最終話

 

 それからしばらくは、とても慌ただしい日々が続いた。



 リチャードは最初こそ騒いでいたものの、現在はまるで燃え尽きたように静かにしているという。

 取り調べにも大人しく従っていて、ぽつぽつと語っているそうだ。



 当初リチャードは、トラヴィスの命を奪おうとしていたらしい。

 けど王の色の発現者のチートスペックにより上手くいかず、次は王位継承権を放棄するよう洗脳しようとしたらしい。

 でも、出来なかったと。

 それは偏に、トラヴィスがそれを望んでいなかったからだと思う。なんだかんだ文句を言ったって、自分が王にならなければいけないことは自覚していたし、そうしようと思ってたって事だ。


 で、元々好感度の低かった私のことをより嫌わせて、婚約者を蔑ろにする最低王子として評判を落とそうとしたようだ。

 けど私の評判があんまり良くなかったもんだから、今度は可憐な男爵令嬢に現を抜かす間抜け王子にしようとしたようだけど、全然ミシェルはトラヴィスを落とせない。全く魅力を感じてなかったのか、洗脳も効かなかったみたい。

 知らなかったんだけど、ミシェルが逆ハー築いてると思ってたのは私くらいのもので、他の人はミシェルがトラヴィスたちに纏わり付いてると思ってたらしい。

 つくづく、私の目は節穴だ……。


 最終的にリチャードは、不確かな証拠で婚約者に冤罪をかけた愚鈍王子っていうレッテルを貼ろうとした。

 本当は私を仲間に入れようと思ってたみたいだけどね。確かに私がグルになれば、もっと上手く陥れることが出来たかも。だから私に近付いたのか。

 うん、何もないのに私に好意を抱く訳ないよね……恥ずかしい……。


 私がリチャードに口説かれてたって話は、特に必要も感じなかったしみんなに言ってなかったんだけど、それを耳にした時の皆は怖かった。

 シリルなんて、今すぐリチャードが繋がれてる牢に行く勢いだった。

 何するつもりだったの……? 有難いけどシスコンが過ぎる。



 リチャードの動機だけれど、それは彼の母にあることが分かった。

 彼の母である元大公家のメイドは、実家の男爵家が没落したのは国のせいだと逆恨みをしていたようだ。実際は、当主である彼女の父が投資に失敗したのが原因だというのに。

 彼女は大公の子を妊娠したことで、身の程知らずにも野望を抱いた。

 もしもこの子が王の色の発現者であれば堂々と王宮の門を叩き、そうでなければその座を奪い取る機会を得る為に、姿を眩ませた。

 そうして幼子の頃から、リチャードは自ら王座に座ることこそを自分の存在意義だと信じて育ったのだ。リチャードの母は既に病気により命を落としていたけど、それでもなお、リチャードの中でその野望は育っていった。

 言ってみれば、リチャード自身も母に洗脳されていたようなものだ。哀れではあるけれど、その罪を考えれば軽い処罰で済ませることは出来ない。

 リチャードは、ただ一つ命だけは助けられ、北の辺境の地で生涯幽閉となった。

 その場所は、冬には凍死する者が後を絶たないほど、とても厳しい環境なのだという。

 これからの彼の人生は、生きている限り、辛いものになるだろう。



 大公家は、責任を取ってその爵位を返還した。

 ラーディクス元大公が持っていた伯爵位を、本人存命中の間だけ冠することになった。

 元大公にはもう子どもは居ないし、粛々と受け入れて夫人と共に余生を領地で慎ましく過ごすことにしたそうだ。



 ちなみにミシェルは、半年ほど謹慎した後、普通にアカデミーに戻ってきた。

 かなり厳命されたようで、もうトラヴィスたちの周りには来ないけれど、時々すごい目でこちらを見ている。

 激強メンタルじゃない? すごくない??

 聞いた話でしかないけど、彼女は自分の容姿に絶対的自信を持っていて、自分が近付けば男は必ず落ちると思っていたようだ。

 トラヴィスが自分を好きになるのは当然で、クローディアが嫉妬するのも当然だ、という強い思い込みがあって、シリルがクローディアを庇うことすら、姉に無理矢理言わされているのだと思っていたのだという。

 疑ったけれど、特に元の世界の知識があるということはなさそう。そうなると、いっそ逆に恐ろしいのだけど。

 え、だって乙女ゲームのヒロインだと思ってる訳でもないのに、男はみんな自分が好きだと思ってるなんて、かなりヤバくない……?

