時流の蒼琥珀

工房の隅、灰色の石で出来ていて、上部から屋根まで煙突がつながったかまどから、金はしでまだ熱い蒼緑の木の薪で出来た真っ黒な炭を取り出す。

「出来たみたいですね。」

作業中、後ろから声をかけて来る人物が。

「かまどを貸してくれてありがとうございますアンダーソンさん。」

「いえいえ、これからも工房を利用するでしょうに、いちいちそんなにかしこまっていてはキリがないでしょう。」

「ところで、あなたに頼まれた蒼琥珀の原石の加工、終わりましたよ。」

「もう終わったんですか?」

「はい、まあこの程度であれば一時間もあれば終わります。」

どうぞ、とアンダーソンさんの手の中に握られていた縦に長い八面体を渡される。

蒼琥珀特有の川の流れを宝石に封じ込めたような白い波と澄んだ青空のような蒼の入り混じった清廉な気配の八面体と、蒼緑の木の炭を麻袋に入れる。

「大丈夫でしたか?」

「ええ、もう完璧ですよ。」

「それは良かったです。」

「何をするのか、私は魔術には疎いので想像もつきませんが安全第一で頑張ってください。」

感謝の念を込めて礼をして工房を後にする。

工房の外はザーザーと雨が草を打ち、土を打ち、屋根を打つ音が響き渡っている。

今日はあいにくの雨、本当ならばケルナと言うドリアードの庭師さんの元に行こうと思ったのだが、シンセティックに止められてしまったので渋々できることをすることにした。

工房の雨よけの下に立てかけておいた黒い傘を開き、草をかき分けるように在る石畳の道を辿り旧館へと向かった。

旧館一階、今日は普通合成台のある広間ではなくそれよりも玄関に近い部屋にある魔術抽出炉と呼ばれる装置のある部屋に向かう。

一応、普通合成台も使うけどね。

部屋の中央には大きく背の高い樽のような形で、上側は六角形の穴が開いている。

その装置は暗い色の木材で出来ていて、ちょうど樽の鉄輪のように黄金の装飾が施されている。

黄金とは究極に安定性の高い物体であり、この装飾は装置そのものの耐久性を高めるためと言う目的もあるが、一番は装置が稼働するうえで安定性をできる限り保持するためのものだ。

この装飾がなければ装置稼働中に何らかの異常が発生した際にエーテル濃度が急激に変化したり装置が爆発したり、あともう一つ重要な要素があるけれどそっちは後で。

新しい奴だったら大体装置の真ん中くらいに稼働状況が見えるような窓が開いているはずなんだが...ここにある装置は大半旧型タイプのもののようだ。

装置の下の方を見てみると、下部から八本のパイプが繋がっていて、さらにパイプの先には蛇口が付いている。

部屋の壁は木製の棚で埋め尽くされていて、ズラッとガラス瓶が並べられている。

空のものもあるが、大体は中にカラフルな液体が入っていてラベルが張られている。

その中から紫の液体の入った瓶、橙に近い赤の液体の入った瓶を取り出す。

それぞれ古びたラベルには魔法、そして燃焼と書かれている。

この中身はエッセンス、もしくは液状のと呼ばれるものだ。

この世界に存在する魔力と素、二つの分類を持つ概念的振動、エーテル以外の物体は素とエーテルからできている。

厳密に言えば魔力(魔力配列)=素+エーテル=物体であるから概念的振動を除く神羅万象が素とエーテルからできているというべきだが。

つまりこの瓶の中に入っているのは神羅万象の元となる物質、素が液状になったものだ。

ずっと隠していた魔術抽出炉の正体を教えよう。

この装置はありとあらゆる物体を素とエーテルに還元する装置なのである。

還元とは物体を素とエーテルに戻す作業のことを言う、で、この装置の原理なのだが、結構単純だ。

低エーテル空間における拡散現象を利用した還元法、これが全てである。

私達のいるこの空間には、何らかの特殊な環境でない限り常に一定数のエーテルが存在し、これは空間エーテルという形態のエーテルだ。

空間エーテルとは特殊な形態のエーテルであり、素と反応して物体に変化することがない。

空間エーテルは自らの濃度を常に一定に保とうとする働きを持ち、例えば空間エーテル濃度が高すぎた場合は、空間内に存在する物体を触媒に素と反応させて物体にすることで濃度を低下させ、空間エーテル濃度が低すぎた場合は空間内に存在する物体を素とエーテルに還元し、それによって発生したエーテルで濃度を上昇させる。

