腐敗草の花弁
十分の休憩からごきげんよう。
新館の素在庫から色々引っ張り出して来て、魔術抽出炉部屋から幾つかエッセンス瓶を麻袋に優しく仕舞って再び合成台の元へ。
「おかえりなさい、ハザードさん。」
「ただいま、さっきぶりだね。」
「その麻袋の中身さっきより増えてませんか?」
「まあ幾つかやらなきゃいけないからね。」
「へえ、そういえばさっきバルザイが来てこれを渡しておけと。」
彼女は部屋の隅の木机から無地の布で出来た巾着袋を持って来て、私に手渡す。
「おおー完璧。」
「意外じゃないですか?彼があんなに手先が器用だなんて。」
「ああ、大雑把と言うか乱暴と言うか工芸士には似つかわしくない奴だからな。」
人は見た目では分からないとはこういうことなのだろう。
「そういえば何を作っているんですか?」
「んー、出来てから教えよう。」
「別にそんな隠すことでもないでしょう。」
「まあそうだね。気分だよ、気分。」
「...気になるのでさっさと作ってください。」
「はいはい」
さてと、じゃあせっかく作って持って来てくれた巾着袋の加工をまずやろうか。
巾着袋をマトリクス下の台座に、紫色の液体、魔力のエッセンス瓶を適当な台座に蓋を開けたまま置いておき、合成台を起動。
言っていなかったが合成台稼働中は近づくと危ないので離れておくこと。
一番いいのは合成台を構成するタイルから降りるのが安全だけど、まあ台座から離れておけば大体は大丈夫だ。大体は。
魔力のエッセンス瓶から魔力の素のオーラを吸い取ったアルターマトリクスが巾着袋にそれを注ぎ込む。
一連の動作が終わり次第合成台を停止し成果物を見に行く。
見た目的には変化はないが、近づけば魔力を帯びているのが分かる。
これで魔力を帯びた巾着袋の完成。
次に麻袋から月見草と言う白い花びらと深緑の茎と葉、黄色い花芯を持ち満月の夜にのみ姿を表すという花の種子の入った小瓶と、暗い紫色をしたエッセンス、腐敗のエッセンスの瓶を取り出す。
月見草の種子を中央に、適当な台座に腐敗のエッセンスの瓶を置いて蓋を開けておく。
それでいつも通り杖を構えて起動する。
オーラが禍々しい雰囲気を放っている点を除けばいつも通りだが...
「お嬢、ちょっと部屋から出ててくれないか?」
「...ああはい、よくなったら教えてください。」
うーん確かに腐敗草の合成は稀に汚染を発生させることがあるが、幸先悪いな。
汚染とは作業中に何らかの理由で魔力が汚れてしまった場合に発生する汚れた魔力だ。
少量なら多少摂取してしまっても気持ち悪くなる程度で済むがあんまりに大量に摂取すると危ない、それに蓄積するからこれくらいの量でも十分気を付けて処理しなければならない。
処理は大量な魔力を用いて洗い流してしまえばよろしい。
右手の杖で身体魔力をマトリクスに向けて流す。
とりあえず瘴気が消えただろうか?
「もういいぞ」
ガチャと扉が開く。
「処理できましたか?」
「まあ少量だったからな。」
「そうですか、気を付けてくださいね。」
気を付けてはいたんだけどなあ、どうしようもない。
合成台を停止させ、合成されたものを取り出す。
これは腐敗草の種子、こいつと一緒に地面に物を植えると腐敗草が育つと同時に急速に腐敗していき、これを用いて錬金術の工程の一つであるニグレドを成就させるための腐敗法という作業が行われる、簡単に言えばものを腐らせる植物だね。
次の作業に移ろう。
麻袋から土の入った小さな革袋、緑色のエッセンス、活力のエッセンスの瓶を取り出し、革袋の中の土を中央の台座に、エッセンス瓶を適当な台座に置いて蓋を開けておき起動。
そろそろ単調な作業過ぎて飽きてきたな。
まだあと二回はありますがね。
青白い光に包まれたエッセンスがオーラとなり、マトリクスに吸い込まれたそれが台座にオーラを合成する。
いつもの流れを終えた後はいつも通り合成台を停止して、生成物を見に行く。
活力の素と土を合成してできるのは"肥沃な土"、これで植物を育てれば成長スピードが従来の二倍程度に、大きさもその植物の中で最上級レベルの大きさかそれ以上の大きさになるなど異常なほど栄養満点な土だ。
とはいえこれでも魔術的意義を持つ物体の一端、周囲の魔力の状況に影響を与えることがあるので、一定以上の広さを持つ農場の土壌として使うのは法律で禁じられている。