 とは言え、彼女が嫌がらせをされていたのは事実だし、それを、まあ元々思い込みがあったとはいえリチャードの言葉で私が犯人だと確信してしまった訳だから、彼女は被害者に違いない。

 これ以上何かしでかさなければ、もうお咎めはなしとなると思う。




 トラヴィスは今回の事件を、異世界に渡ったという事実も含めて広く公表した。

 最初は皆半信半疑だったものの、実際に目撃した人物が多数居たことと、その後トラヴィスが提唱した画期的な施策の数々に、国民たちは納得する他なかった。

 トラヴィスが手始めに行った戸籍制度は、これからのフロース王国を大きく変えていくことになるだろう。


 ちなみに私とトラヴィスとの婚約は、現在保留中だ。如何に洗脳されていたとはいえ、衆人環視の中私を貶め、婚約破棄を叫んだのは事実。王はこのまま婚約を継続すべきかどうか、悩んでいるようだ。

 お父様は「昔から花ばかり贈ってくる殿下が心底気に入らなかった。このまま婚約破棄で構わない」と息巻いている。断れない婚約に、せめて仲が良好であるようにと私には贈り物をさせていたようだけど、本当は嫌だったんだな。

 お母様はまた笑顔で「ディアを大切にしない男性とまた婚約させるようなことがあれば、離婚ですわよ」とお父様を脅している。

 意外と尻に敷かれてるの? お父様。



 ニコラスは、相変わらず騎士としての鍛錬を積んでいる。

 元の世界に行っていた時も鍛錬はしていたから筋肉が落ちたりはしてなかったけど、やっぱり剣が振れないと言うのはハンデになってしまったようだ。だから必死にトレーニング中らしい。

 でも、これまでのように脇目も振らずに無我夢中でやるという訳ではなくて、少し視野が広がり、楽しむ余裕が出来たようだ。


 そうそう、実は私とニコラスは2人でユニットを組んで人前で歌ったりする活動をしている。

 ニコラスが、「音楽はもっと自由になれるとみんなに知らせたい!」と熱く言うものだから、恥ずかしいけれど一緒にやってみることにしたのだ。

 やっぱりなかなか人に受け入れられるのは難しいけれど、それでも若い貴族を中心に、結構話題になってきた。

 スマホに入ってる音源を使って、こちらの世界の楽器で表現出来るかなど目下試行中。まだまだ可能性がたくさんあるから、これからのことを考えるのがとても楽しみ。



 ウォルトは自信をつけて親戚たちを圧倒し、次期ハイドレンジア侯爵としての地位を固めつつある。

 元々実力は十分だったんだもの。後は自分こそが後継者だっていう意識だけだったんだよね。

 それと同時に、なんとアイドルグループのプロデュースを始めた。アイドルオタクの真髄、ここに極まれり! って感じだね。

 どうにかアイドルという文化をこの世界にも作りたいみたい。

 ウォルトがプロデュースするアイドルグループは下級貴族の令嬢たちで結成することにしたのだけど、これがなかなかに評判になっている。私とニコラスが現代日本風の音楽を布教しているのも、相乗効果を生んでいるのかも。

 まだ活動を始めたばかりだけれど、集めた資金はチャリティーに使われるということも相まって、もしかしたらこのまま定着しちゃうかもしれない。




 そして、シリルはというと。

 彼は本当に自身の言葉の通り、オーキッド公爵家から抜けてエケベリア伯爵家に戻ることになった。

 お父様と2人で随分長い間話し合って、お父様も頷いたことだったから、きちんとした理由があるんだろう。

 でも何故か、私には教えてくれない。雰囲気から察するに、お母様も知ってるっぽいのに。

 向こうの世界で結構絆が深められたと思っていたのに、仲間外れにされたみたいでいじけてしまう。

 そうシリルに言うと、「時が来たら、絶対に話すから。それまで待ってて」と良い笑顔で言われてしまった。


 そんな風に言われたら、待つしかなくね? ずるくね?

 そんな私の思いとは裏腹に、シリルはどんどんと新しい魔道具を開発していて、一躍時の人となってしまった。

 何せシリル、携帯電話(プロトタイプ)を作り上げてしまったのだ……!