この二つの現象はそれぞれ凝固現象、拡散現象と呼ばれる。

魔術抽出炉の内部は強烈な低エーテル空間になっていて、そこに物体を投入することによって拡散現象を発生させ物体を還元し素を回収する。

発生した素は管を通って分別、液体化されその先にある瓶に詰められる。

魔術理論の座学はいったん置いておいて、実際にやってみよう。

私は扉の横の壁に立てかけておいた麻袋から一本蒼緑の木の炭を取り出し、上側に空いた六角形の穴からストンと落とす。

こういう時に窓のついていないタイプの抽出炉は面倒だ、還元が終了したかどうか分からない。

...まあこれくらいか。

装置下部の蛇口の根元にはリングが付いている。

そのリングには宝石が付いていて、これはカラフルストーンと呼ばれる素と反応して色の変わる不思議な宝石だ。

八つの蛇口の内二つのみが宝石に色が付いていて、他は多少くすんでいるが透明だ。

紫の宝石のリングがある蛇口に紫の液体の入った瓶を、赤の宝石のリングが付いている蛇口に赤の液体の入った瓶を置く。

そして蛇口を捻ると、口からそれぞれの色の液体が流れて出て来る。

どうやら動作は正常なようだ。

今回の儀式に必要な魔力の素と燃焼の素はもうすでにあったのは確認していたが、装置の動作確認とか色々含めてね。

二つの瓶も麻袋に慎重に入れて今度こそ普通合成台のある広間に向かう。

「あれ?どうしたんですかハザードさんこんなところに、珍しいですね。」

「珍しいも何も昨日会ったばかりじゃないか。」

「そういえばそうですね、まあ細かいことはいいじゃないですか。」

「それで、どうしたんです?ケインなら今図書館の方にいると思いますよ。」

「合成台を使いに来てね、ケインは図書館で何してるんだ?」

「魔法理論の勉強らしいですよ。」

「ふーん...せっかくだし合成台の起動の様子でも見せてあげようと思っていたが...まあせっかくがんばって勉強しているのを邪魔するのもよろしくないししょうがないか。」

「最近仕事が終わるといつも図書館に入り浸ってますから、彼に用事があるなら午前中に来るか図書館に行かないと伝えられませんよ。」

「ふーん、じゃあなんだ、君は午後は一人で過ごしているのか?」

「ええ、これでも長耳の中で一番寿命が長い狐の長耳ですから、暇をつぶすのは得意ですから心配しなくても構いません。」

「いやケイン君が居なくてさみしかったりしないかなと思って。」

ピーンと元から長い先のとがった耳がさらに天に向かって伸びる。

「はあ?なんであんな奴がいないからって私がさみしいってことになるんですか?そもそも私は長耳の、誇り高い狐族ですよ?その私が無尽蔵にいる人間の一人や二人いなくなったところで心が乱されるなんてそんなバカバカしい、何です?魔術の勉強のし過ぎで常識を忘れてしまいましたか?シンセティックが言うにはとても聡明な方だと聞いていたのですがどうやら過大評価だったみたいですね、こんなこと一般常識以前の問題ですよ?そんなんだからその年になっても独身で童貞でさみしい人生しか送れないんですよバーカ。」

「ハハハ、僕は君がさみしくないかどうか聞いただけじゃないか、そんな必死にならなくていいでしょう。」

「必死じゃないです。」

「必死」

「必死じゃない」

「じゃあ何でそんな耳が立ってるんだ?」

「立ってないです、童貞」

「童貞じゃない」

「童貞」

「童貞じゃない」

「はあ、まあそういうことにしておいてあげますよ。」

反応は可愛いのに言うことがいちいち可愛げがないなこの子は。

「あーじゃあ合成台を使わせてもらってもいいかな?」

「...別に、私に許可を請う必要はないです。」

「そうか、なら勝手に使わせていただこう。」

麻袋から幾つかアイテムを取り出し、合成台へ向かう。

魔術的装置は起動にかなりのエネルギー、負担がかかりやすい為、作業の終了後もつけっぱなしにすることが多い。

その為に魔術装置はこんなに要らないんじゃないかというほどの数の安定化装飾がつけられている。

しかしどのようなものにも例外があり、この普通合成台は例外の一つだ。

最近の少々値が張る高性能なものなら起動させ続けることもできるが、こいつ含め大体のものは作業開始のスイッチと装置起動のスイッチが同一点に存在しているとかいう意味不明な仕様で、作業終了時には装置を落としておかないと最終的に空間エーテルを吸い始めて合成台周囲が危険地帯と化す。

魔導学的に仕方ないけれどね。

合成台の中央に堂々と在るアルターマトリクス、時計向きに横から見ると菱形に回転する正六面体、それの直下の黒い台座にさっきアンダーソンさんに作ってもらった成形された蒼琥珀を麻袋から取り出して設置し、適当に目に入った台座に今度は魔力のエッセンスの入った瓶を取り出して、蓋を外して置いておく。

