第二十五話 パーティ【前編】

 予想だにしないルイと楪との急な対面になつのと篠宮はたじろいだ。

 しかしその緊張がほぐれる前にルイと楪は「また後で」と言って消えてしまい、何が何だか分からないままその日は終わってしまった。

 状況がすっかり分からなくなっていたなつのだが、今朝はまたさらによく分からない事態に陥っている。


「あの……何故こんなドレスが……」

「可愛いわよ」

「あ、やっぱり黄色の方が良かった?」

「そういうこと言ってんじゃないです」


 朝からやって来た月城と葛西が手に持っていたのは、とても地球では着る機会のないであろう煌びやかなドレスだった。

 好きな色を聞かれてピンクと答えたらアクセサリーまで一式揃い、有無を言わさず着替えさせられた。


「何でドレスなんですか?」

「あれ? 聞いてない?」

「何をですか?」

「歓迎パーティよ。皇子殿下を始め各国首脳が集まっちゃったからって」

「え? 今この後ですか?」

「そう。楪様がぽんぽんっと準備してくれたらしいよ」

「あ、ああ……」


 ルーヴェンハイトの皇子三人に加え本国ヴァーレンハイトの騎士マルミューラド、そして謎に包まれたイエダの皇太子に魔術師まで来たとなれば何も無しとはいかないだろう。

 それにしても、ぽんぽんと準備と言うのはやはり魔術だろうか。なつのは頭が付いていかなかったが、月城と葛西も着飾ってうきうきしている。


「このドレス本当綺麗よね。ちょっと民族衣装っぽいのがまた良い」

「そうだね。葛西先生はシンプルなのも似合いそうだけど」

「お二人とも衣装で似たようなの着てたじゃないですか」

「それとは別だよ。それより座って。髪を整えないと」

「へ?」


 二人にずんずんと背を押され鏡台の前に座らせられる。

 眼前にはずらりとヘアアクセサリーが並んでいた。


「アクセサリーを何にするかよね」

「ティアラはちょっと子供っぽいと思うのよね。アップにして宝石で飾る方が良いな」

「なつのちゃんはおろしてた方が可愛いと思うよ」

「それは諒の好みでしょ? もう少し大人っぽくした方が篠宮さんと釣り合うと思うのよね」

「けど篠宮さんの好みにハマって無きゃ意味無いよ」

「でもいつも卸してるし、こういう時はいつもと違う格好にしなきゃ。ねえ、なつのちゃん」

「え? 何の話してるんですか?」

「篠宮さんの好みの話よ。ちょっと年の差あるし、ある程度努力しないと」

「は?」

「あどけない方が男心をくすぐるんじゃない? 顔立ち活かしてさ」

「うーん。あ、じゃあゆったり結って花で飾るとか。うなじは出したいのよね」

「いいかも。やってみよ」

「へ!? ちょ、ちょっとちょっと!」


 話に付いていけていないなつのを無視して、月城と葛西はきゃっきゃしながらなつのの髪をいじった。

 ああでもないこうでもないと玩具にされ、完成したのは一時間を過ぎた後だった。

 そして逃げることもできず、ずるずると引きずりだされたのは初めて入る大広間だった。

 大きなシャンデリアにたくさんの料理が端のテーブルに並べられている。今日はメイド達もドレス姿で参加しているようだ。


「うう……」

「緊張しなくて平気だよ。どの女にも負けてないって」

「いえ、コルセットが苦しいんです」

「一番距離近いからって気抜いてると持ってかれるわよ。篠宮さん絶対に倍率高い」

「そもそも私のものじゃないです」

「じゃあなおさら頑張らないと!」

「だから! 何で私が篠宮さん狙ってる前提なんですか!」


 月城と葛西は終始これだ。違うと否定しても聞く耳は持たず、もっと篠宮に探りを入れておけばよかったと言っている。


(そんなことよりルイ様と楪様よ。ちゃんと話したいな)


