客人二人

新館一階、使用人用食堂の隣に、木製の窓のない扉で隔たれた部屋の向こうはグラベリーナの言っていたことが真実ならば調理室のはずだ。

その木製の扉をコンコンと優しくノックする。

しばらく待っていると扉の向こうから椅子を引き立ち上がる音と、足音が聞こえてくる。

そしてその押戸の扉がガチャリと開く。

「ああ、ハザードさんですか、初めまして。」

扉の向こうにいたアリソン料理長は髪の先がくるんと外を向いたショートの茶髪の私と同じくらいの背丈の女性だ。

「初めまして、あなたがアリソン料理長ですか?」

「ええ、ここで使用人と、あとあなたの料理を作ってます。」

「こんなところで立ち話するのもあれなんで、隣の食堂で話しましょうか。」

「ああ、わかった。」

「何飲みます?」

「うーん...じゃあコーヒーを一杯頼んでも良いかな?」

「はーいじゃあ先に行っててください。」

と言って彼女は調理室にまた入っていった。

隣の食堂で待っててとのことなので言われたとおりに食堂に向かう。

来賓用、普段私が使っている方の食堂と違って質素な造りをしていて、軍人の頃の利用者で一杯になったあの食堂を思い出す。

食堂の中に入ると端の席に一人の男が座っていた。

男は何をするでもなくただただつまらなさそうに一点を見つめ続けている。

その視線の先には特筆すべきものは何もなく、何かを見極める為にその一点を睨みつけているわけではなく何か脳内で思案している事柄を纏める為に行われている無意識的な行為であると見て取れる。

話しかけるべきか否か、男を見つめながら考える。

すると、視線に気が付いたのか男はこちらを向いた。

「どうした?何かあるのか?」

顎から耳元にかけて伸びたゴワゴワとした髭と、真っ黒なツーブロックの年季の入った顔の男は深い隈の彫られた眼差しを向けて来る。

「いや、何か不思議な雰囲気を感じたから目が移ってしまった。」

そうか、と一言返すと再び思案の世界に戻った...かと思いきや何かに気づいたように首を起こし、こちらを恐ろしい程深くかぶったキャップから除き上げるように、品定めをするようにこちらを睨んでくる。

ふと、男の黒ぶちの四角い眼鏡越しに彼の蒼い眼と私の目が合う。

「誰だ?お前。」

と男が口を開いた。

私がそれにこたえようとしたそのタイミングで食堂にアリソン料理長が入ってくる。

「コーヒーをお持ちしましたよー...って、ずいぶん珍しい人がいますね。」

「だよなアリソン、こいつは誰なんだ。」

「勘違いしてるようだから訂正しとくけど、珍しい人っていうのはガブリエルのことだからね。」

「はあ?こいつの事見えてないのか?」

「その人はアルバディアス・ハザードさんですよ。」

「アルバディアス?あいつの息子か?孫か?」

「孫だよ。」

「何でここにいるんだ?」

「本人の口から聞けば?」

「何でここにいるんだ。」

一連のやり取りを終えてガブリエルと呼ばれた男はこちらに視線を移し、新たに質問を投げかけて来る。

「前にここに引っ越しきたんだ、ここにいるのはアリソン料理長に挨拶に来て、ここで待っている様に言われたから。」

「ふーん...俺はガブリエル・バルザイ、生まれは知らんが育ちはここだ。かれこれもう50年近くここに住んでる。」

「じゃあ大体同世代かな?」

「俺が53だったかな確か、あんたは?」

「60だ、俺の方が年上だ。」

「俺が年上や目上の人に敬語で話すような奴に見えるか?」

「確かに、君の言う通りだ。」

「俺はここで絵描きをしたり音楽作ったり手芸したりしてる芸術家、まあ詳しくするなら工芸美術家ってやつをしてる。」

「ちょっと失礼なことを言ってもいいかな?」

「どうぞ、無礼講だ。」

「そのセリフは俺のセリフだろう...まあいいや、じゃあ言わせてもらうけどさ。」

「君が工芸士って似合わないね。」

「違いない。」

彼と話すのも慣れてきたな、我ながら良い適応力をしている。

「ガブリエル、コーヒーで良かった?」

「ああ、ありがとう。」

「それでハザードさん、わざわざどうしたんですか?」

ガブリエルと会話している間にいつの間にか彼の分のコーヒーを淹れていたようだ。

「お前に挨拶に来たらしいぞ。」

「ホントですか?」

コーヒーを一口啜る。

「ええ、あと頼みたいことが一つありましてね。」

「もっと俺と話していた時みたいに話せばいいだろう。」

「これが普通なんだよ俺の。」

「...それで、頼みたいこととはなんでしょう?」

「ああすまない、それで、この場所で生活している人の名簿みたいなのがあればほしいんだが、あるだろうか?」

「何に使うんだよそんなの。」

「挨拶してるって言っただろ?それでほしいんだよ。」

「なるほど、いいですよ、ちょっと持ってきますね。」

そういい彼女は再び調理室に向かう。

「所で今のところ誰と会ったんだ?」

「アンダーソンさんに、パトス・ケインにグラベリーナにシンセティックに、アリソン料理長とキミかな。」

「ふーん、まあお嬢以外はまともな奴だけだな。」

ガブリエルにもお嬢呼びされてるんだ。

「いや待て、お前がまともはおかしい。」

「バカだなあ誰よりもまともだろ。」

そんな感じで話をしていると、手書きの表が書かれた少し古びた紙を持ってアリソン料理長が戻ってくる。

「これでどうですか?」

シンセティックやアンダーソンさんなど見知った名前もあれば全く見たことない名前も入っている、全員に出会うのは相当骨が折れそうだ。

「顔が引きつってますよ。」

「いやあ、たくさん使用人がいると聞いてはいたがまさかここまでとは。」

「普通に探してたら会えない人も何人かいますからねえ、はい。」

「まあほどほどにしといた方がいいだろうな。」

「大丈夫だ、どうせこれから長い間同じ場所で生活するんだからいつの間にか全員と出会ってるだろ。」

「それに関しては、お前の言う通りかもしれないな。」

「今日はもう夜になりますから、出かけるのはまた明日にした方にしたほうがいいですよ。」

「そうか...いつの間にか夜か。」

「じゃあ俺もそろそろアトリエに戻るかな。」

「私も、夕食の準備をしなければならないので。」

「すいませんね、忙しい時間にお呼びしてしまって。」

「まあ私も一度顔を合わせておきたかったですしちょうどいいですよ。」

「俺は基本的にアトリエにいるから、何か用があったらそこに来い。」

「ん、了解。」

最後に少し会話を交わして、私は自室に向かった。

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