第18話
……何?
急に血生臭い。
嘘でしょ? まさか、口封じ?
パン屋の近所の人とは面識がないけれど、メイドのジルのことは知っている。知り合いがそんな恐ろしい最期を遂げたなど、信じたくなかった。
「更に、最大の問題となる麻薬の密売の件だが……ウォルト、頼む」
「承知しました。クローディア嬢が小麦を購入し配送を依頼した商会には、確かにクローディア嬢が全量の小麦を領地に送ったという指示書が存在していました。うまく隠されていて、探すのに苦労しましたよ。途中で誰かが、内容を書き換えた別の指示書を作成したのです。更に、何者かが小麦の中に麻薬を隠した」
私は違和感を覚える。
指示書を改竄したことを隠蔽するなら、元の指示書は隠すのではなく破棄するべきだ。
つまりそれは……指示書の改竄を隠すのが目的ではない、ということだろう。
あえて、証拠を残した?
「そして調査を進めると、行方が分からなくなっている人物がいることが分かりました。その人物は、クローディア嬢の小麦を検品していた人物で、自宅には麻薬の在庫が多数残されていました。残念ながら、本人はもう土の中でしたけれどね」
私は背筋がスッと寒くなる思いがした。
あまりに、死者が多すぎる。
自分の目的のために、何人もの命を平気で奪う人間がいる。
しかも、多分この中に。
私は急に恐ろしくなった。
「つまり……真相は闇の中。そういうことかな?」
大公が静かに告げる。
その顔には何の感情も感じられない。
確かに、その調査で分かったのは、私の罪は冤罪だったということだけ。
何故彼らがそんな事をしたのか、他に黒幕がいたのか、一切わからない。
それで逃げるつもりだったのか。
真相を闇に葬って。
何人もの命を奪っておいて、そんなことが許されるのか。
「……なあリチャード。俺が偽の証言者や偽の証拠に気付く時、それはいつもお前の話を聞いた後だった。何か、知っているんじゃないのか?」
大公の言葉には答えず、トラヴィスはリチャードを見詰めて尋ねた。
やはり苦しいのか、少し悲しそうに眉を下げている。
ずっと友人だと思ってきたんだもん。疑うのは悲しいよね。
「確かに私の発言が、誤解を招いてしまったのでしょう。謝ります。ですが陛下、この様なことが許されるのでしょうか。一人の罪のない令嬢が、あのような目に遭ったのですよ? こんな事態を引き起こした殿下には、責任をとる必要があるのではないでしょうか!」
リチャードが話をすり替えて、王に訴える。
今はトラヴィスたちの責任の話はしてない!
「リチャード、止めなさい。しかし殿下、その言いぶりでは、まるで愚息に何か原因があるように聞こえます。まさか、そんなことはありませんね」
大公が静かに、怒りを宿した目でトラヴィスを見る。
落ち着いている分、余計に威圧感を感じる。さすが、王族といったところだろう。
「大公閣下。言い逃れは出来ませんよ。僕は見付けたんです。ロベリア先生が、殿下を洗脳していた証拠を」
シリルがその空気を破り、毅然とした態度で大公に対峙する。
お互いに目を逸らさない。
「相手に自身の魔力を一定期間繰り返し注ぐことで、相手を洗脳することが出来る場合があるんです。魔力というのは、魔法として外に発散しない限り一定期間体内に滞留します。時と共に自然と入れ替わりますけどね。ですがもし殿下の体の中にロベリア先生の魔力が存在したら、先生が殿下を洗脳しようとしていた証拠になります」
そう言ってシリルが、懐からどこかで見たことのある2つの球体を取り出した。
あれは……
「魔力測定器?」
そうだ。
あれは、その人がどれだけ魔力を持っているのか測るために用いる魔力測定器だ。
