エレニア王の狂気


「集 ドーネリアの主だった軍将が王の城の会議室に続々と集結していく。王はまだ出てこない。ざわつく面々。


 実はまだウーラに酔っているのだ。しかし王としての威厳を保たなければならない。ふるふらではあるが、従者に肩を貸してもらい階下へ降りていく。


 会議室にエレニア王が表れた。やっとの思いで王の座につくと「これより軍議を行う」とろれつが回らないしゃべり方で議論を始める宣言をする。


 皆は酒に酔っているだけだと思っている。定例の会議なら笑い話だが、今日は宣戦布告を吟味する会議だ。少しだけのひんしゅくを買う。


 見かねた総大将ドラドが進行を務める。

まってもらったのは他でもない。このたびオーキメントから宣戦布告を受けた。もう戦争は始まっているのだ。一刻の猶予もない。戦略、並びにそれに伴う戦術の吟味を行う。これはという戦略を持つ者はいるか。いるなら挙手をしてもらいたい」


 その言葉を受けてナラニ中将が手を挙げる。


「もう、いつもの訓練通りでいいのではないでしょうか、なまじ戦略を変えると兵が戸惑います。戦術のみ現地の状況を見て変えていくのが本筋かと」


「もっともだ。他には」


 タミル中将が手を挙げる。


「タミル」


「今度の戦争には『あのお方』はご参加いただけるのでしょうか?それによって戦術も大きく変わってくると思うのですが」


「『あのお方』のご意向はまだ聞いてはおらん。確かにご参加下さるのなら、こちらが断然有利になる。さっそく文を書き、早馬にてご意向をお尋ねしよう。他には?」


 もう挙手する者もいなくなった。


「それでは戦略面ではいつもの作戦通り。戦術面では……」


「あぁ。マール!」


 エレニアが突然叫ぶ。ドラドが苦い顔をする。


「戦術は現地の状況で決める。これで構わんな」


 皆が一斉に挙手をする。これにて作戦会議は終わりだ。


 会議室を続々と出ていく面々、しまらない王に皆が苦い顔をしている。


 別室でタミル中将が「あのお方」に文を書く。それを早馬に持たせ、出立させる。


「これでよし」


 タミルは満足げに馬を見送るのであった。




「あれはもうだめだ。少なくとも今度の戦争ではもう使いものにならん」


 ドラドが仲間の将校らを連れて、いつもの飲み屋でエレニアに対しての愚痴を言う。


「それは最愛の娘が亡くなって、まだ一週間立たない間に宣戦布告。気持ちは痛いほど分かりますが、自分が将校に召集をかけておいてあの体たらくじゃねぇ」


 タミル中将がウイスキーをなめながら同調する。


 ナラニ中将は、王の味方をする。


「しかし自分は我が子を失い一週間も経たないうちに宣戦布告などされると、同じように酒におぼれる気がしますが」


「立場をわきまえろと言っておるのだ。仮にも一国の王だぞ。それをいつまでもメソメソと!」


「しかり、しかり」


 タミルがゴマをする。


 この日はそこでお流れとなった。


 次の朝、エレニア王はやっと素面に戻った。しかし悲しみは消えない。ヒームスが置いていった「ウーラ」に手を伸ばそうとしたとき、


「ナラニ中将が至急お目通りを願いたいと申しておりますが」


「構わん、通せ」


「は!」


 しばらくしてナラニが表れた。


「王様におかれましては……」


「挨拶はよい。それよりこんなに早くからなに用だ」


 実はかくかくしかじか、ナラニは昨日の飲み屋での一件を忠実に進言する。


「忠誠心の欠片もあの二人にはございません」


 と、最後にそう言ってしめた。


 激怒するエレニア。ウーラを一気に飲むとしばらく動かない。


「王様、王様?」


 エレニアの目が充血していき真っ赤になる。


「あの二人をぶち殺す!」


 エレニアは、ウーラのききめか、極論に走る。


 ナラニは禁固一年くらいかと思っていたので、逆に驚いた。


 しかし心の中ではほくそ笑んでいた。これで大将の座が開く。当然中将の自分がくり上がり、大将となる。


 出世は時間の問題だ。


「ナラニよ、よくぞ教えてくれた!二人とも八つ裂きにしてやるわ!娘を思う父の心が分からず、それを笑うとは。許せん!」


 エレニアは、しだいに狂気に支配されていく。


「ニユードル川の河川敷で、刑を執り行う。今日、今すぐにだ。二人を磔にせよ!城の近衛兵二十人もいれば足りるであろう?お前の才覚で見事ことを成し遂げてみせよ!うまく運べばお前は大将だ。いいな」


