復活

 ドーネリア軍が国境近くの最前線にまで迫る。放っていた先発隊が血相を変えて戻ってきた。


「ナラニ大将、大変です。向こうは国境線沿いに塹壕を掘って待ち構えています。大砲台が前に進めません!」


「なんだとー!」


「どうするよ」


 ナラニ大将の友人のモントアール中将が、ナラニの方へ顔を向ける。


「とにかくまずは矢の撃ちあいだ。それで前線を突破するしかないな。各陣営の大佐に伝えよ!予定通りに矢をもって前線で撃ちあえと」


「は!」


 大佐級に伝令が行き渡る。それを受けて歩兵が矢を撃ち始める。しかし、向こうも塹壕の中から矢を放ってくる。歩兵が一人、また一人と倒れていく。


(あのお方さえ来てくれればいいのだが)


「あのお方」とは音信不通である。次第に矢の攻防が激しくなる。


 ナラニは後方にテントを張ると、長期戦に備える。


 そして目まぐるしく戦術を考えていた。




 カリムド教総本部までは、歩きで三日の距離だそうだ。サキヤたちは十分に英気を養い、また歩き出した。


 ジャンがサキヤを呼んで耳打ちをする。


「サキヤ、男と男の話だ」


「ん、な、なに?」


「ミールのことだよ。告白してやれよ。向こうはお前にべた惚れだぞ」


 そう言い、にやつきながら肘鉄を食らわす。


「う~ん」


「お前も可愛いと思ってんだろ?なら男が告白してやんなきゃ」


「告白なんかしたことないし……」


「あーもう、勇気のないやつだなあ。俺がこんなことを言うのもだな、後五日でお前が怪物と闘うからだよ。未練は絶ちきって臨まなきゃならない。勝負に集中するためでもあるんだ」


「う~ん。……分かった」


 サキヤは後ろから着いてくる、ミールのところに行く。


「ミール、ちょっといいかな」


「なになにサキヤ」


「俺は……ミールのことが好きだ。闘いの前にこれだけは伝えておかないとと思ってさ。最悪死ぬかもしれないし」


「死なないで!」


 ミールが、サキヤに抱きつく。


 ジャンとバームが止まり、二人を見ている。


「私もサキヤのことを愛してる。だから……」


「絶対に死なない。約束するよ。さあ、顔を上げて」


 ミールが泣きながら上を向くと、サキヤはその唇にキスをする。


(お。やるなサキヤ)


 ジャンが笑う。


 一行はまたゆるやかに歩き始めた。




「クレピタス!」


 パーン!


「やった!できたぞ。見ました?お師匠様!」


「なんと!たった二日で!」


 カルムは自分の手を見つめている。


「よし、これから『無限の部屋』に入る」


「無限の部屋?」


「着いてくれば分かるわ」


 キリウムはまた杖を振り空間を切り裂くと、その中に入っていく。カルムもあわてて後を追う。


 そこには正に無限の空間が広がっていた。


「さて、ここで力をセーブせずに思い切りやってみよ」


「は、はい!」


 カルムが構える。ここでなら思い切り力を解放できる。まずはイメージを浮かべる。


「クレピタス!」


 特大の炎と冷気が、渦を巻く。そして一点に収斂し、大爆発を起こす。


 ドカーン!


「なんと、ここまでとは……お主はもののけの類いか!」


 カルムも自らの魔力に驚いている。


「修行は終わりじゃ、カルムよ。あとは移動の魔方陣を教えてやる。これで怪物退治も出来ようぞ」


「はいっ!」


 庭に戻ると、門に取り付けてあるポストがガタガタ騒いでいる。


「なんじゃ?」


 そこには一通の文が……




 サキヤらはカリムド教の総本部に到着した。そこで見たのは、めちゃくちゃに壊された礼拝堂と……やはりいた。怪物だ。しかしおかしなことに怪物は総本部の頑丈そうな建物の壁を叩きまくっているのだ。


