12月18日【各駅停車】


 気動車の中で、なっちゃんは、目を覚ましました。どれくらいの間、眠ってしまっていたのでしょう。眠い目をこすりながら、窓の外を見ます。真っ暗です。

『だいじょうぶ、のりすごしては、いないよ』

 灰色の侍女の肩の上から、ふくろうのミトラが言いました。

『ずっと起きていたからね』


 ずっと起きていたのは、ふくろうのミトラだけではないようです。灰色の侍女は、暖房部屋から持ってきた、たいへん読みにくい本を、もう二冊も読み終わっていました。隅から隅まで読んで、魔法のそりにかんする情報を決して逃すまいとする、ぎらりと光る眼差しです。なんという、気迫と、責任感でしょう。

 なっちゃんは、すぐに眠りこんでしまった自分を、少し恥ずかしく思いました。けれど、眠ったおかげか、頭はすっきり、体は元気もりもりです。読みかけのまま眠ってしまった本を、再び手に取り、読み始めます。



 本のなかばまで読み進めたころ、また、気動車が速度を落としました。

「まもなく、駅に到着します。お出口は左側です。お降りの方は、お忘れ物のないよう、ご注意ください」

 今度は、キッチン駅が良い。なっちゃんはそう願いましたが、降りたホームの真ん中に、ぽつんと立っているドアは、明らかにキッチンのドアではありませんでした。

 キッチンのドアは、模様ガラスのはめられた、両開きのドアなのです。このドアは、さっきの暖房部屋と同じ、一階の小部屋のドアです。


 金の鍵を使って、なっちゃんは、ドアを開けました。そこは、なっちゃんがおうちの中で拾ったかけらを、並べて管理しておくのに使っている、かけらの部屋でした。それを説明しますと、灰色の侍女は、驚いたようになっちゃんを見上げます。

「ほう、これほどまでに、多様なかけらを集めたとは。見かけによらず、やるものだな」

 一言、余計な言葉があったような気もしますが、なっちゃんは、あえてそこについては気にせずに、褒められたと思うことにしました。


 かけらの部屋では、集めたかけらたちは、小さな丸椅子の上に並べて置いていました。けれど、この真っ黒な部屋では、かけらたちはまるで美術品か博物品のように、透明なケースの中に並べられています。そして種類ごとに、名前を示すプレートがつけられていて、本当に、美術館か博物館のようです。


 透明と橙色のかけらは、ヒーターの前にしゃがみこんだときの、鼻先がちりちりするような熱のかけら。ごく薄い灰色のかけらは、ずっと使われていなかった部屋の、埃とさびしさのかけら。

 ガラスごしにしみ出してくる寒さのかけらも、夜に階段の上から一階を見下ろしたときの、吸い込まれそうなおそろしさのかけらも、寒い日にお湯に浸かったときの、指先がじんとする気持ちよさのかけらも、ケースの中に、お上品におさまっています。

 そしてもちろん、なっちゃんの夢のかけらも。


 なっちゃんの枕元には、毎朝、かけらが転がっていました。なっちゃんの夢のかけらの、オパールのような遊色は、なっちゃんが見た夢の内容によって、色合いが微妙に違っているのです。

 これは、どんな夢を見たときのかけらだっけ。思い出しながら、なっちゃんは、良いことを思いつきました。

「ここのかけらを、いくつか持っていきましょう」

 もしかしたら、かけらが、魔法のそりを準備する手助けになるかもしれません。


 冬のかけらは冬のように冷たく、ヒーターの前にしゃがみこんだときの、鼻先がちりちりするような熱のかけらは、ヒーターほどではないと言えど、熱を持っています。かけらは、それぞれの生まれに応じた性質を持っているのです。

「でしたら、空を飛んだり、時や空間を超えたりする性質を持っているかけらが、もしかしたら、あるかもしれません」

 そしてなっちゃんは、ケースの中の、なっちゃんの夢のかけらを指差しました。

「私はここに来てから、少なくとも一度は、空を飛ぶ夢を見ています。ですから、このかけらをどうにかすれば、空を飛べるかも」


 なっちゃんの説明に、灰色の侍女は真剣な表情で、うなずいて見せました。

「確かに、一理ある。よし、では使えそうなかけらを選別して、持って行こう」

 展示ケースは、上に持ち上げると、容易に開くことが出来ました。叩き割る、なんて物騒なことをせずに済み、なっちゃんは内心で胸をなでおろします。

 夢のかけらをあるだけつかんで、コートのポケットに詰め込んだとき、ドアの向こうで、ベルの音がしたのでした。

 灰色の侍女がからかうように言った、「それにしてもなっちゃんは、思いのほか、無邪気な夢を見るのだな」という言葉は、ベルにかき消されて聞こえなかった……ということに、しました。



 それからなっちゃんたちは、いくつかの駅に降りました。それは例外なく、フキコさんのおうちにある、たくさんの小部屋に繋がっていました。

 一階にある小部屋は、暖房部屋とかけらの部屋以外は、なっちゃんはほとんど使っていなかったのですが、こうして駅としての小部屋に来てみますと、それぞれきちんと、部屋としての役割を持っていることが分かりました。