許可を取ればその限りではないが。
出来上がった土は元の革袋に入れておき、そのうち半分を今活力のエッセンス瓶が置かれている台座とはマトリクスを中心に対称の位置にある台座に設置する。
麻袋から一本の木の枝、蒼緑の木の枝と青色のエッセンス、活力のエッセンスよりも薄い緑のエッセンスの入った瓶を取り出す。
それぞれ高速のエッセンスと成長のエッセンスだ。
木の枝を中央の台座に置き、残りのエッセンスの瓶を蓋を開けて、土と活力のエッセンス瓶を直線で結んだ線と残り二つのエッセンス瓶を同じく直線で結んだ線が十字になるように設置する。
設置出来たら起動起動。
稼働中暇なので先ほどの腐敗草の種子作成の際に発生した汚染について。
合成台を使うと必ず汚染が発生する可能性があるかと言われればそういうわけではない。
そもそも汚染自体不安定が臨界点に至った挙句にそれを発散するための一つの手段みたいな感じなので、装置の安定性によっぽど気を使っていないかもしくは儀式を途中で無理やり中断するかしないと基本的には発生しません。
ならば何故さっき汚染が発生したのか、それは使用していた材料が原因です。
今回で言えば腐敗の素、これが原因で汚染が発生しました。
ならば何故この素材だけなのか?それは素材自体が持つ安定性に理由があります。
例えば魔術において黄金が最も安定性が高い金属であり水銀は安定性の低い金属であるとされていて、この理論が合成台による加工にも反映されているわけです。
そんな話をしていたら出来ましたね、装置を止めましょう。
マトリクスの下の台座には虹色の煌めきを持つ蒼緑の木の苗木"再生の樹木の苗木"が出来ている。
実際には苗木と言うか枝なので、挿し木として使うんですが。
肥沃な土、腐敗草の種子、再生の樹の苗木と準備が整った。
今度は工房ではなく外へ向かおう。
「またどこか行くんですか?」
「ああ、次は外へ。」
「びしょ濡れで入って来たりしないでくださいね。」
「勿論だ。」
そういい広間を出る。
さて、この腐敗草を育てないといけないわけだが、今回は出来る限り早く育てたいので再生の樹を使う。
その為にある程度の広さが必要なわけだが...
うーん、まあ新館と旧館を繋ぐ連絡通路でやればいいか。
そんなことを考えながら歩き、件の連絡通路に着く。
屋根が付いていて床が石材で舗装されているだけの簡素な連絡橋で、地面にあたり跳ねる雨粒が露出した足に飛び掛かる。
ふむ、作業をするにあたってこの雨をどうにかしなければならないな。
天候を晴れにすることも出来なくはないが、やろうと思うと別途で大規模な儀式を行わなければならないので...まあ障壁の屋根と床を作るか。
私はローブの魔導書を仕舞う専用のポケットポーチから一冊の魔導書を取り出す。
魔導書の話の前に、私が今着用しているローブについて解説したい、させてほしい。
このローブは私がデザインして作ってもらったいわゆるオーダーメイドのローブで、一般的なローブと言うよりかフードのついたトレンチコートみたいなものだけど。
まず腰のあたりに着いたポケットポーチ、ありとあらゆる環境に強い革素材で出来ていて魔導書を比較的安全に保管し、そしてできる限り迅速に取り出せるように取り付けられていて、蓋部分はスナップボタンで締めてありもし魔導書をすぐにでも準備しなくてはならないという時にパチッと外してさっと取り出すことができるようになっている。
後腰回りで挙げるところと言えばこの筒状の革袋だろう。
これはスクロールを保管しておくためのポケットで、魔導学的な装飾によってわざわざ開く必要なく杖で魔法を起動することができる優れものだ。
起動する魔法の選択には多少コツが必要なものの、まあ何十年と使っている私にとってはそれほどの障害ではない。
胸ポケット、内ポケットは全部小杖用のホルダーとなっていて胸ポケットに二つ、内ポケットに五つの計七つのホルダーが付いている。
正直これは設計ミスしたかなと思う。
具体的に言えばスクロールポケットが付いてるのに七つも小杖に個別で魔法を記録したりしないよなあと実際に戦闘で使ってから気づいた。
内ポケットはそのまま内ポケットのままにして胸ポケットにホルダーを三つ位でもいいかなと思う、まあ確かに小杖の方が小回りは利くけど七つはやりすぎたかな。
背中に杖を背負う用の補助具と紐が付いてたりする。
