ニカラベの洞窟

「あぁ、マール、マールよ……」


 王女マールの死に、悲嘆にくれるドーネリアのエレニア王。椅子に座っているのは闇の商人ヒームスである。


「酒を飲んでも悲しみは消えん……」


 待ってましたとばかりにヒームスが切り出す。


「そういう時のためのよいお薬があるのです。試してみますか?」


「もらおう。今はなんにでもすがりたい気分だ」


 ヒームスはかばんの中から、茶色の小瓶に入った薬を取り出した。


「これをお飲み下さい。『ウーラ』と申します」


 エレニア王は一気に飲んだ。次第に多幸感に包まれ、ベッドにどたりと倒れ込んだ。


「あぁ、これはいい。これはいい。酒よりもいい……」


「実は王様のお耳に入れたき話がございましてな」


「なんだ」


「オーキメント側には祈祷を専門とする魔導師がいると聞いたことがこざいます。呪術です。呪い殺すのです。私が思うにマール姫はその魔導師にやられたのではないかと……」


 がばっと起き上がるエレニア王


「な、なんだとう!」


 そこに早馬の使者が。


「このような文を預かってまいりました」


 文を読むエレニア王。怒りで肩が震え始める。


「こ、これは……宣戦布告書!」


 ふらつく足どりで椅子に座る。


「総大将のドラドを呼べ!緊急軍議を催す!」


 ヒームスはニコニコしながら小瓶を三本取り出す。


「ではここにもう三本おいておきますね。それでは私はこれにて」


 ヒームスはかばんを手に取ると、王の間から立ち去った。


 階段を降りる途中でヒームスはニヤリとする。


「ウーラ」とは実はかなり強い麻薬で、ラミル流の魔導師にしか錬成できない秘薬なのだ。


 出入りをしているのを人に見られないように、ヒームスはスティックを取り出し、それを頭のうえで丸く振り消えてしまった。




 一方オーキメント側の工兵隊員たちは国境沿いに長い塹壕を掘っている。


「分かんねぇもんだな戦争なんて。宣戦布告したんだからドーネリアの首都ガレリアを、手薄なうちに速攻で攻め落としゃーいいものを」


「そりゃ俺たち下っぱが考えることじゃねーよ」


「そりゃそうだけどよ。なんか納得いかねーんだよな」


 この時代銃はない。弓矢で戦う世界である。しかし大砲はある。原理が非常に簡単だからだ。


 この塹壕作戦を指揮しているのは若い中将コークスである。彼は敵の中に物凄い威力のある爆発の魔法「クレピタス」の術者がいるという情報を握っていたのだ。一度の魔法で、ゆうに百人は殺せるほどの。そこで、塹壕作戦が取り上げられた次第。


 その情報をもたらしたのはヒームスである。コウモリのように敵に味方に翻り人を陥れるのが生き甲斐の、最もたちの悪い魔導師である。


 もとはといえばあの怪物を生み出すように大統領に進言し、それを作れる魔導師を紹介したのもヒームスであった。ドーネリアの首都ガレリアを、廃墟とするための生物兵器として。だが実際はオーキメントの大統領府の市街地の半分を廃墟にし、どこかへ消えてしまった。あの大統領の複雑な顔には、そんな背景があった。


 この男、底が知れない。




「やっと着いたぞ。ここがニカラベの洞窟だ。サキヤ」


 ジャンとバームは軍人なので鍛えているからいい。しかしサキヤとミールは山道でヘトヘトだ。


 標高千メートルほどはあるだろうか。その中腹に大きく空いた洞窟の入口があった。


 サキヤたちは洞窟の入口に入った。


「さてここからはサキヤ一人の挑戦だ。頑張ってくるんだぞ」


「サキヤ、一発食らったくらいで戻ってくるんじゃないぞ。十発くらい食らったら治してやる」


 バームが脅してくる。


「サキヤ……死なないで……」


 ミールが恐ろしいことを言う。


 突入前からブルーな気分になるサキヤ。しかし「ふん!」と己を奮い立たせ、洞窟の中に入って行く。


 歩いて十歩ほどでもう暗くなってきた。ジリジリと、慎重に前に進む。その時「ヒュン」と顔の横をなにかが通り過ぎた。


(来た!)


