第8話「エピローグ」

 そのときを境に、この世から男子校は消えさった。

 騎士養成学校や大学はもちろん、すべての学校が共学になった。超自然の力がそうさせた。同様に、男子校をつくりたいと思う者がいても、超自然の力がそうさせなかった。かくして、思春期に女性と関わる機会のない男性はいなくなったのである。

 それでなにが変わるのか? それは誰にもわからないことだ。ただ少なくとも、ガンケインや痩身の騎士のように、男子校をいいわけにして思春期をこじらせる者はいなくなるだろう。

 ガンケインやジニーたちからことの顛末てんまつを聞かされた王は、ただ彼らをねぎらい、次回以降の「GUNG-BO」に活かすと約束した。ガンケインの叶えた願いそのものについては、いいとも悪いともいわず、ただ、「妻が性奴隷にされなくてよかったよ」とだけいった。王妃は、「あら、似たようなことはさせたくせに」といった。


 ガンケインが願いを叶えた直後のことといっては、おおむねいつもどおりだった。敗者たちはぶつくさいいながら帰路につき、怪我をした者たちは国が控えさせていた魔術師たちによる治療を受けた。

 痩身の騎士は願いを叶えそこなったショックで精神が崩壊してしまったようで、入院を余儀なくされたが、治療魔術師たちによると、不可逆的なものではないとのことだった。狂気と異常性癖をうちに秘めた問題児ではあるが、いずれまた騎士の務めを果たすようになるのだろう。ガンケインがそのように関係各所に働きかけているからだ。

 ただひとつだけ、珍しいことがあった。

 ガンケインが公衆の面前で、ジニーに、「わ、わたしと、つ、付きあってくれないか?」と交際を申しこんだのである。

 しかし、ジニーはこれを断った。その理由というのが辛辣で、後ろ向きな男は嫌だというのであった。余人はなんのことかと首をかしげたが、当のガンケインはのけぞっていた。

 実際のところ、ガンケインのこれまでの人生は後ろ向きな努力に終始していた。伝説の騎士と謳われるに至ったのも、たんに女性と、女性への苦手意識から逃げて、戦いに身を投じていた結果にすぎないのであった。

 だが、ガンケインは不屈だった。「な、ならば、い、いまから前向きな努力をする」といって、ジニーの旅に同行したいといいだしたのである。これにはジニーもまんざらでもない顔をした。彼女は真剣にいいよられるのははじめてだった。かつて彼女にいいよった男たちはみな、最初の拒絶でプライドを打ちくだかれ、立ちなおれなくなっている。

 それでもなお、ジニーは断った。その断りかたは凄まじかった。その場に残っていた誰もが仰天した。彼女は、「ちょっと待ってなさい! いまからあんたと付きあえない理由を教えてあげるから!」というと、「願いの樹」の裏側に回った。

 はたして、樹を一周して姿をあらわしたとき、彼女は「彼」になっていたのである! 

 天才魔術師ヴァージニアスは男だった!?

 これにはさすがのガンケインも膝をついた。

 この奇妙な一幕をもって、「GUNG-BO」は幕を閉じたのだった。


 そして数年が経った。


 ……その樹に触れて願ったなら、どんな願いもまばたきひとつのあいだに叶うという。世界を救うも滅ぼすも、願うがまま。

 小高い丘の上にそびえる伝説の樹「願いの樹」はしかし、おのれの奇跡に無頓着であるかのように、雲ひとつない青空のもと、爽やかな春の朝日を浴びながら、ただその切妻屋根めいた枝葉をそよがせるだけだ――いままさに、すぐそこから吹きつけた旋風にも!


「ふん!」

「ぎゃあああ!」

「ふんっ!」

「ぎゃあああっ!」

「ふんーっ!」

「ぎゃあああーっ!」


 数年ぶりの「GUNG-BO」だ! その様子を空から眺める者がある! 

