ドリアードの庭師さん
朝食の後、寝室に戻るために新館の廊下を歩いていると後ろからスタスタと早歩きでこちらに向かってくる足音が聞こえる。
「ハザード先生。」
「どうかしましたか?シンセティック。」
足音の正体はシンセティックだが、珍しくメイド服ではなく野外活動用の動きやすさを重視した長袖の服装をしている。
「この間アンダーソン様に先生がケルナ様に会いたがっているという話を聞きまして、これから丁度ケルナ様の元へ用事があるので、もしよろしければ先生をケルナ様の元へご案内させていただきますが、どういたしましょう。」
「そうか、ありがとう。身支度だけ済ませてきてもいいかな?」
「承知いたしました、では新館玄関前で待っておりますので、ご用意が出来ましたらおいでください。」
「分かった、それじゃあまた後で。」
あんまり長く待たせるのは良くないし、急いで支度しようか。
庭師さんの過ごしている小屋は森の奥にあると聞いた、鬱蒼と茂る森の中を進むのにこのローブは...まあいいだろう、あとは適当に杖を持ってって、メモ帳もってトイレ行って、ヨシ!
急いで玄関に駆け下りる。
「すまない、待たせたね。」
「滅相もございません。」
「じゃあ案内を頼んでもいいかな。」
「勿論でございます、ではこちらへ。」
彼女は新館から工房へ向かう石畳の道のように伸びる道、今度は海ではなく山の方へ向かう道を行く。
私もそれに従って奥へ奥へと進んでいく。
「なあ、そのドリアードの庭師のケルナさん?はどんな人なんだ?」
「そうですね...今は病気で気が落ちていますが、普段は活発で活き活きとした人です、誰にでも友好的なのできっとすぐに打ち解けられると思います。」
「それはよかった。」
背の高い草の中の石畳の道がだんだんと途切れ途切れになっていく頃にはもう森の中へと着いていた。
清廉な気配の漂う森の中、蒼緑の樹々が連立し美しい木漏れ日が森を着飾っている。
地面に生える植物は色とりどりの花を咲かせている、比較的寒色の花が多く、涼しげなこの空間をさらに清涼なものとしている。
ポツンと頭に水滴が当たる。
恐らく雨が降ってきたのではなく空を覆うように生い茂る樹々の枝や葉から昨日の雨の露が落ちてきたのだろう。
「申し訳ありません、傘を持って来ておくべきでした。」
傘か。
背中に背負った杖を取り出し、腰に携えたスクロールの一枚に体内魔力を集中させる。
すると杖の先端から光の粒子が放たれ、粒子は保護の魔法陣を杖の先の空間に描きだしていく。
魔法陣が完成するとそれは透明な金色の円形の薄い障壁となり、杖を柄、障壁を雨を防ぐ布の部分と見立てた簡易的な傘が出来上がる。
「シンセティック、あなたが嫌でないならこの即席の傘を一緒に使いませんか?」
「嫌でしたら他の方法でどうにかしますが。」
「そんな、嫌だなんてそんなことないです。」
「でもいいんですか?使わせていただいても。」
「勿論ですよ、ちょっと狭いですけど。」
「ありがとうございます、あ、傘は私がお持ちします。」
「あーすいません、これ杖から魔力を流して障壁を維持してるので僕が持っていないと使えないんですよね。」
「そうですか...すいません。」
「謝らないでください、いつも色々なことをしていただいてる立場ですから、せめてこういうところ位は私にやらせてください。」
「えっと...ではその、ありがとうございます。」
そう広くはない傘の下にシンセティックも入ってくると、お互いかなり近づかなければ不意に落ちて来る葉の雨粒から体を守れず、どうしてもお互いの吐息が聞こえてくるほどに接近してしまう。
そういえば今までに彼女とここまで近づいたことはなかった。
少し顔が熱くなった感じがする...ってもう60なのにそんな青春みたいなことするなよ、気持ち悪いぞ私。
こういうところがオリザに童貞拗らせてると言われる所以なのかもしれない。
目を合わせるのが気まずい、向こうもさっきから全力で地図に目を向けてこっちに顔を向けないようにしている、申し訳ないことをしてしまった。
「...あれ?あっ、申し訳ございません、道を間違えてしまいました。」
「あーそうですか、えっとどこに行けばいいんでしょうか?」
「えっとこのまま左に...違う、すいません右に向えばあるはずです。」
「こっちですか?」
「はい、そっちです。」
恥ずかしいから早く着いてくれー。
そんなことを考えながら無心で歩いていると、唐突に蒼緑の樹々が晴れる。
そこには丸太で作られた小さな小屋があり、外から見えるのは窓が幾つかついているのと木製のドアしかない。
「ここですか?」
「はい、ここにケルナ様がいるはずです。」
はーようやく傘を畳める。
障壁を畳んで杖を再び背中に背負う。
「では入りましょうか。」
「分かった。」
シンセティックが開けてくれたドアの先の部屋には、箪笥が一つ、机が一つ、ランプが一つ、そしてベッドが一つととても簡素なつくりだ。