あの球に手をかざすと、球にオーロラのような色とりどりの波紋が浮かび上がる。その波紋が大きくそして鮮やかに光り輝いていれば魔力が多く、反対に、波紋が小さく褪せた色をしていれば、魔力が少ないということだ。
私が手を翳した時など、オーロラというより太めの毛糸くらいの波紋しか出なかった。苦い思い出だ。
「この魔力測定器は、魔力量だけじゃなくて魔力の波長も分かるでしょ? 魔力の波長は家系によって異なる形になることは知っていますよね。ロベリア先生と殿下は、親戚だから本来はほとんど波長は一緒なはずなんだけど、殿下だけは特別でしょう?」
みんなはっとした。
そう、トラヴィスは王の色の発現者。
発現者だけは、非常に特殊な魔力の波長を持つ。
私も一応婚約者だったのでトラヴィスが測定器で測った所を見たけれど、美しい銀と金の光でいっぱいで、もはやオーロラではなく太陽そのものと言った風だった。
じゃあ魔力がすごく強いかと言うと、そういう訳ではなくて、色の発現者はその光の強さで魔力量を測るそうだ。
何が言いたいかというとつまり、リチャードの魔力が存在したなら、すぐに違いに気付くだろうということだ。
「殿下、測定器に手を翳してもらえますか? こちら側はロベリア先生、お願い出来ますね」
シリルは有無を言わさないと言った様に促す。
ここで拒否するのは得策ではないと思ったのか、リチャードは存外大人しく従った。
皆一様に、息を呑む。
トラヴィスとリチャードは恐る恐る、測定器に手を翳した。
瞬間、リチャードの測定器に色鮮やかなオーロラが現れる。
そしてトラヴィスの球は、ピカーっと光り、かつて見た小太陽が出現した。
え。
分からん。
全く何かが混じってる感じがしなかった。
だって眩しすぎるし。
え、これ失敗じゃないの……?
「ぷっ……ははは! 私の魔力は、全く混じっていなかった様だね。残念だよ、君たちはまた一つの冤罪を生んだのさ」
リチャードが歪んだ顔で笑い飛ばした。
ううう、困ったことになったぞ。
他にどう確認すれば……。
「せっかちはいけませんよ先生。僕は、『証拠を見付けた』と言ったんです。いいですか、一見何も含まれていない様に見えますけど、長い間魔力を流されたせいでかなり魔力が絡まっているんです。最後に魔力を流されただろう時が約1年前というのもあって、だいぶ薄れていますしね。さあ殿下、すみませんがまたこれを飲んで貰えます?」
そう言ってシリルは、何やら怪しい液体をトラヴィスに渡した。
そしてそのまま私の方を向き、したり顔で言った。
「これは僕が作った、柔軟剤だよ」
???
柔軟剤?
いやそれ飲んじゃダメじゃん? しかもなんで今柔軟剤??
「柔軟剤っていうのはものの例え。大丈夫飲んでも安心なものだよ。柔軟剤の原理を、魔法薬に応用してみたんだ。
柔軟剤の原理は陽イオン系の界面活性剤の分子に含まれるプラスの電気を帯びている親水基と水に濡れた繊維のマイナスイオンが反応して……」
一同、ポカーン。
ナニイッテルンデショ?
シリルは咳払いをして、続けた。
「つまり! 洗濯物に柔軟剤を入れると滑りが良くなって絡まりにくくなるのと同じように、魔力の絡まりも取れて分離しやすくなる薬ってこと! まあ一時的なもので、しばらくするとまた絡まっちゃうんだけどね」
一気にシリルは説明すると、再度魔力測定器を取りだした。
「はい殿下! もう1回!」
「うう……あの薬の味はもっとどうにかならないのか……」
あの感じ、何回かシリルに試されているな。
実験や研究になるとシリルは人が変わるようだ。
安全だと言ってたし……大丈夫……だよね?
頑張れ、トラヴィス。
再度トラヴィスが測定器に手を翳すと、先ほどと同じように球が光り……あっ!