 たとえば、廊下の突き当りにある、なにもない部屋は、なにもないことが役割でした。

 家具も、カーペットも、なにもない部屋は、あんまりなにもないのでかえって使いづらく、なっちゃんは、掃除だけしてほったらかしていたのです。

 けれど、透き通った真っ黒の世界では、なにもない部屋はなにもないおかげで、その透き通り方が、ほかの場所とは段違いでした。

 透き通りすぎて、どこまでも見えるのです。なっちゃんが目を凝らしますと、床板の木目の間に、配送センターの様子が見えました。

 配送センターに残ったミトラたちは、よく働いているようです。仕分け部屋の文字勉強中の配送員は、文字を読むのが、ずいぶん得意になったようです。なにもない駅からでしたら、そんなことまで、見えるのでした。


 それから、なにもない部屋の向かいにある小部屋は、物がありすぎる部屋でした。

 散らかっているというわけではないのですが、とにかく家具が多いのです。それも、どの家具にも引き出しがついていますので、こっちの引き出しを開けるためには、あっちの家具を動かす必要があって、といった具合なのです。

 真っ黒の世界では、物がありすぎる駅は、よりいっそう物がありすぎていました。空っぽだったはずの引き出しの中に、もういっぱいいっぱい、たくさんの物が詰め込まれているのです。

 古い本、洋服、ふちの欠けたティーカップ。くすんだ鏡、片方だけの靴……おや? どれも、見たことがあります。


「あら、私が集めたものは、ここに収納されていたのね」

 なっちゃんの頭の上で、コマドリがさえずりました。

 そうです、思い出しました。ここにあるものは、煙突掃除のときに、煤の海からコマドリが拾い上げたものたちばかりです。

 コマドリは、窓のそばに飛んでいって、「そういうことだったの」と甲高い声をあげました。

「私、集めたものを、いつも森の木の割れ目に押し込んで隠していたのよ。ここに繋がっていたのね」

 ここ、というのは、斜めになった窓枠のことでした。フキコさんが手紙に書いていた、外れやすい窓枠です。

 窓枠そのものが歪んで斜めになっており、隙間が出来ています。コマドリが集めた「拾い物」は、森の木にあるという割れ目を通して、この部屋に詰め込まれていたのです。どうりで、窓枠が外れやすくなるわけです。


 なっちゃんたちは、いくつかの引き出しを開けて、どんなものが入っているのか確認していきます。みっつめの引き出しを開けたとき、なっちゃんはそこに入っていた、ひしゃげた紙の束を手に取りました。

 かつてなっちゃんが捨ててしまった、フキコさんからのお手紙です。そして、ついに出さずじまいだった、フキコさんへのお手紙です。それは間違いなく手紙なのですが、なぜだか、何を書いてあるのか、さっぱり読めないのでした。

「持って帰っては、いけないわよ」

 コマドリが、ぴしゃりと言いました。

「捨ててしまったものを、思い出すのは良いことよ。でも、ここにある残骸たちは、思い出ではなく、未練なのよ」


 なっちゃんは、何も言わずに、かつて手紙だった紙の束を、見つめていました。けれど、ドアの向こうからベルの音が聞こえますと、なっちゃんは手紙を元の引き出しに戻して、そして、物がありすぎる駅をあとにしたのでした。



「次は、どこの駅に停まるのだろう」

 灰色の侍女が呟きました。なっちゃんが、ようやくかけら図鑑を読み終わりましたので、今度は灰色の侍女が、それを読んでいます。

「次は、リビングか、キッチンだと思います。それか、二階の小部屋」

 と、なっちゃんが答えました。一階にある小部屋は、さっきの小部屋で全部です。停車駅が、小部屋に限定されないのならば、あと一階にあるのは、リビングやキッチン、それからお風呂といった、特別な部屋です。

 あるいは、もし小部屋だけに駅があるのならば、次は二階の小部屋に向かうのでしょう。二階には、なっちゃんの寝室があります。それから、書斎と、天窓の小部屋。


「キッチンが良いな。なにか食べたい」

 灰色の侍女が言いました。なっちゃんが「そうですね」と同意します。シュトーレンを食べたい。それから、熱い紅茶も飲みたい。

 そんなことを考えていますと、また気動車が速度を落とし始めました。そして今回は、これまでとは違う車内放送が流れました。

「まもなく、駅に到着します。当駅の停車時間は、いちにちー、いちにちです。お出口は、右側です」


 一日の間、同じ駅に停車しているということでしょうか。しかし考えてみれば、車掌さんだって、運転手さんだって、ずっとお仕事をしていたのでは、疲れてしまいます。気動車は、どうやら何本も走っているようですから、一日、同じ駅に停まったままの気動車があったって、誰も文句は言わないでしょう。


「じゃあ、荷物を置いて行きましょう。一日経つ前に戻ってきて、同じ電車に乗れば、良いんだから」

 なっちゃんたちは、本や、手折った橙色の枝などかさばるものを、座席の上に置きました。そして連れ立って、駅のホームに降りました。

 ホームの真ん中には、立派なマホガニー材の、両開きのドアがあります。これは、リビングのドア。ここは、リビング駅なのです。


 リビング駅のドアを開きますと、これまでのドアとは違って、まばゆい光と喧騒が、どっと溢れ出してきました。

 なっちゃんたちは驚いて、両手で顔を覆いました。やがて、目が光に慣れてきましたら、そうっと腕をどけて、ドアの向こうを見てみます。

 そうしますと、そこに広がっていたのは、賑やかなクリスマス・マーケットだったのです。


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