 またヒュンと矢が飛んできた。しかし不思議なことに白い線となって見えている。矢はそれほどのスピードもなく、軌道が見える。


「これならいける!」


 少しずつ進んではヒュン、一歩進んではヒュン。これの繰り返し。サキヤは気付いた。普通に歩いては駄目なんだ。矢が二本、三本と飛んでくる。それでパニックになる。一歩づつ進めば一本づつ飛んでくる。しかも不思議なことに軌道が見えて。これなら楽勝だ。サキヤは気が楽になり、ようやく余裕が出てきた。


 しばらくすると矢の攻撃が止まった。ついに第一の試練を突破したのだ。サキヤは飛び上がった。


 するとまた不思議なことに、地面に白い筋が伸びている。


「これをたどればいいのか……なんだか、導かれているような……」


 足元がびちゃびちゃになってきた。しかもぬるい。微かに硫黄の匂いが。


「温泉か?」


 更に前に出ると白い筋は鎖の根本を照らす。真っ暗の中、こわごわ手を下に伸ばしてみる。


「熱っ!」


 これは熱い。五十度はあるのではないだろうか。


 しかし、死にはしないはずだ。金の盾を用いて闘った記録はいくらでもある。つまり皆この温泉の試練をくぐり抜けたはずだからだ。


 鎖をつかみ、意を決して温泉に飛び込んだ。とにかく熱い。その一言だ。しかも対岸が見えない。これほどの恐怖はない。


 サキヤは必死に鎖を手繰りよせ、対岸をめざす。気絶しそうになった、その時!


 ゴン!


 膝に岩が当たった。対岸だ。温泉から体を引っ張り出すサキヤ。


「終わったー!」


 ごろんと横になり体温を冷ます。これで第二の試練は突破した。


 しばらくしてまた歩きだす。先に進むにつれ辺りが明るくなってきた。


(第三の試練か)


 さらに先に進むサキヤ。すると、ついに見つけた!まごうことなき金の盾である!盾が金色なのではなく、盾がみずから金色に光っているのだ。


「さわるでない!」


 どこからか響く高い声。周りを見ても誰もいない。


 すると、金の盾からなにかが飛び出てきた。


 見ると十センチほどの小人。黄色のパジャマに赤い三角帽子。完全にピエロである。サキヤは笑ってしまった。


「なにがおかしい!ワシは盾の精、ピリア。最後の試練じゃ。ワシと勝負して、お主が勝てば第三の試練を突破したと認めよう」


 サキヤがこれは楽勝だと思いきや……


 ゴォーーー!


 凄まじいフレアの炎が、サキヤに襲いかかる。横っ飛びに炎をかわす。驚くサキヤ。小人だと思って舐めていた。


「次は氷じゃ!」


 ブワーーー!っと今度は冷気だ。右に飛び、金の盾を手にする。軽い。そして小さい。こんな盾で大丈夫か?と思いながらも盾を前に出し、構える。


「さわるなと申したのに!つぎはこれじゃ!」


 サキヤの前で大爆発がおきる。しかし盾が爆風さえはねかえして、ピリアに当たるとピリアがコロコロ転がる。


「三つともかわしたぜ。ピリア」


「呼び捨てにするとはけしからーん!うーん、まぁよい。負けを認めよう。金の盾を持って行くがいい。ただし乱暴に扱うでないぞ。なにしろ神の作りし盾じゃからの。常に敬うように。ワシが中で常時見張っているのを忘れるでないぞ!」


 ピリアはトコトコ歩きピョンと飛び、また金の盾の中へ入っていった。


 帰り道は楽だった。なにしろ盾が松明がわりに辺りを照らすからだ。




「遅いなサキヤ、もう死んじゃったんじゃねーだろうな」


「不吉なことを言わないでください!」


「怒るなよミール。冗談だよ。冗談。はっは」


 ジャンが笑う。


「それほどの深い洞窟ではないと聞いたことがある。それで一時間以上とは」


「サキヤはいま戦っているんです。祈りましょう」


 するとどうであろう、洞窟の奥から光が!


「ただいま」


「やったなサキヤ!お前は勇者だ!」


「無事だったか。ほっとしたぞ」


「死ななかったねー。よかった!」


 サキヤに飛びつくミール。


「よし、早く降りて山小屋に避難だ。寒い。とにかく寒い」


「武勇伝は、後でたっぷり聞いてやる。下山だ!」


 四人は山小屋に向かうのだった。





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