12月11日 砂漠の国の染物

 砂漠の旅を終えて、マタンという土地へやってきました。ラタ・マレを挟んだ隣国ガラバと今でも紛争を繰り返している国ですが、今後二百年くらいはそこまで緊張が高まることはないだろうと言われています。ですがもちろんそれも絶対というわけではありませんから、遊びに行く時は必ず事前情報を手に入れた上で。情報は行商人や吟遊詩人、冒険家達、それから彼らが出入りする酒場なんかでも得られます。……新聞のような情報媒体が充実している国もないことはないのですが、それ、ガラバなんですよね。


 マタンは西側と東側で大きく雰囲気の違う国です。西側、つまりガラバに近い方が都会で、東側が田舎。西では紺の片掛けマントを翻した軍人が通りを闊歩し、あちこちに魔導兵器の研究所があります。首都以外の街は半分くらいが廃墟で、崩れた砂壁の間から樹が生えているような光景が見られます。魔導開発は防衛のために致し方なくと彼らは言いますが、まあ妖精達からは毛嫌いされますし、竜達も通りすがりに焼き払おうとします。


 魔法の力豊かな世界エシェンに空を飛ぶ乗り物が存在しないのは、だいたい過去の紛争や戦争のせいです。見たでしょう、あの広大な死の砂漠を。ああして土地を滅ぼし、必要以上に森を開拓する人間が己の領域である空へ進出してくるのを、竜達は決して許しません。竜といっても砂竜やワイバーンではなくもっと知能の高い、四肢に加えて翼もある王竜種ですね。彼らは鳥や妖精達に見向きもせず、人間だけを真っ直ぐ狙って飛んできます。炎を吐くものもいれば酸を浴びせるものもいますが、皆変わらず、人を駆除することに熱心です。故に技術があっても、飛行術は禁忌。その代わりに転移の術が発達したのでそこまで不便でもないのですが、ちょっと残念ではありますよね。


 話が逸れました。マタンの西側は最先端の研究施設や工場半分、廃墟半分の奇妙な雰囲気です。で、いま隊商が到着したのが東側。軍事施設のない田舎の街です。こちらは辛い料理と染色工芸で有名なのんびりした土地ですが、図書館で買ったランタンや栞、万年筆は鞄の底に隠しておいてください。魔法陣の刻まれたものを持っていると、武器を向けられていると判断されることがあります。


 ちゃんと仕舞いましたか? では、街を見て回りましょうか。怯えなくて大丈夫です。あと二百年は平和だって言ったでしょう。そう断言するのには根拠があるのですが、長くなるのでまたいつかどこかで。


 美しい砂壁の建物には扉がありません。入り口は木材や金属ではなく厚い布で遮られていますが、窓には青いガラスが嵌まっています。不思議ですよね。けれど、中を覗いてみればわかりますよ。そこの人に頼んでちょっと外からお家を覗かせてもらいましょう。


 ほら、綺麗でしょう! 鮮やかな青色をした小さな丸い窓がいくつもあって、そこを通った光が室内に幻想的な光の模様を作り出しています。風を遮るためではなく、この光を作るためのガラス窓なのです。


 とはいえ北国ではありますから、防寒対策がなされていないわけではありません。扉には幾重にも厚い布が垂らされ、床にもふかふかになるまで毛織物が敷き詰められています。少しずつ色味の違う青い絞り染めの布が重ねられている様はエキゾチックでもあり、青い光も相まってどこが湖の底にいるような幻想的な雰囲気もありますね。この水底のようなデザインは偶然ではなく意図的なもので、降水量が非常に少ない土地なので、水への憧れが強いのです。今は冬なのでこんな感じですが、夏になると布も光が通るくらい薄いものに変えて涼しげにするようですね。


 今日のお土産はこの絞り染めの布です。とはいってもド田舎ですから村の中に店はなく、住人達は普段物々交換で生活しています。お金を使うのは隊商がやってくる時だけ。なので職人さんの家へ行って、あちこちで少し余計に手に入れておいたお土産品と交換してもらいましょう。空玉とか、小鳥の笛とか、ドワーフのお酒がおすすめです。魔法魔術関連と魔獣のプラモデル、短剣はダメです。え? 余分なんてない? 仕方ありませんね、私の分を買い取らせてあげましょう。ケチじゃありません。そう何度もプレゼントしてもらえると思ったら大間違いです。ちょっと調子に乗ってませんか? 砂漠の旅も終わったし、腕輪は回収しておこうかな……冗談ですよ。


 布地は大きく分けて二種類。水滴のような細かい点が散っている模様と、湖の底に落ちる光のようなゆらめく水の模様。青系統がほとんどですが、この職人さんはわりかし色々な色を試してみるひとですから、赤や黄色もあります。布だけ買って何かに仕立て直してもいいですが、ストールになっているものがおすすめです。老若男女問わず使えますから、誰にあげても喜ばれますよ。


 布を選んだら、少しお茶や食べ物も分けてもらって隊商に戻りましょう。宿のない街ですから、現地住民にお願いして自宅に泊めてもらうしかありません。……楽しそう? なかなかたくましいですね。なら交渉してきますから、今日は青い光の揺れるお家で一泊しましょうか。




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