地味だけど微妙にでかい杖を持ち歩くには結構便利だ、一応、腰にも携えられるようになっているが、こっちはブラブラしてあんまり使ってない。
他にも保護の刻印を使った耐久性の上昇措置がなされていたり色々な機能が付いているが、見た目ではっきりと分かるローブの特徴と言えばこんなものだろう。
で、魔導書、題してグリモワール・オブ・ハザード。
私が見聞きし、調査し、開発した全ての魔法について起動式を記述した魔法大全だ。
何十年と蓄積されて洗練された数多の魔法がここに刻み込まれている。
これとこれが扱えるだけの技量さえあれば大体何でもできるという万能の優れもの。
一応軍人の時に作ったから法的にはセーフだけど、これに新しく何かを書き込むとアウトになる。
あとは第一級魔術師免許っていう免許がないのに正当な監督者無しで使ったりするのもダメだったりする、めんどくさいね。
で、何だっけ?...ああそうだ、床と屋根を作るんだ。
魔導書ってすごくて、自分が欲しいページを勝手に開いてくれるんだ、こんな感じで掌に載せて体内魔力を流すと、こうして勝手にパラパラとページがめくれて目当てのページを提示してくれるのだ。
原理は確か魔力心理学の基本原則の体内魔力にはその術者の思いが少なからず存在するみたいな、その思いに反応してページを検索して開くんだったかな?
申し訳ないが基本魔術理論と錬金術の一部には割と知識があるんだがそれ以外は専門外でね、あんまり分かっていないんだ。
...はあ、少し独り言が過ぎたかな。
年をとるとこうなってダメだね、ホントに。
魔導書が開いてくれた障壁のページに魔力を注ぎ込む。
魔導書を通じてその魔力は光となっていき、光は魔法陣を創り出す。
この魔法陣は保護の魔法陣。
物体が受ける影響を代わりに受ける殻を創り出し、保護する魔法陣だが、今回は天井には保護するための物体がない。
この場合、保護の魔法陣は障壁という強靭な壁となる。
地面に対して施された保護の魔法陣によるコーティングと中空に浮かぶ障壁の天井によってこの連絡通路の回りだけ雨が一通り降り切った後の曇天下のようになっている。
今考えてもこれ天気が悪い日にやる儀式じゃないよなこれ。
再生の樹育つかなぁ、うーん...まあわざわざ肥沃な土余分に作ったし何とかなるかあ。
やはり見切り発車で魔術の儀式や製作をするようなものじゃないな。
百聞は一見に如かず、十考は一行に如かず、やってみましょう。
まず地面の保護の魔法陣のコーティングをちょっと剥がしてそこに肥沃な土を振りかけておきます。
肥沃な土はとても栄養満点な土壌と上記しましたが、この栄養満点と言う言葉は非常識な量では測り切れないくらい栄養満点過ぎて十分な肥沃な土の土壌に腐敗草を植えたら、少なくとも旧館は死ぬでしょう。
だからこれくらいでいいんです。
そもそも今回は成長速度を速める為に使っているだけなのでね、別に大きな腐敗草を育てようというわけではないので。
で、腐敗草の種を植える。
このまま待てば腐敗草が育って目的の腐敗草の花弁が手に入るはずだが、何日も待つわけにはいかないので今回はさらに再生の樹を育てる。
再生の樹というものは土に植えられると同時に急速に育ち始めて、その過程で周囲の植物さえも共に成長させるという性質を持つ植物だ。
腐敗草を植えたところの近くのコーティングを剥がして再生の樹の苗(枝)を地面に刺す、そして周りに肥沃の土を撒く。
普通の挿し木ならもっと丁寧にやるもの何でしょうが、これ魔術だからね。
そもそも成長の素が混合されている時点で育つこと自体は確定しているのでそれほど考える必要はない、魔術って安定性にはものすごく神経質だが、こういうところは大雑把だ。
さて、いくら肥沃の土の効果があるとはいえ十秒やそこらで生えてくるわけではない。
最後の合成のためにアンダーソンさんに頼んでいた素材を取りに行こう。
少なくとも往復で一時間は確実にかかるし、それまでには育っているだろう。
ただ倒木が怖いな、蓋の空いた箱みたいな感じで障壁を展開しておこう。
魔導書を開き、障壁を四方に設置、天井の障壁を撤回する。
まあよっぽど大丈夫かとは思うが...どちらにせよこれ以上はどうにもならんか。
工房へ行こう。
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