第8話 いい人の仮面を外してみる

「ひとつ…気づいたことがあります」

「なんですか?」

「このまま私も黙って当事者に何も言わないで影でコソコソ言ってたら、あの宇宙人達と同じってこと」

「一理ありますね」

「怖かったのかもしれない、嫌われるのが。うちの両親は厳しくて、私がちゃんとお利口さんにしていないと口もきいてくれないような人達でした。喜んでくれるのが嬉しいとかいいながら、実際は顔色をうかがっていただけかもしれない。それからずっとずっと私は、いい子の仮面を被ってきた。優等生であり続けて、本音で人とぶつかったこともなかった。今さらですけど…素の自分になってもいいでしょうか?」

「もちろん」

光は大きくうなずいた。

「ナナは、ありのままあなたが大好きだと思いますよ。本音を打ち明けてくれた、今のあなたが」


ピスピスピスピス…


鼻を鳴らし、あまえてくる。

「ありがとう、ナナちゃん。勇気をくれて。一歩踏み出してきます。そろそろ休憩時間終わるので、行きますね」

「あっ、待ってこれを」

光は持っていたお菓子を差し出した。

「甘いチョコで、心に栄養を」

小さい粒が12個入ったチョコレート。

「ありがとうございます。…おいしい。甘い物って、こころをほぐしてくれますね」

「そうでしょ」

「またランチ、ご一緒してもいいですか?」

「もちろん、僕らここで待ってますよ。晴れの日はね」

沙羅は微笑んで、職場に向かっていった。

「…打開策、見つかるといいね」

立ち去る後ろ姿を見送りながら、祈るように光はつぶやいた。

ナナも、悲しみを背負った背中から視線を外さなかった。


午後1時。

パート勤務の人達が出勤してくる時間だ。

時間ギリギリに来てタイムカードを押すと、ダラダラと仕事の準備を始める。

数名でつるみ、今日も変わらず無駄口をたたいている。

昨日休みだった人に、あんなことこんなことがあったと、それは決して必要な業務引き継ぎの連絡などではなく、愚痴と悪口のオンパレード。

一番新しく入ったオバチャンも率先して、やれこの会社はブラックだ良くないとこだらけだと文句を並べている。

「古田さんはよくこんなところで社員なんかやってられるわよねぇ。私もぜひ正社員でどうかって先生達に誘われるけど、拘束時間も長いのに安い給料でこき使われたらたまんないわよねぇ」


バァン!


激しく机を叩く音に、ピーチクパーチク騒いでいた連中が凍り付いたようにシーン…となった。

「うっせえんだよ!」

何が起こったのかと、皆目がテン状態。

「アンタら御託並べてるけど、入ったばっかで何知ってんの⁉今までどんなにすごいとこいたか知らないけど、この業界も初めてでずぶの素人なのに何でそんなにえらそうなの⁉教員補佐で採点してるくらいで一流企業ばりの給料もらえるほど世の中あまくないってこと大学で教わらなかったの⁉それくらいここに通ってる学生のほうが知ってるわよ!いい大学出て何個か資格持ってるくらいでいい気になんな!やる気ないならもう辞めてもらっても結構ですから!」


ハァハァ…


あまりの剣幕に、言い返す人は誰もいなかった。

気まずそうに各自黙々と授業の準備を始めた。

沙羅は一旦その場を立ち去り、玄関先の掃除を始めた。


「あの…古田さん…」

声をかけてきたのは、さっき火種となった新人の松本貴子(まつもとたかこ)だった。

新人と言っても40歳。6歳の子供がいる。

教員免許も持っていることから、今は研修期間で非正規雇用だが、定年まで20年以上働けることも考慮して正社員を勧められている。

去年離婚したばかりで稼ぎたい気持ちが強く、面接では正社員登用希望の旨を伝えていたが、周囲の悪評に感化され迷っているようだ。

「その…ごめんなさい。あんなに怒らせてしまって」

「……」

ホウキを動かす手は止めたが、感情を爆発させてしまった手前、どう答えたらよいかわからなくて言葉に詰まってしまう。

「あの…パートのみんながこれを機に話をしたいって言ってるから、控室に来てもらえないかしら。もちろん、生徒さん達が来る前に終わらせるから」

袖を引かれ、有無を言わさず沙羅は連れられていった。

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