みんな気が付いたようだ。
先ほどにはなかったオーロラのような揺らぎが、測定器の中に生じている。
しかもその揺らぎは、先ほど見たリチャードのものに似ていないだろうか。
「この通り。薄くなっていますけど、ロベリア先生の魔力ですよね、これ」
「っ……何をふざけたことを……! そもそも君が飲ませた薬は、本当に信用出来る代物なのか? それこそこのような魔力の揺らぎを作るためのものじゃ」
「これはね、先輩魔導士たちにも見せた上で効果が高いと実証されたものだよ。それを否定するなら、魔導士たち全員を敵に回さなきゃ」
魔導士というのは、非常にプライドが高いそうだ。だからこそ自分が認めたものには絶対の自信を持っているし、それを批判されたとなれば、相手を恨むこともあるという。
国の根幹を成す魔導士に恨まれるということは、恐ろしいことだ。
リチャードは少し焦りを滲ませた。
「それにまあ、もっと直接的な証拠もあるしね。ウォルト先輩、お願いします」
声を掛けられたウォルトは、懐から手帳を取り出した。
それはひどく汚れており、土がついている。
「これは、商会で行方不明になっていた男の墓から見つけたものです。中には、短い日記の様なものが書かれていました。ここに書いてあるんですよ。先生の名前も、企みも」
な、なんと調査の為に墓まで暴いたということ!?
ウォルトは手帳を開くと、読み上げ始めた。
『○月×日、リチャードから極秘の依頼があった。他の誰にも言わないでくれだって。「昔のよしみだ、頼れるのはお前だけ」なんて頼まれたら、断れないだろ。しかしまさかうちの商会が麻薬の密売の隠れ蓑にされてるなんて、許せない!』
『○月△日、リチャードの依頼通り、とある令嬢の発注した小麦を一部こっちに送る事が出来た。リチャードの用意した小麦と交換して、指示通りに仕入伝票と一緒に麻薬を使いの男に渡した。これで悪の尻尾を掴めるだろう』
『○月□日、きちんと入れ替えたはずなのに、なんで交換した方が麻薬だったんだ!? 何かがおかしい。その後リチャードは何も言ってこない。何故だ?』
そして最後のページを、ウォルトが読み上げる。
『殺される。あいつは化け物だ』
走り書きで、そう書いてあったそうだ。
「この商会の男性は、先生が市井で暮らしていた時の知り合いですね。当時のあなたを知る人を探し出して聞きましたよ」
ウォルトが手帳を閉じ、リチャードに鋭い視線を投げる。
「まさか彼がズボンの中に手帳を隠し持っているとは、気づかなかったようだな。あのクローディアの麻薬密売事件は、お前が偽装したものだということだ。
目的は、偽の餌に釣られた俺を、クローディアの冤罪に誘導すること。違うか?」
トラヴィスが、リチャードを睨み付ける。
リチャードはいよいよ、悔しさを滲ませた顔を見せた。
「本当なのかリチャード……? 本当に、お前が……?」
ラーディクス大公が、困惑の表情でリチャードを見つめる。
信じられないという驚きと、どこか悲しんでいるようにも見える。その顔は、とても演技には見えかった。
私は思わずトラヴィスたちに視線を向ける。
トラヴィスたちも驚いたように互いに視線を交わした。
私たちは大公が黒幕だと思っていたけど……まさか……。
「あはははは!!」
そんな私たちの困惑を嘲笑うように、リチャードが声を立てて笑った。
「そうだよ! 俺がやったんだ! 王の色の発現者? 馬鹿らしい!! お前のような甘ったれたクソガキに、王の器なんてある訳ないだろ!!? だから俺がなってやろうと思ったんだよ!! 弱腰の親父は全く当てにならねえしさあ!!」
リチャードは酷く歪んだ顔で、綺麗に結んでいた髪を掻き上げて叫ぶ。
これが、あのリチャードなのだろうか。まるで、別人だ。
「最初は気付かなかったさ、お前が王子だなんて! だってお前みたいな乳臭えガキがこの王国を担う王子サマだなんて、誰が想像すると思う!? けど、気付いた時には女神が俺に味方したと思ったね!! 洗脳の仕方はガキの頃から母さんにバッチリ仕込まれてんだ。失敗するはずないだろ!! なのに……くそっ!!! あの時空の歪みが……!!!」
