創設者
石造りの大きな大きな図書館、正しくは書斎か、これが書斎だって?
初めて来たときに疑問を持つべきだった。
今日ここに来たのはケルナの病気、もしくは呪いか、それの治療法に関する情報を少しでも集める為に来た。
書斎の中をふよふよと浮かんでいる人型の、翅のついた小さな白い妖精にケルナの病状をメモした紙を渡す。
「この病状に関する記述のある書物を幾つか見繕ってくれ。」
小さな妖精、知恵の妖精はメモを受け取るとふよふよとどこかへ飛んで行ってしまう、探しに行ってくれたのだろう。
とりあえず彼女ら、もしくは彼らが目的の本を持って来てくれるまで座って待っていようか。
書斎の中心にある背もたれのついた木製の椅子と、無機質な石製の荒削りなテーブルへ向かい、椅子に腰かける。
せっかく妖精たちに文献を集めてもらっているが、まだ呪いか病気かすらわかってないのはあんまりよろしくないな。
護符でも作って持たせてみようかしら。
そんな感じで想像にふけっていると。
「隣、失礼させてもらえるかな?」
と一人の男が本を携えてやってきた。
本のタイトルは有名な冒険奇譚小説のようだ。
しかし何故わざわざ私の隣の席を?書斎には私と、この男と、知恵の妖精達以外には誰もいないと思われる。
少なくともこの読書スペースには誰もいない。
まあ断る理由もないが...
「構いませんけど、なんで私の隣の席を?」
「構わないならいいじゃないか、全ての物事に一つ一つ緻密な理由が存在すべきではないだろう。」
気のせいかもしれないが何かガブリエルと同じ気配がするな。
その胡散臭い赤みがかったブロンズ髪の男は手に持つ分厚い小説の大体真ん中あたりのページを乱雑に開き、ペラペラとページをめくっていった。
時折ずり落ちた四角い眼鏡をクイっと中指で戻している。
初めて会った人だし色々と聞いてみたいんだが、さすがに本を読んでる人に声をかけるのは気が引けるな。
うーんどうするべきか...
「僕はさ、今日ここに本を読みに来たわけじゃないんだ。」
とその胡散臭い男が急に声を上げた。
「はあ?ならどうして書斎にいるんですか?」
「君と話しに来た。」
「それは...奇遇ですね、私もちょうどあなたと話してみたいと思っていました。」
「...アルバディアス・ハザード、今年で60歳、つい最近まで軍人として部下の育成と軍の発展に尽力していたが老いによる体の衰えを理由に退役、その後アルバディアス・アラートの遺したこの別荘地に移動する。」
「22歳の時、魔術専門学校を首席で卒業し軍に出征、その後発生する世界大戦では第一魔術師師団の師団長として前線で活躍、中でもフロストパンク攻勢では敵軍の機甲師団の包囲により絶望的な防衛戦を繰り広げていた状況を持ち前の知識と、人知では計り知れないその技量で敵軍を逆包囲するまでに至ったアイスラインの奇跡の功績から最強魔術師と讃えられる。」
「そんな英雄と気が合うなんて、とても光栄なことだ。」
「...過去の話だ、今じゃ俺より強い魔術師なんてたくさんいる。」
「しかし間違いなくあなたの話だろう。」
「...歴史は勝者によって綴られ、多数派によって吟味され、民衆に届けられる。」
「俺は本当に英雄なのか?否、俺は英雄でもなければ最強の魔術師でもない。」
「人より少し魔術の知識があって、人より少し手先が器用なだけだ。」
「それに、どれだけ英雄と言葉で着飾っても卑劣な罠と仲間の飢えを無視した戦術で敵も味方もたくさんの人を惨たらしく殺したのは俺だ。」
「世界大戦は多くの民衆にとって納得のいかない形で終わった。」
「誰かがたくさん利益を得た訳ではない、あれだけの人々が死んで、苦しんで世界が得たものは世界協定という技術の発展を縛る枷だけだった。」
「この後に起こる不都合は誰の目にも見えているだろう。」
「戦争によって逼迫した経済と燃えた国土、何も得ないどころか自らを縛る枷を無理やりつけられた民衆たちは国に牙をむく。」
「国は餌を求めた、民衆たちの空腹を紛らわせるための、ただそこに広がっているのはとても食えたものじゃない廃棄物ばかりだった。」
「だからスパイスをふりかけた、どんな不味い料理でも調味料をたくさん添加してやれば食えるようになるだろう?」
「そうだ、その日だけ俺たちは英雄となった。」
「...君の話を聞かせてくれないかな?ここまで話したんだから。」
「ああ。」
「僕はトーチ、トーチ・ハープーン、モンスター学...失礼、魔術生物学の研究者だ。」
「モンスター学と言うのは俗称だったな。」
「つまり魔術生物学の非自然生物の研究者ってことであっているかな?」
「ああ、それでいてここの創設者メンバーでもある。」
「創設者メンバー?」
「ほお?アンダーソンと会ったと聞いていたからてっきり知っているものだと思っていたが、そういうわけではないようだな。」
「そもそもこの場所自体ゴルゴタ計画という計画の下作られたんだ、アラートの指示の元にな。」
「この計画に最初期から参加していたメンバー、君が知っている人物であればアラート、アンダーソン、アドミニストレータ、そして私の四人が創設者メンバーと呼ばれている、あと二人いるがな。」
「じゃあ皆100歳は超えてるのか。」
「基本的、というか全員アラートとは同級生だからな、アドミニストレータと一人を除いて全員109歳前後だ。」
「へぇ。」
「さて、君と話せたからここにいる意味はもうないんだが、英雄の真実を教えてくれたお礼だ、君が今探していることのヒントをやろう。」
「今探していることのヒント?」
「ケルナについてだ、私は非自然生物を専攻しているが、魔術生物学に関係することであれば多少は分かる、つまりドリアードの彼女のこともな。」
「それでヒントとは...」
「せっかちだな、私が見た限り彼女の病気はアレルギーに起因するものだと思われる。」
「アレルギー?」
「ああ、思うにイグサに関する魔力的な。」
「そこまで分かっているなら、何故治してやらないんだ?」
「何故そんなことしなければならない?それをする義理はない。」
「義理って...全ての物事に一つ一つ緻密な理由が存在すべきではないんじゃなかったのか?」
「冗談に決まっているだろう、あの行動だって君と話すためと言う理由があったのだ、君のプロフィールを唐突に話し始めたのも君との会話の種にするためだ。」
「理由のないことはしてはならない、この世界に存在する全ての物事には何か理由がつけられなくてはならない、理由がないことはしなくていいのではなくしてはならないのだ。」
「...では私はこれで、飼っているスライムたちに餌をやらなければならないからな、じゃ。」
ふよふよと知恵の妖精たちが一冊の本を持ってきてくれた。
「すまない、魔力アレルギーに関する文献を片っ端から持って来てくれ。」
知恵の妖精達はいそいそと忙しそうだ、他人事みたいと言うか私のせいなのだが。
今宵は長い夜になりそうだな。
元最強魔術師の別荘開拓スローライフ 社屋 @yashir083
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