12月14日 幽霊の街のエメラルド

 疫病で滅びた街に、人影が見える。

 そんな噂が後を絶たない港町マレテへやってきました。この辺りは特に、崩れかけた廃墟ばかりですね。いかにも幽霊が出そうです。あ、ほら! いまあそこの二階に何か見えませんでしたか? 青っぽく光る……嘘じゃありません。あの建物、天井が崩れて二階の床はないはずなのに。


 昼間のはずなのになぜか薄暗い、湿った潮の香りがする街。なんだか背筋が冷たくなってきたところで、大通りの方へ向かってみましょう。大丈夫、あなたには手に入れたばかりの立派な筋肉があるじゃないですか。


 建物の隙間からそうっと、覗いてみましょう。霧の立ち込める通りは、どこか洞窟を思わせるような、不思議な感じに音が響きます。コツン、コツンと靴音が反響するのがうるさいくらい、静かな街。けれど、この辺りの建物は綺麗なまま残っていますね。むしろ不自然なくらい看板も色褪せていなければ、窓ガラスもピカピカ。そこの八百屋さんなんて、新鮮な果物が……ふわふわと浮いて、籠から台へ移動していますね。


 もしあなたが余分に魔力をお持ちでしたら、集中して目と耳に力を集中させてみてください。かつて人として生きた者達の姿がちょっぴり見えるかもしれません。魔術師並みに魔力があれば、どうやらこの街、幽霊達がわいわいがやがや幸せに暮らしている様子が見えるそうなのです。


 強い魔力を持った魔術師や魔法使いと、力を持たない我々一般人。体の構造こそ確かに同じです。けれど神話の時代から、人ならざるものの声を聞いたり、この世にいないものの姿を見たりできるのは、いつだって魔法の力を持って生まれた子供達。魔力というのは余剰分の生命力だという説が最も有力ですが、それ以上に謎が多い不思議なものです。


 ふわふわと籠が浮かぶカウンターを覗くと、どうだい? といった感じでリンゴが一つ差し出されました。ここの店主がどんな顔でどんな性格の方なのか我々に知るすべはありませんが、それでもこの下手くそなりに丁寧な筆致の値札を見れば、恨みに囚われて生者を脅かすような人物でないのはわかります。リンゴを買って、ついでにお目当ての店の場所を訊いてみましょうか。


 ところで、この辺で質のいい宝石細工が手に入ると耳にしたのですが。


 はらりと台の下から現れる手書きの地図。あなたが支払った銅貨が一枚、コトンと地図上へ置かれました。ここみたいですね。行ってみましょう。


 こんな風に滅んだ街で店を営む幽霊達が本当に本人の魂を宿しているのか、遺された魔力の残滓が故人の意思をなぞっているだけなのか、本当のところはよくわかりません。けれどそんなこの街を壊して新しく作り直そうとしないこの海辺の国の人達は、きっと優しい心を持っているのでしょう。


 手渡された地図を持って5分ほど歩くと、どうやら宝石店らしき看板が見えてきました。ほら、これがこの辺りの名産の緑柱石です。四角くカットされたものが多いですね。霧のかかった街並みの中で見ると、とても神秘的に光って見えます。それほど透明度の高くない石が多いからでしょうか、驚くほど手頃な値段で売られていますから、この銀の腕輪なんて、おひとつお土産にいかがですか。今なら黒檀の小箱をサービスしてくれるそうですよ。


 え? 幽霊の声が聞こえているのかって? いやだなあ、そんなことあるわけないじゃないですか……ねえ、ご店主? ほら、彼女もこう言ってますよ。


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