「ははー。有り難きお言葉。見事成し遂げてみせまする!」


「とにかく俺の悪口を言うやつは皆殺しだ!わかったかー!」


 エレニアは、人が変わったかのように気を吐くのであった。




「まずは『ウォンティア』じゃ。欲しい物を自在に出す魔法じゃ。どの魔法使いでも流派を問わず覚えるやつじゃ。ただし金や金銀宝石など、資産になる物を出せば二度と魔法が使えなくなる。気をつけろよ。頭の中に欲しい物を思い浮かべて『ウォンティア』と唱えるだけじゃ。まずワシがやって見せてやる」


 キリウムが、目をつぶり「ウォンティア!」と叫ぶ。するとケーキがひとかけ落ちてきた。


「どうじゃ、簡単じゃろう。女の子は、いくつになってもケーキが好きでのう」


(お、女の子……)


 カルムもまねをし目をつぶり、フライドチキンを思い描く。


「ウォンティア!」


 するとフライドチキンが現出する。カルムが手でつかむと「熱っ!」っと、地面にほおり投げた。


「ほほ、皿の上に乗せたものをイメージするとか温かい温度を思うとか、少しは工夫をせんか」


「ごもっとも」


 キリウムは捨てたフライドチキンを拾うと、ぽいと空中にほおり投げ、杖をくるんと回し消し去った。


「しかし見事なもんじゃ、一発で出来るとは。なかなかの才覚の持ち主のようじゃな。つぎは服を出してみい」


「服を?」


「あの大騒ぎをした怪物を倒しに旅に出るんであろう。旅には着替えがいるじゃろう?風呂に入るたびに洗濯なぞわずらわしかろう。古い服はそこに捨てて新しい服を出せばよい」


「なるほど」


 カルムは再度構える。


「ウォンティア!」


 上空にフワリとシャツが出た。それをつかむカルム。


「これで手ぶらで旅にいけますね」


「そういうことじゃ。さて、お主はあの怪物を倒しに行くのであろう? それには『クレピタス』しかない。フレアの炎とグレイスの氷の相反するエネルギーを融合させて大爆発を起こす魔法よ」


「おっしゃる通りです。私にその『クレピタス』を伝授して下さい!」


 キリウムは杖の先っぽを、カルムの鼻先につき出す。


「あせるでない。まずは『フレア』と『グレイス』を覚えなければ、『クレピタス』は使えん。千里の道も一歩からじゃ。分かったな」


 カルムが訴える。


「時間がないんです。怪物が何処にいるかも分からないし」


「どれ、水晶で見てやろう」


 二人は、家の中に入っていった。




「狂ったかーーー!エレニアー!酒場の戯れ言で死罪とは!」


 河川敷で磔にされ、総大将ドラドが吠える。


 タミル中将の方は取り押さえられた時に激しく抵抗したため、すでに体中いくつもの刀傷をおい、ぐったりしている。


「くそー!縛を解けー!解かんかー!」


 ふらふらとエレニア王はドラドに近付く。


「遺言はそれでいいのか?」


 血走った目をドラドの鼻先にむけて、エレニアがつぶやく。


「俺の五人の男児が、いつかお前を殺すであろう」


「もう捕まえてあるわ」


「な、なんだとう!」


「上から順に処刑してやる。あの世で仲睦まじく暮らすがいい」


「ま、待ってくれ、エレニア王よ!そ、それだけは、それだけはご勘弁を!」


 エレニアは冷たく兵士に告げる。


「やれ」


「は!」


 ズン!


「ぐはぁ!」


 槍が腹に突き刺さる。


「心臓は突かんぞ。徹底的になぶり殺してやる!」


「エレニアーーー! グフッ!」


「地獄で幸せにな……」


 エレニア王は、ウーラをまた一瓶飲み干すのであった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る