瓶の口から空間エーテルと反応して高濃度の魔力となった魔力のエッセンスが紫色にキラキラと輝いた煙のようになっているのが見える。

戦場に赴く兵士が背中に背負った剣のように携えた杖を取り出し、合成台に向けて構える。

装置の起動は魔導学的ボタン、つまり魔力で出来た魔力以外の干渉を受け付けないボタンのようなものを押すことで起動でき、起動に必要なエネルギー、すなわち魔力もボタンを押すのと一緒に装置に流し込む。

アルターマトリクスにびっしりと書き込まれた全ての文様が紫色に輝きはじめる。

どうやら無事に起動に成功したようだ。

ひとしきりマトリクスの輝きが行われ、文様の光が弱まると合成台は合成を始める。

瓶の中に詰められた魔力のエッセンスが台座から放たれる青白い閃光と共に紫色のオーラ状態となり、マトリクスに吸い取られるようにうねりながら空中を漂っていく。

マトリクスがオーラを吸い取りきると、今度はマトリクス下の台座が青白い閃光を放ち始め、直後、台座の上のマトリクスから紫色のオーラが蒼琥珀に向って放たれる。

一連の現象が終わると台座の上に鎮座する蒼琥珀は、蒼琥珀特有の流れる河のような見た目から本当にどこかで流れている河の一部を切り抜いて中で流れを作っているような見た目の時流の蒼琥珀へと変化した。

合成台を止めてと。

この時流の蒼琥珀は蒼琥珀が持っていた流れと時間という二つの要素を魔力のエッセンスにより活性化したもので、時流の力、つまり時を加速する力を持っている。

ただ、この時流の蒼琥珀は目に見える程の時間を加速させる効果は持っていないので、つまり本命のアイテムを作るための中間素材とでも言おうか。

次も中間素材。

中央の台座に蒼緑の木の炭を、適当な台座に燃焼のエッセンス入りの瓶をとりあえず蓋を閉めたまま置いておく。

空間エーテルと反応して燃え始めることを防止するために必要なのでこれは最後に開けます。

次に燃焼のエッセンスとはマトリクスで対称になる位置にある台座に麻袋から取り出した橙色の花弁がたくさん入った瓶を取り出し、十枚くらいを台座に乗せる。

これは火焔木の花の花弁である。

麻袋を合成台から離して、杖を持ち、燃焼のエッセンスの入った瓶の蓋を開け、合成台を再起動する。

二つの台座に乗せられた素材がオーラとなっていく。

燃焼のエッセンスの入った瓶は魔力のエッセンスの時と概ね同じ挙動を示すが、火焔木の花弁は青白い光に包まれると共に完全にオーラの状態になり、台座の上には跡形もない。

二つのオーラがマトリクスに吸収されてからはほとんど同じだ。

違いがあるとすれば二つの色のオーラが螺旋を絡ませながら中央の台座に注ぎ込まれていることくらいか。

作業が終了したので合成台を停止する。

合成台を使用するうえで事故を防止するためには停止させることは本当に大事だからちゃんとやらなきゃいけない。

自称熟練の魔術師が面倒だからいちいち止めないとか言うこともあるけど、何かあったら困るのは自分なんだから。

誰だって亡骸も何も残らず空間に溶けて死ぬなんて嫌でしょ?

出来たのは焼鉱の炭、これは錬金術におけるニグレドを成就させるための方法の一つ、焼鉱法の為に必要な材料の一つで、焼鉱法についてはこれから錬金術に本格的に触れるときに詳しく話すとしてこれはつまり魔術的な意義を持つ燃料だ。

こいつとさっき作った時流の蒼琥珀を使って"還元の蒼琥珀"という素材を作る。

と言うことでまたまた工房に移ろう。

「作業は終わりですか?」

「いや、これから工房でやることがある。」

「ふーん、まあ頑張ってください。」

心にもないことを...

~工房~

「ハザードさん?今度はどうしました?」

「またやってほしいことがあるんですけど。」

「いいですよ、今日はやることもなくて暇を持て余していましたし。」

「ありがとうございます!それでやってほしいことなんですけど。」

麻袋からさっき作った時流の蒼琥珀と焼鉱の炭を取り出す。

「これはさっき成形した蒼琥珀ですが...模様が動いてますね。」

「はい、その蒼琥珀を、この炭を灰にしてそれに埋めた状態で燃やしてほしいんですが。」

「どれくらいやればいいんですかね?」

「燃やし続けてると大体一、二時間くらいで青白い光を放つと思うのでそれまでやってもらえますか?」

「灰に埋めて何で燃やせばいいんですか?」

「ちゃんとその炭で出来た灰の中にあるなら何で燃やしてもらっても大丈夫です。」

「分かりました、他に何かありますか?」

「いえ、今のところはその蒼琥珀の処理をやっていただくくらいです。」

「じゃあ今から作業に移りますか。」

「お願いします。」

よし、とりあえず次の作業に移る前に一度休憩しよう。

久々に杖を振るって疲れた。

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