ジャンの秘策

 雨が激しく降っている。ジャンは宿屋の場所を聞くと、南の街道の先には何があるのか尋ねてみる。


 買った小振りのリンゴをみんなに配り、一口かじるとそこの親父さんが言う。


「まあ何があるって……うーん、強いて言えばカリムド教の総本部くらいなものでしょうか」


「カリムド教の?」


「はい、あとはその近くの宿場町。あとは……」


「なんだ」


「はい、あとは森が延々と、そこを過ぎれば港町がゴールでございます」


「なるほど、ありがとう」


 ジャンが三人が座っているテーブルに戻る。


「どう思う?」


「カリムド教の総本部か……」


 バームが唸る。


「あの怪物とカリムド教、関係あるのかなぁ」


 とサキヤ。


 ジャンが真面目な顔をしながら推測する。


「怪物と、カリムド教と、教皇様を殺した男……この三角形、特に男が言った教皇様が悪魔に取りつかれていると言うのが本当なら、あの怪物はやはり悪魔が作りしもの……そんな気がしてならない。するとカリムド教そのものが、悪魔の巣窟……」


「待てよ、話が飛躍しすぎだ」


「まあ聞けよ。そう考えると怪物は、なんの為に歩き続けているのかが説明できる。怪物はあてどなく移動をしているんじゃない。帰っているんだよ。多分。何の目的かは知らないが……う~ん、帰巣本能とでもいうのかな。でないと、ドーネリアの首都ガレリアに向かわなかった意味が分からない。怪物が生物兵器として作られたのは間違いない。サキヤは見たんだろう?城から出て来たところを。だとしたらやはりガレリアに向かうはずだ。何らかの意図があるはずなんだ。怪物には」


 バームが返す。


「犬が家に帰ってくるみたいにか?」


「近い気がする。怪物の行動を聞いて回ったかぎり、それこそ犬並の知性しかないと感じるんだ。確信がある。俺たち先見隊は探偵業みたいなもんだ。長年のカンだよ」


「まあジャンが言うと妙に説得力があるが……少なくともカリムド教の総本部だけは、悪魔に支配されているとみて行動すれば間違いなさそうだな」


「そうだな。細心の注意を払っていこう」


「了解」


「了解」


 サキヤも真似をする。


「ところでサキヤ。その金の盾が防御に使えるのはいいとして、攻撃方法はあれか?あの小人頼みか。その短剣じゃあどうにもならないのは分かるよな」


「う~ん、やっぱりそうだな。ピリアに頑張ってもらわなくちゃな。それしか考えようがない」


 するとピリアが表れ、盾の上に腰かける。


「ワシゃそんなこと知らんぞ」


 ジャンが笑う。


「じゃあ何のために付いてきてるんだよ」


「言うたろうが。盾の見張りじゃ!なんでも思い通りになると思うなよ。べっ」


 そういうとまた盾の中に消えた。


「あらら」


「当てにならない頑固爺だな」


 サキヤが、頭を抱える。


「う~ん。どうにか説得するよ。カリムドの本部に着くまでに。小人といっても魔力は凄いんだ」


「頑張って」


 ミールが励ます。


 ジャンが提案する。


「もしその、ピリアだっけか。その爺が本気で拒否した場合、取って置きの方法がある。今から軍に文を書く。この手でうまくいくはずだ」


「どうするんだ」


 バームが聞いても


「内緒」


 としか答えない。


 バームがジャンの脇をくすぐる。


「うひひひ、やめろ! 言う、言うったら!」


「仲いいな……」


 ジャンが真面目な顔に戻り、秘策を披露する。


「実はな、大統領府の旧市街にキリウムってメールド流の達人の魔法使いの婆さんが住んでいる。依頼すれば魔法陣ですぐに来てくれるんだと。噂では城を一つ爆破したこともあるらしい。報酬はかなり高いだろうがな、事情を説明すれば軍が払ってくれるだろう。どうだ、いい案だろう」


