教会での惨劇

 サキヤらは山を降りて南の街道を西へと進んでいる。街道沿いの小さな町の食料品店の前で、ピリアが飛び出し盾の上に座る。


「唐辛子を一つ買ってきてくれ。いま鍋をつくっておるのよ」


 それを見たジャンが驚いて顔を近づける。


「なんだその小さなピエロは?」


「ピエロではない!無礼者。ワシゃ盾の精じゃ」


 バームとミールも顔を近づけて凝視している。


「何をじろじろ見ておるのじゃ!」


「小人だよな」


 と、ジャン。


「小人だ」


 と、バーム。


「早く唐辛子を買ってこんかー!」


 ジャンがサキヤに聞く。


「こんなのがついてきたのか?」


「ま、まあ。第三の試練の話をしただろう。あの小人だ。唐辛子、唐辛子うるさいから買ってやってくれ。ジャン」


 ジャンが金を取り出すと、ミールが店に入っていく。


「はいこれ、唐辛子」


「ほらよ」


 サキヤが一本渡すと、ピリアはそれを引ったくるように取り上げ、盾の中にスッと消えた。


「ふ、妙な盾だな」


 バームが笑う。


「完璧なモノなんかそうそうないってことだ」


 ジャンがしたり顔で言う。


 街道は、メイン街道と合流する。いつもは人や荷馬車で賑わう通りも、人気が全くない。


「そうだった戦争中だったんだ。忘れてた」


 ジャンが門番に言う。


「俺たちは特殊な任務についている一団だ。門を開けよ」


「し、しかし……」


「上官の命令だ!」


 門番は、ジャンの制服のバッジを見て上官だと認識したようだ。


「は!門を開けろー!」


 四人は門をくぐりドーネリア側に入った。


 しばらく丘を歩いていると、国境沿いに塹壕を掘っているではないか。


 そこの工兵に尋ねる。


「なんだその塹壕は」


「は!敵を迎え撃つためのものであります!」


 ジャンはあごをさする。


「妙だな……」


 バームが尋ねる。


「何が」


「塹壕にしては長い。まるで国境線全てをふさぐように」


「大砲台をこれ以上進めさせない為じゃないのか」


「そうか!冴えてるなお前」


 ジャンがバームの肩を殴る。


「進むぞ。ただし上着はここで脱いでいこう」


「了解」


「寒い!」


「死ぬよりましだ」


 四人はまた街道を歩き始めた。




「フレア!」


 だめだ。


「フレアー!」


 力んでもだめ。


「おー、おー、行き詰まっておるのー」


 キリウムがピザをモグモグ食べながら見ている。


 狙いは細い木の枝の先端に付けられた紙切れ。これを燃やせというのだ。


「なにかコツを教えて下さいよ~」


「じゃから言うておろうが。全ての魔法はイメージの強さで魔法も強くなる。火が燃えさかる様をイメージするのじゃ。こういうふうに。フレア!」


 カルムの尻に火がつく。


「あちっ!」


「いまじゃ!呪文を唱えよ!」


「フレア!」


 ボウッ!


 紙が燃え尽きた。


「やった!酷い教えられかただったけど。見てましたか。師匠?」


「見とったわい。つかんだな。ここに百枚の紙がある。今日中にこれを全て燃やすのじゃ」


 絶句するカルム。


「死ぬ~」


 カルムの特訓は続く。




 サキヤたちは少し大きな町に着いた。ジャンとバームが早速服屋に入りジャンパーを買っている。


「ふー、これで助かったぜ」


 お揃いの革ジャンだ。


 しばらく歩くと公園があった。女が犬の散歩をしている。呑気なモノだ。戦争が始まったというのに。


 公園の横には教会があった。信者たちが集まっている。もとはといえば同じカリムド教。信心深いバームを筆頭に四人は中に入っていく。


 讃美歌が歌われている最中だった。讃美歌も同じだ。なぜ分裂してしまったんだろう。それまで二つの国は兄弟国と呼ばれるほど仲がよかったのに。


 一人の男が出て来て皆に告げる。


「今日は、喜ばしいことにリーガル教皇様がこの辺境の教会に足を運ばれております。それでは皆さん拍手をもってお出迎え下さい」


 大きな拍手の中、しずしずとリーガル教皇が進み出る。そして神の愛について語り始める。


 ガシャーン!


 この時を待っていたかのように、横のステンドグラスを破り、男が入ってきた。男は一直線に教皇の後ろにまわり、その首を短剣で引き切る。リーガル教皇の首から鮮血が吹き出す!


