宣戦布告

 カルムは怒り心頭に達し夜の路地を行ったり来たりしていた。


 こんこん


「痛い!」


 カルムは周りを見回す。しかし誰もいない。


 こんこん


 まただ。しかし夜の闇が広がっているだけ。


 こん!


「いたっ!」


 今度は、少し強くたたかれた。


「誰だ!」


「そんなことでは一人前の魔導師にはなれぬぞ!」


 カルムは真後ろを振り向いた。そこには杖を持った老婆がいた。この人がキリウムのようだと喜んだが仰天した。老婆は一メートルほど宙に浮いていたからである。


 大きなギョロりとした両のまなこと対称的な小さな口。濃いグレーのローブをきた老婆。まさに魔法使いである。


「あなたがキリウム様ですね」


「いかにもワシがキリウムじゃ。お主はカルムだな。ああ、答えんでもよい。心などお見通しじゃ。弟子入りしたいのであろう。まずは家に入って話を聞こう」


「家がありませんよ」


 キリウムが杖を一振りすると、空間が切れ大きなもみの木の生えた家が表れた。情報は間違っていなかったのだ。


 キリウムの後に続き門をくぐり小さな庭に入った。そこには洒落たテーブルセットと、なにやら小さな窯が。


「ウオンティア!」


 すると網に乗ったピザが空中に表れた。キリウムはそれをピザ窯に入れ、「フレア!」と唱え薪に火をつけ、楽しげに椅子に座る。


「いきなりできたてのピザを出すのも妙味がない。焼けるのを待つのがいいのじゃ。お主もそこに座らんかい」


 カルムは小さな椅子に腰掛ける。


「で、入門の動機はやっぱりあれか。怪物騒ぎか」


「はい。祖母と姉を怪物に殺されました。復讐しようと誓い、町をさ迷っていると、メールド流がいいと勧められ、こうして弟子入りにうかがった次第。いくら払えば魔法を……今手持ちは十万ガネル(一ガネル≒一円)しかないので……」


「あーもう金などいらんわ。欲しい物は魔法で出すからな。欲っするは寿命よ。お主の寿命十年分をさしだすのじゃ。どうじゃ、その勇気はあるか?」


 カルムは身を乗り出す。


「もとより死を覚悟した身。十年などやすいもの!」


 キリウムはしばらくカルムの様子を見ていたがやがて口を開いた。


「その言葉本気と見た。弟子入りを許そう」


「ほ、本当ですか!」


 キリウムはピザ窯に行くとピザを出し、テーブルに乗せた。


「ま、これでも食いながら話そうぞ」


「はい!」


 キリウムが「セカーレ」と唱え、杖をピザの上で振るときれいに八等分に切れ目が入った。


 キリウムはその一つを取り、旨そうに食い始める。


(寿命は取られたがいい婆さんみたいでよかった)


 カルムがほっとすると、


「婆さんじゃない!師匠と呼べ」


 と、突っ込みを入れるのだった。




「ドーネリアに攻めこめー!」


「ドーネリアをぶっ潰せー!」


 大統領官邸は、群衆に囲まれていた。あの怪物はドーネリアの生物兵器だという噂が、枯れ草が燃え広がるが如く大衆に伝わったからである。


 それを見ているカルマン大統領。本当は怪物を作るように指示を出したのは彼なのだ。複雑な顔をし、ファラウェイを呼ぶとこう告げる。


「ドーネリアに攻め込む。ガジェルに伝えよ。それから下々には、軍を出すと触れて回れ」


「は!」


(大統領令を出した時がお前の最後よ)