 バームが膝を打つ。


「そりゃあいい。聞いたかサキヤ。その頑固爺の説得も必要ない」


「はいっ!」


「雨もやんだようだ。文具店にたちより、それから宿屋に向かおう」


「よっしゃ、今日は一日休憩だな」


「行くぞ」


 四人は店を出た。




「フレア!」


 紙がボウッと燃える。


「グレイス!」


 冷気で紙が粉々になる。


「よし、フレアもグレイスも覚えたの。今日の授業はここまでじゃ!」


「クレピタスは……」


「もう寝る時間じゃぞ」


「私はまだ眠くありませんが」


「魔力切れが近い。休むのも大切な修行じゃ」


「分かりました。お師匠様がそう言うんなら……」


 カルムはしぶしぶ承知する。そして弟子用の部屋に入りベッドに倒れ込む。


「ウォンティア!」


 パサリと紙袋に入った菓子を出すと、それをポリポリ食べながらここにいたるまでを回想する。祖母と姉を亡くしたことを思い出すと、また涙が出て来て仕方がない。ばあちゃんは優しかった。姉ちゃんは明るかった。それだけが頭の中をぐるぐると回る。


 菓子を一つほおり投げ、「クレピタス!」と唱えるも、何も起きない。


 カルムは焦っていた。他の誰かにあの怪物を倒されるのでは気が済まない。あくまでこの手で倒したいのだ。


 そういうしているうちに自然に眠りについた。


 次の日、本格的に「クレピタス」の特訓が始まった。


 キリウムがカルムに告げる。


「まずはワシのをよく見ておれ!」


 カルムが真剣に横で見ている。


「クレピタス!」


 パンッ!


「どうじゃ、見えたか?」


「なにやら渦を巻いていたような……」


 カルムがまゆを寄せてつぶやく。


「ほう、目がいいな。それこそ極意よ。炎と冷気を同時に噴射し、それを渦状に走らせ焦点で融合させて爆発させる。やってみい」


「はいっ!」


 理屈は分かった。実際に出来るかどうかは分からない。しかしやるしかない。


 カルムは構える。


「クレピタス!」


 しかし、炎だけ出た。


「ホッホッ最初はそんなもんよ」


 今度は冷気を意識する。


「クレピタス!」


 案の定、冷気だけだ。


 キリウムが窯にピザを入れながら言う。


「クレピタスはな、半分の者は出来ん。一年かけてようやく出来るようになる者もおる。言わば天性の才覚が必要な術よ。お主の才覚はどうかな?」


「て、天性の才覚……」


 カルムは弱気になる。この魔法は難しい。フレアもグレイスも案外容易く出来たので舐めていたのだ。自らを戒めるカルム。


「クレピタス!」


「クレピタス!」


 出来ない……しかしその時閃いた!


(手を出す時に手を回転させればいいんじゃないか)


 今度は手を回しながら「クレピタス!」と唱える。


 爆発はしなかったが渦を巻いて出た。


「ほう、そこに気づいたか。あとは焦点を定め融合するのじゃ」


(やはりワシがみこんだ通り、並の小僧ではないな)


 特訓は最終局面に入った。




 朝になり、エレニアが目覚めた。朝からウーラを一瓶あける。体は衰弱し食欲もなく、物をあまり食べなくなった。しかしウーラを飲めば、そんな倦怠感から解放される。


「兵を集めよ!」


 エレニアは侍従長に命令する。


 城に兵が続々と集まってきた。その数一万。


 エレニアがベランダから吠える。


「戦だー!これより戦を始めよ!オーキメントを征服し、大統領の首を取ってこい!」


「大統領は、暗殺されたとか……」


「なにー!そんなことなどどうでもよいわー!とにかくオーキメントを火の海にしろー!」


「おぉー!!」


 雄叫びがあがる。これでよしとエレニアは自室に下がる。


 大将になったナラニが補うように言う。


「皆に伝える。戦はいつもの訓練通り。まず歩兵が進み、矢で前線を突破する。揉み合いになると思うが一人でも多くの敵兵を倒すのだ。向こうは四万、こちらは三万。数では負けているが、こちらには五十台もの大砲隊がいる。ひるむでないぞ!」


「おぉー!」


 まだ兵員宿舎で寝ていた兵士も叩き起こされ、ドーネリア側の進軍が始まった。


 戦争が始まろうとしている。





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