 その間わずか三秒。皆、呆気にとられ、なにが起きたか理解出来ないでいた。


「キャー!」


 その悲鳴で皆が我にかえる。男は乱暴にリーガル教皇を投げ捨て、また入ってきた出口へむかう。


 そこへ咄嗟にジャンが刀を抜き、男に迫る。バームも槍で男に近づく。


 ジャンとバームが、一斉に男に牙をむくと、男は、「スクートゥム!」と唱え、二人の攻撃を弾く。


「なぜだ!」


 ジャンが吠えると、男は不敵な笑みを浮かべ


「リーガルは悪魔に乗っ取られていた。だから成敗した。それだけのことよ」


「なにー!」


 ジャンが驚いている間に男は去って行った。


「教皇が……悪魔に……」


 それを見ていた神父が近寄ってきて言った。


「いまのやり取りは他言無用ですぞ」


 そう言って裏に消えて行った。


「なんだったんだ……」


 不可解なことが多すぎて、混乱する四人。とりあえず教会を出て、話を整理する。


「リーガル教皇が本当に悪魔に取りつかれていたとする。するとあの男は正義の者ではないか?」


「でもそんな情報、どこで手にいれたんだか分からないし、そもそも俺たちが考えることじゃないんじゃないか」


 バームの指摘にジャンが答える。


「それもそうだな。本来の仕事に戻ろう」


 公園に戻り、犬の散歩をしているマダムに聞く。


「怪物?あぁ南の街道を通っていったらしいわよ」


 意外だった。おそらく北の街道を進みドーネリアの首都ガレリアを目指すと思っていたからだ。南の街道の先には何があるのか。とにかく追うしかない。


 マダムに礼をし、さらに進むと三叉路になっている。交通の要衝の町なのだ。言われた通り南に進むと雨が降り始めた。商店の軒先に入り雨宿りだ。


「こりゃ本降りになるな」


「あぁ、薄暗くなってきやがった」


 サキヤがミールの心配をする。


「濡れなかったかい?」


「これくらい平気よ」


「お熱いねぇ」


 ジャンがからかうとサキヤが肩にパンチだ。


「いてっ。それにしても止みそうにないなこりゃ。今日はこの町で泊まっていくか。休暇も兼ねて」


「賛成ー!ずっと歩きっぱなしだからね」


「よし、それじゃあ宿をこの店のあるじに聞こう」


 四人は商店に入っていった。




 軍制になったオーキメント。ガジェル将軍が実質的な支配者になった。


 ガジェルは最近おかしな噂を聞いた。カルマン大統領を暗殺した真の黒幕は、自分だというのだ。半分は当たっているだけに、気になる。そこで右腕のノーム大将を自分の邸宅に呼び出し動向を聞こうと思った次第。


「久しぶりだな、お前がこの家に来るのも」


「そうですね。半年ぶりくらいですか」


 ガジェルは昼から取って置きのウイスキーをとりだして、ノームにウインクをする。


「内緒だぞ、ふふふ」


 ウイスキーグラスに半分ぐらい入れ、ノームに渡すと、自分もグラスにウイスキーを注ぎ、まずは乾杯だ。ノームは戸惑いながらも初めての酒を口にする。


「子供たちは元気にしてるか」


「はい、でも思春期っていうんですか。あまり相手にしてくれません」


「わっはっは、親の方も皆通過する定めのようなもんよ。うちの息子もグレてだなー。大変じゃったわい。仕官学校にぶちこんだら、急に大人しくなったがな。はっは。それより今日の用向きはのう、最近おかしな噂を聞きつけてな、あのカルマン大統領の暗殺の黒幕はわしというのだ。なんでも大統領がいなくなれば一番得をするものが犯人なんじゃと、わっはっは」


「ははは、皆推理小説の読みすぎですな。まず第一に疑われるのが一番得をする人間、しかし世の中はそんなに単純ではありませんからな」


 ガジェルは空になったノームのグラスに、またウイスキーを注ぐ。


「そうであろう、そうであろう。世の中はもっと複雑じゃ。わしが暗殺の一報を聞きつけて兵を差し向けたのは、犯人憎しからじゃ。人は忠義の心を忘れちゃいかん」


「ほんにほんに、特に軍人は……ですな」


(……これで妙な噂は消えるじゃろう)


 ガジェルは安堵し、またウイスキーをあおった。


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