第31話【エピローグ】
【エピローグ】
二ヶ月後。
入道雲の立ち昇る青空の下を、数名の男女が歩いていた。
姿が見えるのは麻琴と柏田、それに先頭を歩く充希だ。そこに霊体の神﨑が混ざっている。
周囲にひとけがないことを確認し、神﨑も実体化した。
「いいのかい、充希ちゃん。僕らのような外野の人間がついて来ても?」
「はい。むしろその方が、ジャックさんも喜んでくれると思います」
彼らが歩いているのは墓地だ。真新しいものから苔むしたものまで、いろいろな時代の墓石が見られる。
その中でも、とりわけ真新しい墓石が目に入った。黒ずんだ墓石に挟まれて、灰褐色に輝いて見える。
誰が参ってくれるわけでもないだろうに、そこで誰かが待っているみたいだ。
充希は手元に花束を握り締め、そう思った。
「ここですね」
灰褐色の墓石の前で立ち止まり、充希は一言。墓石には、伝芭家之墓、とだけ彫られている。
「ジャックさんがどこにいるかは分かりませんけど、少なくとも両親はここに眠っていますから。それより、皆さんこそお時間よろしかったんですか? 私が急にお誘いしてしまった感じですけれども」
「いいのよ、充希ちゃん。誰しも亡くなった人を想う経験はあるものだから」
自らの両親のことを思い出しながら、麻琴は穏やかに声をかける。
「ところで、ジャックさんの宗教観は? 何か知ってるかな、充希さん?」
「あっ、柏田さんの言う通りですね……。ジャックさんの宗教というか、宗派は分からないんですけど。でも、大丈夫だと思います。病死した両親も、宗教には疎かったですから」
「そっか」
微笑みかける柏田に向かい、ふっと口角を上げてみせる充希。
しばしの間、皆は沈黙のままに線香に火をつけ、そっと捧げた。
「幽霊が捧げていいものかは迷うけれど」
「気にすることないわよ、礼くん! ジャックさんならあなたの気持ちを分かってくれるわ!」
「そうだね、じゃあ僕も」
それから再び沈黙。皆で手を合わせていたのだ。
二十秒ほどの時間が経過しただろうか。さっと手を引っ込めて、充希は振り返った。
「皆さん、今日は私と両親、それにジャックさんのお墓参りに同伴してくださって、ありがとうございました」
深々と腰を折ってお辞儀をする充希。そこに、かつて本人が言っていた陰気な雰囲気は全く見られない。
学校での生活や人間関係が改善したのだろう、と麻琴は思う。そしてそのきっかけになったのはジャックであるということも。
あなたの目的はちゃんと達せられたよ、ジャックさん。
太陽光を真正面から受けながら、麻琴は胸中で呟く。
その時だった。
お前も頑張れよ、麻琴。
風によって歪められた空気の響きが、そんな声を成り立たせているように聞こえてくる。
それは二ヶ月前、相棒と思っていた男性のものだ。
つつっ、と涙が溢れ出すのを麻琴は感じとった。
「こんな時に私のことまで気にかけてくれるなんて、やっぱりあなたは優しいのね、ジャック」
そう言いながら、麻琴はぐいっと顔を上げて真上を見上げる。
そこには、涙の膜で歪んだ入道雲がぽっかりと浮かんでいた。
THE END
エンジェル・ラダーの差す方へ 岩井喬 @i1g37310
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