「こ、これは一体どうしたことだ……」


 ドーン、ドーン、ドーン……


「うばー!」


 その叫び声は泣いているように思えた。


 ドーン、ドーン……


「どうするよ」


「一旦宿を取ろう」


 ここはカリムド教の城下町。聖地巡礼の信者のために、そこそこ発展した町がある。そこの宿屋にとりあえず入った。


 部屋は狭く、シングルベッドが二つ並んだごく普通の二人部屋。これを二部屋。もちろんジャンとバームが一部屋、サキヤとミールが一緒の部屋だ。


 なぜかサキヤが落ち着かない。いつもこの部屋割りなのに。かなりミールを意識している。


 ジャンが笑いながらサキヤにヘッドロックをかけ、すみに行くと、


「やっちゃえよ」


 などとのたまう。悪魔だこの男。




 ここはカリムド教の総本部の深奥の一室。傍らに死んでしまった教皇の亡骸。そして並んで……裸の若い男。生きているけど意識がない、いまの言葉で言うところの脳死している男が、魔導の力により生きながらえている。


 荘厳な雰囲気の中、周りを八人の魔導師が取り囲み、なにやら長い呪文を詠唱している。


「ううっ、うーん」


 なんと脳死しているはずの男の目が開いたではないか。


 そしてゆっくりと起き上がり横の老いさらばえた亡骸を見、その後自分の手の表と裏を交互に見つめている。


 呪文が止まり、魔導師たちは出ていった。


 ニムズ小将が近付き男に声をかける。


「お目覚めですか、教皇様」


「んん。……かなり若いな。手を見れば分かる」


「取っておきの身体をご用意致しました。二十歳と聞きおよんでおります。鏡でございます」


 教皇と呼ばれた若い男は、鏡を手に取ると顔を見つめる。


「ふ、これは男前じゃな」


 復活したのだ。教皇は。その取りついた悪魔の力により、魂を若い男と入れ替えたのだ。


「ニムズよ、戦争はどうなっておる」


「言葉遣いが……少し気をつけたほうがよろしいかと」


「わはは、そうじゃな。もとい、そうだな。戦争はどうなっているんだ?」


「膠着しているようでございます」


「まず、ヒームスにオーキメントの大統領に働きかけ魔導師を送り怪物をつくらせる。斥候を使いドーネリアの生物兵器だと吹聴させ、戦争気運をあおる。誤算は怪物の出現が一日早かったことと、マール姫の死が、一日遅かったことだ。それでドーネリアの戦争準備が二日も遅くなり、オーキメントがすぐに反撃準備が出来たことだ」


「えっ、では姫の死は……」


「ヒームスが薬を届けていたらしいなあ。はっはっは」


「お、恐ろしい人だ……あなたというお方は……」


「いまさら何を言う。お前も同じ穴のムジナだぞ」


「はは!」


 リーガルが「うーん」と体を伸ばす。


「ともあれ、非常に気分がいい。生き返ったようだ。どれ、女あさりでもしてくるか。わっはっは」


 リーガルは立ち上がり出口へ歩いていった。




 四人が旅を振り返ってペチャクチャ話していると、部屋のわきがなにやら不思議な丸い模様を描きながら光り始める。


 四人が凝視していると、うっすらと男の影が。


 若い男が表れた。片膝をつき礼をする。


「こんばんは、私はカルムと申す術者にございます。この度我が師、キリウムの命を受け参上した次第。よろしくお願いいたします」


「なんだ、何で弟子が来るんだ!キリウム本人を呼んだはずだぞ!」


「様々な事情により……」


「しかもこんな若い、まだひよっこみたいなやつを。お前いくつだ」


「十九でございます」


「……キリウムに弟子入りして何年になる」


「二週間ほどですが、なにか」


「二週間!だめだ。やられた。おしまいだ。早く帰ってキリウムを連れてこい!」


 ジャンがベッドにぶっ倒れる。


「師匠から文を預かっております」


 カルムがバームに文を渡す。


「なになに、……ふむふむ、……ふむふむ。難しいクレピタスの魔法をわずか二日で覚えた天性の才覚の持ち主だとよ。……ふむ、志願したらしい本人が」


「本当にあの怪物と渡り合えるんだろうなぁ。嘘八百だったら承知しねーぞ!」


「それより、腹が減ったので場所をお借りします。ウォンティア!」


 小さなテーブルと、椅子が出現した。


「お、やるじゃねーか」


「初歩の魔法です。ウォンティア!」


 今度は大きな皿にフライドチキンだ。


 カルムはうまそうに食べ始めた。


「なんだかマイペースな野郎だな」


「いいんじゃない?少なくともキリウムが太鼓判を押してるわけだし」


 サキヤが割って入ると、ジャンが言う。


「お前がタッグを組むんだぞ。それでいいのか」


「俺は構わない。少なくとも負けることはないんだから。金の盾がある限り」


 今度はカルムが驚いた。





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