外から見たとき、小屋はそれほど大きくないように見えたが、内装が閑散としていてもはや広ささえも感じてしまう。
ベッドの上には草緑色のショートヘアに特徴的な五つの花弁を持つ紫色の花飾りをつけた、青年の女性が横たわっている。
「おはよシンセティック...毎日ごめんね。」
「おはようございますケルナさん、今日は容態はそれほど悪くなさそうですね。」
「ええ...毎日看病に来てくれてるおかげでね。」
「所で...そちらの人は?」
横たわった女性はこちらに気が付いたらしく誰なのかと疑問を投げかける。
「この人はアルバディアス・ハザード先生です、この前お話しした人ですよ。」
「なるほど...私はコホッコホッ」
「ああそのままで全然大丈夫ですから、そのまま横になったままで大丈夫ですから。」
「そう、ありがと...私はケルナ...ドリアードでここで庭師をしていたんだけど...」
「ゴホッゴホッ...ごめんなさい、それで、少し前から体調を崩しちゃって...」
「それ以降ずっとこんな感じなの...」
「先生、きっとこれからケルナ様の所に来ることがあると思うので先に伝えておきますが、彼女の花飾り、あれが日によって白、青、紫、赤、黒の五色のいずれかに色が変わります。」
「白、青に近ければ近いほど体調がすぐれていて気分がいい時です、逆に赤、黒に近いほど体調が悪かったり気分が悪かったりします。」
「今は紫なので大体風邪や頭痛があるくらいの容態です。」
どういう原理なの...便利だけど。
「なるほど...ケルナさんで合ってますか?」
「...ケルナだけでいいわ。」
「分かりました、ではケルナ、これからあなたの症状について教えてもらいます。」
「...」コクッ
事前に持って来ておいたメモ帳を取り出す。
「じゃあまず症状を教えてもらえますか?」
「...頭痛と咳、酷いときは蕁麻疹が出来たり喉が酷く腫れたり。」
「なるほど、いつごろからか分かるかい?」
「数カ月前、コホッコホッ...少なくとも半年以内。」
「何かこうなった心当たりはあるかな?」
「...ない、初めてこうなった時は外に出たとたん急に。」
「なるほどね、ありがとう、とりあえずこれを元に色々調べて治療法を探してみる。」
「...ありがと。」
「ケルナさん、何か持って来てほしいものとかありますか?」
「うんうん、大丈夫、毎日顔を見せてくれるだけでうれしいから。」
「そうですか...ではその、お大事にしてください。」
「うん、ハザードさんも、ごめんね?こんな格好で。」
「いえ、謝られることではないでしょう。」
「それもそうかも、じゃあまた。」
「ああ、いい報告を待っていてくれ。」
「私はケルナ様の身の回りのことを済ませてから帰りますので、先に館に向っていただいて構いません。」
「いや、私一人で館までちゃんと帰れる気がしないし、君の仕事が終わるまで待って居よう。」
「ああでも仕事が終わるまで待っているなら私がここにいるのは良くないな、外で待っているよ。」
「分かりましたでしたら少々お時間いただきますがよろしいでしょうか。」
「ああ、じゃあ待ってるから。」
その広い小さな小屋のドアを開け、清廉な気配漂う森の中に出る。
症状を聞いただけじゃどんな病気なのか見当もつかないな...
そもそも本当に病気なのか?呪いとかそういう魔術的な類のものやドリアード特有の何かだったりしないだろうか。
呪いとかだったら簡単にどうにでもなるが、まあまずはそこの判別をしないことにはどうしようもないか。
「あっそうだ、アドミン?」
突如目の前に真っ黒な裂け目ができ、グッと広がる。
それと同時にアドミンが亀裂からひょこっと上半身を出す。
「どうしたの?」
そうやって出て来るのか。
「傘をさ、二人分持って来てもらえないかな。」
「いいよー」
真っ黒な裂け目の中に彼が入っていったかと思うと、そこからガサゴソと探るような音がし、それが終わるとまたひょこっと顔を出す。
「これでいい?」
彼は二本の黒い傘を暗闇の裂け目から取り出し、こちらに手渡してくれる。
「十分だ、ありがとう。」
「良かったーじゃあまた呼んでね。」
...それでいいのか。
断られる前提で頼んでみたけど案外やってくれるもんだな、これからも何かあったら頼むことにしよう。
しまったなあこれをもう少し前に気づいておけばあんな恥ずかしいことしなくて済んだのに...
あれ?というかこれあれじゃないか?
普通に二人分傘があるのにわざと出さずに相合傘したかったみたいになるんじゃ?
もしかしてこの傘捨てたほうがいいか?
いやでもきっと理解してくれるはずだ、しっかり事情を説明すればきっと。
いやいやあまりにも出来すぎてるって疑われたりしないだろうか?そもそも私が気づいていれば抑えられた事故だし...ブツブツ
この後普通に帰った。
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