第7話 職場のめんどくさい人

「私の職場は大手の全国展開しているような塾ではなく、個人経営の小規模なところなのですが、その分生徒さんひとりひとりと向き合い指導することで成績を上げ、着実に実績を伸ばしてここ数年急成長してきました。そのため生徒数も格段に増えたので、近隣に系列のスクールを新規開校し、事業拡大をはかっています。当然指導教員の数も足りなくなるので、主に中途採用で新しいスタッフを複数名採用したのですが…」


フゥ…


一旦呼吸を整え、話を続けた。


「新しいスタッフさん達はお子さんがいたりシングルマザーの方などで、長時間の勤務が難しいからとご本人達の希望で時短労働、言わば非正規のパートタイムの方達なのですが、言っちゃあ何ですが私から見るとろくに仕事もしないくせに文句ばかり1人前で…。やれ給料が安いとか、面接の時聞いた話と違うとか。皆さん高学歴で今までの職歴もなかなかのもので、大きな企業さんで働いてきたようだから変にプライドが高くて…。おまけに私より年上だったりするので、立場的には私の方が上なのでいろいろ言うこともありますが、明らかにお前みたいな小娘に口出しされたくないという敵意むき出しでやりにくくて…。それでもただでさえ人員不足だし、波風立てまいと強く言うこともせず、気分良く働いてもらおうと思って話を合わせ気をつかっていると周りは増々いい気になってエスカレートしてしまい、どんどん態度も悪く頭に乗ってきて、言われた仕事も放棄したり、したくない無理と駄々をこねて逃げるとか、上が見てないところでやりたい放題です。その尻拭いをしているのが結局私なのですが…。そしてあの人達は、自分が悪者になりたくなくて、会社や上司への不満も当事者に直接言わないんです。定期的なミーティングなど話し合いの場を設けても、その時は本音を語らず上辺だけいい人ぶるんです。そしてパートがグループになって集まり、影でごちゃごちゃ言い私に文句をぶつけてきます。

そんなことしてたって何にも改善されないんだから、言いたいことや変えてほしいことがあるならハッキリ上に言いなよって思うのですが…。上司や教員達からは、パートをまとめるのが私の仕事だから何とかしろとハッパをかけられ板挟み状態で、誰にも相談できずどうしたらいいかわからなくなって…こうなったらもう機械のように淡々と業務を遂行しようと日々感情を押し殺していたら、泣くこともできなくなってしまったんです」

「それは…お辛いですね…」

人から相談を持ちかけられた時、光はまずその人の話をひたすら聞くようにしている。

すべての想いを吐き出し、まずは気持ちを軽くすることを心がけている。

「辛い…そうですね…。ずっと辛かった。でも今は、辛いと感じる心も麻痺してしまったかもしれない。ただただ、あの人達はめんどくさい、とは思いますが…」

「そうですね、そういうめんどくさい人って、どこの職場にも大体いますよね。僕も昔勤め人してた頃は、よく遭遇しました」

「遭遇って…未知との遭遇、宇宙人と会ったみたい」

プッ、と思わず吹き出し、沙羅の顔が緩む。

「そうですね、ああいう人達は宇宙人ですね。だって日本語通じないんだから。指示したことするなんて、小学生でもできるのにね」

「宇宙人…あぁそうかもしれない。地球外生命体と思えば、理解に苦しみませんね。元々通じなくて当たり前なんだから。同じ人間、日本人、女同士だから、話せばわかりあえる。その前提で向かっていくから、打ちひしがれて疲れちゃうんですね」

「古田さんは、優しい人なんですよ。だから、自分のことより周りの人のことばかり考え、優先させてしまう。ずっと我慢してきたのだから、今度は自分に優しくしてもいい番じゃないですか?」

「自分に…優しく…?」

その言葉に、沙羅の心が動いた。

瞳から涙が、一筋流れた。

「そんなこと…言われたの初めてです…」


思えば今までの人生、ずっと人のために生きてきたような気がする。

親の希望通りの道を進んできた。

言われるがまま。両親の喜ぶ顔を見れるのが嬉しくて。

友達にも職場の人に対しても、意識のベクトルは常に自分ではなく他者を向いてきた。

相手を思いやる、それは美徳であり、素晴らしいこと。

しかし前提として、まず自分有りきなのだ。

自分の感情を押し殺してまで相手に合わす必要はない。

自己犠牲のうえに成り立つ人間関係など、砂上の楼閣。一瞬の幻。何の役にもたたない。


ナナが起き上がり、沙羅の涙をペロッと舐めた。

「うふふ、くすぐったい」

「涙は、凍結していた心が溶けてきた証拠ですよ。もう無理はしなくていいんじゃないですか?」

「…無理…してたんですかね。そんなこともわからなくなっていました。でも何だか、胸のつかえがとれました。呼吸が、楽になりました」


サワサワサワサワサワ……


ラクウショウの葉の間を、爽やかな秋風が吹き渡った。

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