 ファラウェイは胸を弾ませながら階下へ下っていった。




「……と言う訳で酒もタバコもやっております。言っていることと、やっていることが正反対。これは鉄槌を下すべきかと」


 ここはガジェル将軍の邸宅。ファラウェイが、カルマンの意向を伝えに来たのである。


「で、お前がカルマンを討つと」


「父の仇にて。……と、いうわけで、私があの男を殺せばあなたが次期大統領です。悪くない話と思いますが」


「軍を出すと触れ回り戒厳令をしき、治安維持のため、あくまでも民衆を守るために大統領制から軍制に移行すると。……よきことではないか」


「では、その方向でよろしゅうございますね。ガジェル将軍」


 ガジェルは部下を呼び、軍の集結を宣言する。


「これで軍が動きだす。この大統領令が、あの男の最後の仕事だ」


 ガジェルは、ファラウェイの耳もとで呟く。


「ミスをするなよ……」


「は!」


 ファラウェイは立ち上がると一礼をし、ガジェルと目を合わせニヤリと互いに笑い、邸宅を出た。




 ウーーーッ


 真夜中の町に響きわたるサイレンの音。


「戒厳令だ!」


「軍が出るぞ!みんな家に帰るんだ!」


 この町の裏山の訓練場に、軍が集結していく。


 その規模二万人。西側の州も合わせて行くと四万人の大部隊となる。


 早速斥候が西側の州に散らばり開戦を知らせに行く。一気にあわただしくなった。




 ファラウェイが官邸に戻る。


「大統領令をガジェル将軍に伝えてまいりました」


「ご苦労」


「大統領」


 カルマン大統領は酔っ払いファラウェイの方を向く。


 ファラウェイは問う。


「酔ってますね。しかもタバコがこんなに……」


 月明かりの中、ファラウェイは問答無用で大統領を剣で突き通す。


「ぎゃー!な、なにを血迷っている!」


「俺の親父はなあ、カリムド正教の信者でもないのにタバコを吸っただけで終身刑になってなあ、三年前に死んだんだと。父の仇だ。思い知るがいい!」


「見逃してくれ、金なら……」


「欲しいのはお前の命だけよ!地獄の苦しみを味わわせてやる。フレア!」


 ゴーッと炎がカルマンを覆う。


「ぐぎゃー……苦しい!」


 ひくひくと痙攣 どたりと死んでしまった。


 父の仇を取ったファラウェイ。はぁ、はぁと肩で息をしている。


 その時!


 ガジェル将軍つきの憲兵が、十人ほどかけ上がってきた。


「な、なんだお前ら!」


「ガジェル将軍が、貴様を処罰しろとの命令だ。覚悟しろ」


「な、なんだってー!汚いぞ。ガジェルのやつ……」


 ファラウェイ、腕はたつとはいえ、しょせん十人に取り囲まれては敵わない。次々と斬りつけられていく。


「末代まで、祟ってやる……」


 首を跳ねられ、絶命した。




 ガジェル将軍が軍の前に出て演説をする。


「カルマン大統領がこの騒ぎに巻き込まれ暗殺された」


 一同がどよめく。


「しかしその犯人は、すぐに殺されたそうだ。よってこれからは大統領制から軍制へ変わる。治安維持の為だ。民衆を守るには、これしかない。その辺りの事情を汲み取るように」


 ざわざわする兵士たち。しかし士気は落ちない。


「これから憎っくきドーネリアとの果たし合いだ。皆、全力で戦おうぞ!」


「おー!」


 と叫び声が唸りをあげる。進軍が始まった。




 こちらはサキヤら一行。山の近くの城に宿をもとめてやって来た。


「我々は、あの怪物を退治するように大統領から差し向けられた魔導師の一団にございます。よければ一宿一飯、お願い申し上げます」


 ジャンが嘘八百をならべたてる。


 城の主、メヒーノ大官が面倒くさそうにジャンに答える。


「分かった、分かった。よきにはからえ。おーいだれか!」


 従者がやって来て片膝をつく。


「この者たちに食事と、客室を貸してやれ。これでよいな」


「は!この恩義一生忘れませぬ!」


 あやうくこの寒空の中の野宿だけは避けられた。


 部屋に入りベランダから外を見ると、あわただしく軍人たちが大統領府の方向に向かって移動している。声をかけると、


「ついにドーネリアとの戦争が始まったんだ!それで皆召集され、あわてて集まっているところさ」


 バームが驚く。


「ドーネリアと戦争だってー!?」


「戦争?どういう経緯か、まったく見えないな」


 サキヤが心配そうにジャンに言う。


「じゃあドーネリアには渡れない可能性が……」


「そうだな。なきにしもあらずだ。いいか、人に聞かれたらさっきの通り怪物退治の魔導師の一団ということにするぞ!」


「おお!」


「ここからは厄介な旅になりそうだ……」


「刺激的でいいんじゃない?」


 と、サキヤが楽観的なことを言う。


「そうだな。そういう考え方もありだな」


 ジャンが眉を寄せながら笑った。




ガジェル将軍が文を早馬に渡す。それは大統領印も押された、正式な宣戦布告書だった。





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