「やってる、やってる!」

 天才魔術師、ヴァージニアスである! この天才魔術師はあいかわらず世界じゅうを旅して回っていたが、「GUNG-BO」が開催されると聞いて、特に願いはないものの冷やかしにきたのである!

「……って、なんかおかしくない?」

 実際おかしかった。前回とちがい、樹のまえに立ちはだかるひとりの騎士へと、ほかの者たちが殺到しているのだ。しかし、その騎士のなんと強いことか!

 見よ! いままた長大な戦斧を振りまわし、群がる有象無象を丘の下まで吹きとばした!

 予感めいたものをおぼえたジニーは、一気に樹のほうまで飛ぶと、戦斧を立てて小休止をとっている騎士の横に着地した。そして、ちょっと呆れてからいった。

「……あんた、なにやってんの?」

「おお、ジニー殿ではないか! 久しいな!」

 騎士はガンケインだった! 彼は兜のバイザーをあげると、笑いながらいった。

「活躍は聞きおよんでいるぞ! だが、どうやってここに? 空からのショートカットを防ぐための結界があったはずだが」

「そんなの、破ったに決まってるじゃない。もっと強力なやつにしないとダメよ」

「そういうところはあいかわらずだな! まあ、みな、きみのそういうところに憧れているのかもしれん」

「当然!」

 ジニーは腰に手を当て、胸を張った。

 ガンケインのいうとおり、いまやジニーは世界じゅうの憧れの的である! どこからともなく困っている人々のところにあらわれて、親身になって話を聞き、解決策を話しあい、双方の合意のもとでこれと決まるや一瞬で解決する天才魔術師! その噂はどこでも聞けるものであり、ガンケインの耳にも入っていた。

 が、やがてジニーは反対に前かがみになった。

「……っていうか、質問に答えなさいよ。こんなところでなにやってんの? 騎士団の総長が」

「今日はこのために休みをとってあるゆえ、なにも問題はない」

 ジニーのいうとおり、いまやガンケインは騎士団の総長である! 任じられてまもないころこそ、口さがない世間の人々から嘲笑を買うこともあったが、そもそも伝説の騎士と謳われた男である。いまでは悪評のひとつとして立つことがなかった。ジニーはその理由のひとつを知っている。

「そういえば、どもらなくなったんだね」

「うむ。前向きな努力の成果よ」

「!」

 ジニーは昔のことをからかってやろうという悪戯心で話題に出したのだが、思いがけず「あのとき」を思いださせる返事をされ、どきりとした。ジニーは落ち着きを取りもどすため、当初の予定――ガンケインをからかうことを完遂しようと焦った。

「ほんとぉ? あたしがほんとは男だって知ってるからどもらないだけじゃないの?」

「いや、きみは女性だ」

「!」

 ジニーはのけぞった! ガンケインはジニーをまっすぐに見つめ、つづけた。

「きみはわたしとの勝負で、すべての男性を天才にして、その天才のなかから恋人を選ぶといった」

「あ、あたしは男の子が好きなのよ!」

「そうだろうな。きみはあのあと、こういったのだから――『あたしの子どもだって天才に決まってる』と!」

「あっ!」

 ジニーがその小さな口に小さな手を当てたとき、ガンケインはその大きな指先を彼女に突きつけていた!

「男性と男性のあいだに子どもはできない! それなのに、きみは恋人とのあいだに子どもができることを確信していた――その理由はただひとつ! きみが女性だからだ!」

「きゃああああああああああああ!?」

 ジニーはよろめき、月の沈むごとくしめやかに倒れ、横座りをした。

「きみはあのとき、わたしを振るために『我が身は男』と唱えた……そうだな?」

「し、仕方なかった! 仕方なかったのよ! ああでもいわないと、あんた、諦めそうになかったし……あたしも、折れちゃいそうだったんだもん!」

 ジニーは「あのとき」のことを思いだしていた。

 正直にいって、これまで後ろ向きであったことを除けば、ガンケインは憎からぬ男だった。話していて楽しかったし、はじめていい負かされた相手であり(これは複雑な感情ではあるが)、はじめて謝ったり慰めたりした相手でもあった。呼吸も合っていた。

 なにより、会話をしておたがいを知ること、歩みよることの大切さを間接的とはいえ教えてくれた男でもあった。それがあったからこそ、彼女は「あのとき」、自分が倒した者たちに力を貸してほしいと懇願することができたのだ。

 しかし、悲しいかな! 天才たるジニーは、その衝動に身をゆだねることができなかった! 

