第9話 相手を知ると見方が変わる

控え室に行くと、神妙な面持ちでパート従業員達が集まっていた。

お茶が用意され、促されるがままに沙羅も座った。


「ごめんなさい…私達古田さんに甘え過ぎていました」

最初に口火をきったのは、先程呼びに来た貴子だった。

「なんかね、上の管理職の人や先生達って、男の人が多いしとっつきにくくて…。言い方も事務的で冷たかったりするでしょう?いちいち気にさわって…小さな不満が募っていって、それをつい吐き出してたの。古田さんは優しいし、いつも私達のことを考えてくれるし、社員さんでも私達と距離が近いというか、話しやすくていろんなこと遠慮なくぶつけてた。でもそれが負担になって迷惑かけてたとは思わなかったの」

「…そうなんですか」

「それにさ、私なんてバツイチでこれから子供どうやって育てていこうって不安もあって…気持ちを強く持たなきゃやっていけないって気持ちで、いきがって強がってた」

「私もよ。もっとバリバリ働きたいのに、うちの子すぐ熱出すからフルタイムだと難しくて。なんでも話せるような友達もいなくて、もちろん家でも話し相手もいなくて、ここだと同じような境遇のみんなとつい愚痴が吹き出しちゃって…」

「円安で食品も値上がりしてるし、うちなんか親の介護費用もいるからどんどん出費もかさんで…経済的にも余裕が無くなると気持ちに余裕も持てなくて…」

他のパートさんからも、次から次へと本音が漏れてきた。


あぁそうか…みんないろんな事情を抱えていたんだな。


いくつになっても強がったり、気持ちをごまかしたり。

怒りは二次感情だと、研修で学んだことがある。

怒りの前には、悲しみや失望など、別の本音が潜んでいると。

「皆さんいろんな事情がおありなのはわかりました。でも、だからといって仕事しない理由にもなりませんし、誰かを傷つけていい理由にもなりません。あなた達がしていたことは何の生産性もない現実逃避であり、寄ってたかって陰口を叩き、特定の誰かを口撃していたでしょう?それってひいてはいじめとかに発展するんじゃないですか?いい大人が情けないですよ」

「……」

気まずそうに、皆沈黙する。

「愚痴や不満を吐き出すのは構いません、ただしそれは業務時間外にやってください。仕事中にあまりに度を超えた無駄話して手を止めるなら、書類や後片付けが時間内に出来なかったといって仕事を残して時間きっかりに帰るのはやめていただきたい。あなた達が残した仕事は全部私がやっています。それは決して無理な仕事量ではなく、普通に可能な分量なのにです。それって業務放棄してるのと同じなのに、よく会社に対して文句が言えますね。会社は仕事の対価として給料をあなた達にお支払いしているのに、あなた達は現状最低限の仕事もしてないんですよ?」

「…なんか、古田さん思ってた人と違う」

「はっ?」

「もっと優しい人だと思ってたのに、そんなにはっきり私達に物言うのね」

貴子の言葉に、うんうん、と周りも同調する。

「あなた達の言う優しい人って、ただ単に自分達にとって都合のいい人でしょう?私はもうあなた達の顔色を伺って話すことはしません。チームワークが大事と思って年齢も上だし敬意を払って接してきましたが、この期に及んでも反省せずそんなふざけたことを言うのなら、私は金輪際あなた方に変に気をつかって弱腰で接しません。毅然とした態度でのぞみます。それでも今までと同じなら、人事や上司に報告するまでです。その後契約更新や昇給などは、担当者が判断するまでです」

「えっ、それはちょっと…」

「私この年でまた仕事探しとかいやよ…」

「結局どうするの…?これ以上こじれたらいいことないし…」

コソコソと声が聞こえる。


…なんだか子どもみたい。


ひとりでは何もできず、くだらない憂さ晴らしで気を紛らわし、周囲に流されている。

自分というものがなくわがままをいってそれが通用しないと怒りだす、まるで幼稚園の悪ガキレベルだと、沙羅は目の前の人達を見て思った。


不思議なもので、その人を取り巻く環境や、その人となりを掘り下げて知ることで、敵はそんなに怖くないと思えるようになり、今まで言えなかったことも臆せず言えるようになった。

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