12月12日 人魚の国の筋肉

 砂漠を渡り海を越え、ヴェルールシア大陸へ戻ってきました。が、港町を楽しむ前に、面白い場所へご案内しましょう。そう、海の底の人魚の城です。


 といっても、そこは妖精の国。ただ潜っただけでは辿り着けません。まずはそこの岩の上で人魚を待ちましょう。海からよく見える場所で……そうですね、まずはスクワットでもしましょうか。


 暇つぶしがてらしばらく筋トレをしていると、波間に綺麗な緑色の頭が覗いていることに気づきます。が、やめないで! 気づかないふりをして、一心不乱に腕立て伏せを続けてください。すると緑の髪の人魚――あ、彼は第二王子ですね。彼は近寄ってきて、あなたに尋ねます。


「こんなところで、どうして独りで……?」


 では、教えた通り答えてください。泣きそうな顔で。


「私だって、強くなりたいんだっ……!」

「……っ! 私の国に来い! 我々海の民は君の味方だ!!」


 さあ、彼の手を取って! もっと嬉しそうに! 大きく息を吸って、止めて!


 すっかりあなたの健気な努力に絆された人魚の王子様は、あなたの手を引いてまずは海の底の魔女の家へ連れて行ってくれます。そこまでは普通に素潜りなので、必死で息を止めてください。魔女様の住む洞窟まで行けば空気があります。


 すると魔女様は「またかい、バカ王子」とぼやきながら、あなたの声と引き換えにあなたを人魚に変えてくれます。大丈夫、ちゃんと後で元に戻してくれるので心配いりません。美しい魚の尾は、あなたの瞳と同じ色になります。さあ、潜ってみて。耳の後ろに、フリルのようにひらひらしたエラがありますね。水中で呼吸ができるようになっているはず。


 無事に人魚に変身したら、海の国メル=ラ=メルを見に行きましょう。どこか不気味な雰囲気のある魔女の家からしばらく泳ぐと、真っ白な珊瑚礁に琥珀の窓を嵌めた、美しい城が見えてきます。鮮やかな青色の魚が群れて泳いでいて、とても綺麗ですね。オレンジ色の尾を持った美しい女性の人魚が、その魚を細身の銛で次々に狩ってゆきます。お昼ごはんにするのでしょうか?


 え? 何ですって? 声が出ないんですからもう少しハッキリ口を動かしてください。魚は人魚姫のお友達じゃないのか? 何を言ってるんですか、獲物に決まっているでしょう。


 あなた、人魚にどんなイメージ持ってるんですか。エルフじゃないんだから、お膝にエビさんやヒトデさんを乗せてニコニコするような気質はありませんよ。彼らは海の狩人。逞しい肉体を至上とするアツい一族です。


 は? 帰りたい? でもまだお土産を手に入れていませんよ。今日のお土産は海の国で手に入る逞しくしなやかな筋肉です。ああ、そうですね。土産というのは少し違うかもしれません。筋肉は人にあげられませんからね。己で鍛え上げることでしか手に入れられない、自分だけのものです。ほら、見てください。あの談笑している王子と王女の深く美しくキレ込んだ腹筋を! あなたもあれが欲しいでしょう?


「心配するな! 肉体は必ず君の努力に応える!」


 ほら、王子様もこう言ってます。実に爽やかな笑顔です。良かったですね、彼の銛を一本貸してくれるそうですよ。まずは神速で泳ぐ練習をしつつ、あれを片手で軽々と振り回せるようになるところからです。ガタガタ言うな! 強い肉体は財産だ!! 筋肉はお前を強くする。身体だけでなく、心もだ!!! いけ、頑張れ! 大丈夫だ、お前ならできるっ!!




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