リチャードは頭をガシガシと掻く。
強すぎて痛そうだ。
目が完全に座っていて、正気を失っているように見える。
「やっと母さんの願いが叶えられると思ったのに……母さんの復讐が出来ると思ったのに……全部お前のせいだクローディア!!」
そう言って血走った目で私を睨み付ける。
そこには、深い憎悪が見て取れた。
「せっかくお前を使ってやろうと思ったのに……俺を虚仮にしやがって!! お前が異世界からこっちに生まれてこなきゃあ、上手くいったんだ!!!」
リチャードが唾を飛ばしながら私に掴みかかろうとする。
すると、ニコラスが剣を抜き、ウォルトとトラヴィスがリチャードの前に立ちはだかり、お父様とお母様が、私を抱きしめてくれた。
「これ以上、聞くに堪えない暴言はやめてもらおうか。……かつては、お前を友だと慕ったこともあったというのに。陛下、この者を叛逆者として牢に繋ぎます。よろしいですね」
トラヴィスが玉座を見上げて、問う。
それまで静観していた王は、長い溜息を吐いた後、頷いた。
「……そうしよう。この者を投獄せよ」
王の言葉に、近衛騎士はリチャードを取り押さえ、引き摺っていく。
「王になるのはこの俺だ!! 俺こそが王の器だ!!!」
リチャードは最後の最後まで、そう喚いていた。
そんなリチャードを、トラヴィスと大公は、複雑な顔で見送った。
「陛下。我が愚息が大変申し訳ございませんでした。どのような処罰も甘んじて受け入れる所存です」
大公が床に片膝を突き、頭を下げる。
その姿は、一気に老け込んだように見えた。
「沙汰は、追って下そう」
王は大公に告げる。
その表情はどこか、悲しげに見えた。
色々勘繰ってしまったけれど、王と大公は仲の良い兄弟なのかもしれない。
弟を立てる兄と、兄を心配する弟。
互いが互いの立場を理解して、一緒に国を支えているんじゃないかな。何となく、そう思えた。
その後集まりは解散になって、私たちは家に帰ることになった。
今度はシリルも一緒だ。
トラヴィスとウォルト、ニコラスにきちんとお礼が言えなかったのが心苦しい。いやちゃんと正式には言ったのだけど、本当の私の言葉で伝えたい。
日本でのように、対等な友として言いたかった。
でも、この後は事件の後始末やらでなかなか会えなくなると思う。
ちょっと……いや、かなり寂しいな。
でもとにかく今はシリルを休ませることが大事!
この1ヶ月、スマホの充電器作って、私が次元移動した理由を調べて、魔力柔軟剤まで作ってたんだもの。いつ倒れてもおかしくない!!
「もう〜〜!! こんな無理して!! 若いからって過信しちゃダメだって蘭の方のお父さんが言ってたよ!?」
「あはは。でも、どうしても姉さんのために出来ることは何でもしたかったんだ。……僕、役に立ったかな?」
馬車の中で、なんか弱々しい感じで心配そうに尋ねられたら、もううんとしか言いようがないじゃん!!
「〜!! なったよ!! なったけど〜!!」
「あらあら。クローディアとシリルがこんな風に仲良くしてるのを見るのは、何年振りかしらね」
「ニホンでは、いつもそんな風に仲が良かったのか? 羨ましいな」
お父様とお母様が、とても温かい目で私たちを見つめる。こんな風に、普通の家族のように四人で話すのは、これが初めてだ。
こうして私たちは、だんだん本当の「家族」になっていくのだろう。
今更だけど、きっと遅くない。
これから、段々と私たちのペースでやっていけば良いんだから。
なんて、私の感傷をぶち壊す爆弾発言を、シリルは投下した。
「父さん、母さん。僕、オーキッド家を出てエケベリア家に戻るよ」
えええーーー!!!
何でよ!!!?
私は思ったことをそのままに、口から叫んだのだった。
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