弟子か……計算するといま四十歳くらいか。何か知っているかもしれないな」
カルムは考える。
「接触してみるか……」
夜がふけていく。
難民の群れは最も東のボートランド州を目指す。州兵が警備にあたってくれ、難民一人一人に毛布を配っていく。
となりのトータム州との境は両側が断崖になっており、もし敵が攻めてきた場合狭い谷の一本道を通ることになるので、崖の上からひじょうに攻撃しやすい地形になっている。いわば天然の要塞となっているのだ。
崖の上の砲台にバームが登っていく。
武器庫にいき、州兵と敬礼をする。
「プレゼントだ」
武器庫の中に入り「ウォンティア!」と呪文を唱えると、大量の爆裂弾が出現する。
「ここで踏みとどまってくれよ」
「は!」
州兵が敬礼する。
「クレピタス!」
新市街のまだ壊れていない建物も、リーガルが徹底的に爆破していく。
やがて大統領官邸の門の前に着いた。
リーガルは中に入り右手を構えると、極限に集中する。
「クレピタス!」
ズバーーーン!
官邸は大爆発を起こし崩壊した。中にいた従者三十人が命を落とした。
リーガルは叫ぶ。
「面白い、面白いぞ!わっはっは。崩れろ!壊れろ!わーはっはっは」
「これでこの国も、教皇さまのものですな」
ニムズがつぶやく。
「ニムズよ。なぜ悪をなすと楽しいかわかるか」
「さ、さあ。私は一従者に過ぎないので……」
「それはな、本能が充足されるからだ。虎を見よ、鷹を見よ。動物どもは、本能のままに自分より弱き者を殺害して生きている。人間も同じだ。動物を殺戮することで生きながらえてきた生き物よ。それを、法律や政府によって押さえこまれて生きている。人間が悪として恐れるもの、それすなわちむき出しの本能よ。だから悪をなすのは喜びなのだ。わっははは」
「性悪説ですか」
「自然の摂理よ」
「ともあれ、この国は滅びました。もとより兄弟国として宗教も同じ、言葉も同じ。征服しやすい国を手に入れられましたな」
「お前が治めてみるか?」
「わ、私がこの国を……ですか」
ニムズは狼狽する。
「考えておけ。ドーネリアと同じようにカリムド教の十三戒のうち酒もタバコも解禁する。住みやすい国にするのだ。そして酒とタバコに税をかけよ。儲かるぞー。はっはっは」
「しばらく考えさせてもらえますか」
「まあ、焦ることでもないわ」
「御意」
リーガルが椅子に座ってタバコを吸い始めると、将校が一人駆けてきた。
「旧市街地も、ほぼ壊滅させました。事実上この都はなくなりました」
「そうか。ナラニの所へ行こう。リュドミュラを連れてな。それと……あの金の盾が持ち出されたという噂は本当か」
「間違いないかと」
「厄介だなそのような者がオーキメント側におるとは、一刻も早く探してくるんだ。いいな!」
「は!」
リーガルは立ち上がり地面に魔方陣を出現させた。
パカパカ……
サキヤとジャンは馬に乗り、難民と共にボートランド州を目指している。
「金の盾はもう持ってこなかったのか」
「いや、アパートにはなかった。おそらくミールが持ち出しているはずだ」
「しかしおかしな事態となったな。俺たちが金の盾を持ち出す間になぜかいきなり戦争となり、その宣戦布告をした大統領はその日に暗殺され、戦争には負け都落ちし今に至ると。人生不可解なことだらけだ」
「思いどうりには行かないことだらけだね」
「全くだ。ところでお前、州兵になるつもりはないか」
「州兵に?」
「ボートランド州のだよ。いまボートランド州には難民が続々と集まっているだろう。それをドーネリアの征服から守るんだ。軍人ってのはな、最後はそれが生き甲斐でもあり、目標でもあるんだ。攻める側にはまた出世や名誉など別の野心があるがな。守るべき人々を守って死んでいく。これほど素晴らしい命の使い方はない。どうだ」
「へー、ジャンもまともなこと言うんだね」
「蹴るぞ、お前。ふっふ」
サキヤたちは崖中の一本道のてっぺんにきた。
「ここがドリーナ峠だ。ここからボートランドだ。天然の要塞。ここを突破されると、もうアルデオ島にしか行き場がなくなる。しかしここの守りは鉄壁で崖の上から四台の大砲の台座があり、敵を向かえ撃つ。ドーネリア軍でも突破は無理だろう」
「州兵の話は考えておくよ。まずは母ちゃんとミールが心配だ。アルデオ島に帰るよ」
「そうだな。俺も家族のことが心配だ。そっちを優先させよう」
「了解!」
州兵から毛布を手渡される。まだまだ夜は寒い。
ナラニ大将の所にリーガルが表れた。驚くナラニ。
「ナラニ、お前は大将から総大将に格上げだ」
「大将がいなくなりますが……」
「こいつが新しい大将だ」
リーガルの後ろから女兵士が表れる。
「これはこれは、総大将閣下」
「リュドミュラではないか!」
「は~い」
「リーガル教皇様、少佐ですぞ彼女は!」
「だからどうした」
困惑の表情のナラニ。
「務まりますかなー。大将が」
「これから全軍を指揮するのはこの女だ。メールド流の魔導師でもある。ドリーナ峠で必死の攻防が予想される。適任者はこの女しかいない」
リュドミュラはニヤニヤ笑っているだけだ。
褐色の肌にスレンダーな体。やや厚化粧だが、美しい顔。もちろんリーガルの女の一人である。
ナラニはかしこまって敬礼をする。
「それでは、そのように手配をしてまいります」
ナラニは去って行った。そしてテントに入る。
それを見ていたモントアール中将が同じテントの中へ。
「もう、王のつもりよ。リーガルのやつ」
「リーガルは誰にも倒せん。言うことを聞くしかない」
「ふん、物分かりのいいことで」
「お前も妙な気を起こすなよ。……死ぬぞ」
「ふう……」
ナラニはウイスキーを取り出し飲み始めた。
「あなた、しっかりして、あなた!」
ドーネリアの首都ガレリアの王城でフィリッツ・エレニア王が最後の時を向かえようとしている。
王妃ネーブルがその手をしっかり握って祈っている。
「あなた……フィリッツ……」
ガクリ
「いやー!いかないでー!」
こうして王は旅立った。死因は薬物中毒。しかしそれはふせられ、心不全とされた。
三日後、国葬が始まった。ドラド総大将を公開処刑にした時は悪評もたったが、それまでは民思いの立派な王であった。
城からひつぎが衛兵によって担がれ運び出される。隊列は静かに前へと進む。
ドーン!
遠くで大砲の音がする。みな、それを礼砲だと思った。しかし次の瞬間!
ガシャーン!
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