12月13日 人魚の国の真珠酒

 満足するまで鍛え抜いたら宴会です。新鮮な魚介と酒! 火を使った料理はありませんが、このマリネみたいなのが特に美味しいですね。よく味わえるように食堂には空気が溜められています。腰の高さまでは水なので、椅子も水に沈んでいます。なので鱗や尾鰭は乾燥しませんが、髪やエラが乾く前に適度に水浴びしましょう。


 はじめの方は大騒ぎで酒をがぶ飲みし、気をつけていないと無理に飲まされたりしますが、酒が回ってくると人魚達も落ち着いてくるので、そのあたりから参加するのも良いと思います。実際、静かに飲み食いするのが好きな人魚はそうしているみたいです。変に気を遣わず、お好きなタイミングでどうぞ。


 皆が飲んでいるこのお酒が、今日のお土産です。人魚達は貨幣を持ちませんが、「一本ちょうだい」って言えば普通にくれるので問題ありません。


 味見の前に、まず酒瓶がいいですね。形はちょっと歪んでいますが、淡く透ける真珠色が非常に美しい。ガラス瓶はどうやらサンゴや真珠、それから中身の酒と交換でドワーフの国から仕入れているようです。水中にガラス工房は作れませんからね。


「酒はともかく、なぜサンゴの死骸の欠片なんぞを喜ぶのかさっぱりわからないが、まあ喜んでいるらしいからな。それでいいのだろう」


 王子様は不思議そうですね。窓ガラス代わりに嵌まっている琥珀なんかも、そうやって手に入れているのだそうです。人魚達へ何か贈り物をしたいなら、森のものが喜ばれますよ。果物とか、綺麗な木の種とか、葉のついた小枝とか。酒を譲ってもらうお礼に、マタンの香辛料やハーブティーを少し分けてあげましょうか。


 海中で保管するために、瓶の蓋はコルクです。金属を使うと塩水であっという間に錆びてしまいますからね。海水と真珠で漬け込んだ酒、と言われていますが、磯臭さは全くありません。むしろ何かの花のような、ふんわり甘い香りがします。けれど度数は高いので要注意! 食事を楽しみながらちびちび飲みましょう。口当たりは少し甘ったるく感じるくらいまろやかですが、飲み込んだ後の後味が非常に爽やかなのが不思議で、クセになります。ドワーフにも真似のできない独特な味だとかで、マニアも多いみたいです。


 真珠酒を一本確保したら、酔い覚ましに少し海底を散歩しましょう。綺麗な色の巻貝や真っ白なサンゴの欠片を拾えます。これこそ海の宝という感じがしますが、人魚達はそういうものに全然興味がないので拾い放題です。


 美味しいお酒に綺麗な貝、鍛え上げられた肉体と色々手に入れましたが、一番の収穫はこの海の底から見る幻想的な光景と、魚の尾で泳ぎ、水中で胸いっぱいに息を吸う不思議な体験かもしれません。明日の朝には地上へ帰りますから、今のうちにじっくり楽しんでおいてくださいね。




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