 彼女は、ガンケインがこの運命的な「GUNG-BO」を経て、すりこみめいて彼女を慕っている可能性を考慮してしまった。それはガンケインの思いを疑っていたというよりはむしろ、彼を案じてのものだった。

 ガンケインは「縁がないわけではない」といっていた。ならば、まずはその縁をあらためたほうがいいのではないか? 確かに自分は天才だしかわいいが、家柄がいいわけではないし、いままでの縁のなかにもっと相性のいい女性がいるかもしれない。自分以上に天才でかわいい女性などいるわけがないが、ガンケインは「釣りあう、釣りあわないというのは才能の有無ではない」とか「釣りあっていなくともおたがいのあいだに愛情があれば」とかいっていたではないか。

 さらにいまひとつ救いがたいのは、ジニーが自分自身もまた、すりこみめいてガンケインを憎からず思っているのではないかという疑いを持ってしまったことである! なにせ、彼女がここまで言葉を尽くしてはからずも相互理解を図ったのは「あのとき」がはじめてのことであった。だからこそ彼女は、自分の感情を信じきれなかったのだ。

 その一方で、ようやく芽吹いたコミュニケーション能力の才能を、いろんな男性で試したいという思いもあった。そうすることで、ひとつ証明できることがあると確信していたからである。

 だからこそ、彼女は男性に扮してガンケインを振ったのであった……

「それで、どうだった?」

 ガンケインが出しぬけにいった。戦斧を地面から引きぬきながら。

「……あー……うーん……」

 ジニーは呻きながら立ちあがり、ローブについた草を払った。丘の下では、あきらかに手練てだれた者たちが陣形を再編している。時をおかずして、また突撃してくるだろう。

「……ところでさ、結局あいつらはなんなの?」

 ジニーは話題を逸らした。ガンケインはそのことをあげつらいはせず、答えた。

「男子校の復活を望む者たちだ」

「は?」

「多くは、わたしの母校の卒業生からなる。彼らがいうには、男子校には男子校のよさがあるということだ」

「……で?」

「それを否定はしない。だが、わたしは男子校を復活させたくはない。もう二度と、わたしたちのような『へたれ』を生みうる土壌を築かせたくはない。だから、タイムリミットまでここで粘るつもりだ」

 タイムリミットとは、今回の「GUNG-BO」から導入された新ルールだ。いつまで経っても誰も願いを叶えず、樹が生長しはじめた場合、各所に潜んだ騎士が樹に突撃し、王の考えたたいへん当たりさわりのない願い――今回は、世界じゅうの世帯に好きな家畜の肉一塊をプレゼントするというもの――を叶えるというルールである。

 それを聞いたジニーは、ガンケインの隣に立ち、

「そうこなくっちゃ!」

 と物騒にも拳を鳴らした。ガンケインは兜のバイザーを下ろそうと手をかけ……下ろさずに、ジニーを見て聞いた。

「付きあってくれるのか?」

 ジニーの髪と目と顔の区別がつかなくなった。

「ま、まあ、しょ、証明できたし? つ、付きあってあげるわ」

「どもっているぞ」

「うるさいわね! 前向きな努力の結果よ!」


 それ以来、「GUNG-BO」は毎回タイムリミットを迎えたそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の騎士♂と天才魔術師♀はこじらせている 不二本キヨナリ @MASTER_KIYON

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