 フロア内をきょろきょろと見回すが姿は見当たらない。

 漫画等では開始の合図があり順々に偉い人が登場するイメージだが、それならまだ後だろう。

 けれどパーティが始まれば話す余裕など無いかもしれない。できれば今のうちに少しでも話をしたいところだが、そんななつのを邪魔するかのように女性陣の悲鳴にも近い歓声が上がった。

 女性たちの視線の先にいたのは篠宮とマルミューラドだった。二人で肩を並べ女性陣に捕まっている。


「すごい。篠宮さんマルミューラド様に負けてない」

「負けてはないけど勝ってもないな」

「はー!? あんな顔だけのクソガキに篠宮さんは負けないですよ!」

「「ほう」」


 月城と葛西は目をきらりと光らせた。


「……あ、いえ。マルミューラドさんて子供じゃないですか。それだけです」

「何遠慮してるのよ。奪還してきなさい」

「だから私のものではないですよ」

「だから行くんじゃない。ほら」

「行かないですよ!」

「そうだね、行かなくていいよ。こっち来るし」

「へ?」


 篠宮は軽く挨拶をしながら女性陣を交わし、マルミューラドに至っては振り向きもせずすたすたと一直線にこちらへ向かって来る。


「げ」

「マルミューラド様は来なくていいんだけどな」

「じゃあどっか連れて行って下さいよ」

「あ、私ファンの子たちが待ってるから」

「私は諒の列整理があるから」

「は?」

「「がんばれ!」」

「え!? 嘘でしょ!?」


 ここまで連れて来ておいて、月城と葛西はさーっと軽やかに去っていった。

 そしてわあっと女性に囲まれ、これはこれで大変そうだった。

 だができればそっちの方に混ぜて欲しい。


「向坂」

「篠宮さん……」


 篠宮とマルミューラドは女性陣に背を向け、当然ながらなつのの視界には女性陣が目を燃やして睨みつけてくる姿が見えた。


(……篠宮さんとこに配属されて以来だな、この感じ)


 新卒は入社してすぐ色々なことをやらされるが、そのうちの一つに他部署交流を兼ねてチーム対抗研究発表のようなものがあった。

 その時に篠宮のチームになったのだが、女はなつの一人だったので同期からひどくやっかまれた。まるでその時と同じだ。


(地球だろうが異世界だろうが男と女はこんなもんよね)


 イケメンがいれば見たい。あわよくば恋人になりたい。そんなことを夢見る程度には篠宮もマルミューラドも整った容姿をしている。

 一般庶民の平凡凡人のなつは釣り合わないと思われているに違いない。

 はあとため息を吐くと、篠宮がじっと見つめてくる視線に気付いた。


「何ですか」

「あ、ああ、いや。そういう格好初めて見たから」

「そりゃ会社でこんな浮かれた格好しないですよ」

「そらそうだな。けどまあ」


 じっと見つめられるとさすがに恥ずかしい。

 思わず目を逸らすと、ぽんっと頭を撫でられる。


「可愛いんじゃないの」

「……どうも」


 ドレスも髪もメイクも、月城と葛西が気合いを入れて仕上げてくれた。

 絶対勝てる、と誰と何をするかも分からない勝負の勝利宣言をされた。

 おもちゃにされている気はしていたが、それでも少しだけ感謝した。


「いちゃついてるとこ悪いが」

「は!?」

「やはり俺は戻る。挨拶やらなんやらは任せたぞ」

「ふざけんな。彼女たちの目当てはお前なんだからお前が行け」

「面倒だから嫌だ。顔だけでよくああも盛り上がれるものだ」

「中身クソガキなのにね」

「口汚いことばかり言ってると篠宮に嫌われるぞ」

「何でみんな私が篠宮さんを好き前提なの? 馬鹿なの?」


 なつのはぎろりとマルミューラドを睨んだが、急に二人はしんと静まった。


「篠宮。これは売り言葉に買い言葉というやつだから気にするな」

「……うるさい」


 マルミューラドはぽんっと篠宮の肩を叩き慰めているようだった。

 一体何の話か分からなかったが、それを追求する隙など与えないとでも言うかのように再び女性陣の歓声が上がった。

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