 カメラや音楽の再生機能を持たせるのは流石にまだ難しいようだけれど、遠く離れたところにいる人間と簡単に連絡を取れるなんて、それだけで大革命だ。

 基地局代わりの魔法伝達装置の設置は、トラヴィスも関わって国の大プロジェクトとなった。



 これから社会は、大きく変わっていくだろう。

 その中心に、私たちが居る。








 本当に色々なことがあった。

 みんなバタバタとしていて、この日を迎えられることがとても嬉しい。



「良い天気ーー!!」


 空は快晴。

 季節は春。


 私は公爵令嬢にあるまじき大きな伸びをした。

 というのも、今日は気心知れたメンバーだけで、久々に集まったからだ。


「天気が良くて本当に良かったですね」

「このメンツ、日本に居た頃を思い出すな!」

「時間がかかってしまいすまなかった。もっと早く集まれれば良かったんだが……」

「僕も、色々時間がかかっちゃって……ごめんねクローディア」

「ううん、私も、決心するのに時間が必要だったから」


 口々に話しながら、私たちは王都を一望出来る丘の上の墓地にやってきた。

 離れた所に護衛はいると思うけど、見える所には私たちだけ。

 なんだかとても懐かしい。

 でもどうしても、今日という日は、この5人で迎えたかった。


 今日は、蘭のお父さんとお母さんの遺骨をお墓に埋葬する日なのだ。




 私が階段から落ちた時、ニコラスとトラヴィスはお父さんとお母さんの遺骨を持っていた。そしてそれを、次元移動する時も離さず大事に持っていてくれたのだ。

 私が日本のある世界に未練があるとしたら、それはお父さんとお母さんのことだけ。


 伯母さんには迷惑をかけてしまったなとか。

 結局伯父さんのお見舞いが出来なかったなとか。

 せっかく復学したのにこんなことになって申し訳ないなとか。

 バイト先にも迷惑かけたなとか。


 そう思うけれど、だからと言って向こうの世界に絶対戻らねば! とは思えない。そもそも、向こうでは死んでしまったのだし。

 せっかく大好きな京都のお墓に眠ろうと用意していたのに、京都どころか次元の違う世界に眠ることになろうとは、お父さんもお母さんも思っていなかったと思う。

 何だかお父さんとお母さんに申し訳ないな……という話をしたら、「蘭の居ない世界に眠ったって、蘭のお父さんとお母さんは嬉しくないんじゃない?」とシリルが言ってくれた。

 ありがとう。

 お父さんも、お母さんも、そう思ってくれるかな。





 京都ではないけれど、せめて王都の街並みが見渡せるように、景色のいい場所にある墓地に2人を埋葬することにした。

 オーキッド家のタウンハウスからもそう遠くないし、ちょくちょくお参りに来られそうだ。


 フロース王国では基本土葬だから、遺骨の埋葬というとかなりスペースが余ってしまうのだけど、代わりに2人の間にハナミズキの木を植えた。元々樹木葬にしたかったみたいだしね。

 今はまだ花がついていないから、私も取り乱さなくて済む。でもいつかきっと、この花を見ても平気なようになる。

 一つ一つ、乗り越えていくから。


 墓標の名前は、漢字そのまま。

 どうしてフロース王国と日本の言葉や文字が一緒なのかは、理由がさっぱり分からない。

 けれどもしかしたら、過去にも私のように次元を渡った人がいて、その人が広めたのかな……なんて夢想する。

 本当のところは、さすがのシリルでも分からないそうだ。




「これでやっと、2人ともゆっくり休めるね」


 2人の遺骨が収まったお墓を眺めながら、私は自然と笑顔になった。

 フロース王国でお参りと言えば、お墓の前で頭を下げるだけなのだけれど、私は日本流に両の掌を合わせる。

 トラヴィスたちも、倣って同じようにしてくれる。


「お父さん、お母さん。これからクローディアとして、頑張るね。どうか見守っててね」


 思わず、涙がこぼれた。

 トラヴィスはそんな私の肩に手を置いて、温かい視線を向けてくれる。

 シリルも私の手を握って、微笑んでくれた。

 ウォルトは目元を和らげて、ニコラスは何故か私以上に号泣している。


「私、今すごく幸せだよ。大切な友だちが居るから」


 私は泣き笑いの表情で、そう告げる。


「俺たちにとっても、彼女は大切な存在だ。もしも蘭がこの世界に来てくれなかったら、あの時次元移動していなかったら、日本で世話をしてくれなかったら、きっと最悪の事態が待っていたことだろう。まるで、女神の思し召しのような……」



 お墓の中のお父さんとお母さんに向かって語りかけていたトラヴィスは、急にハッとした表情でこちらを振り返る。

 私も、シリルたちも気付いた。



 なんで私がこの世界にやってきたのか。

 なんで彼らまで次元移動したのか。

 シリルが理由を調べてくれた。

 けど、偶然にタイミングよく全てのことが噛み合ったのは……まさか……


「「「「「女神の思し召し……?」」」」」



 王の色の発現者は、何故かいつも幸運に見舞われた。

 歴史上謀反を企てた者たちは、いつも必ず色の発現者に敗れてきた。

 時には大雨が反逆者を押し流し、

 時には突如発生した害虫の群れに反逆者の兵糧は食い荒らされ、

 何か超次元的な力が、それこそ女神そのものの力が、色の発現者を守っているかのようだった。

 もしかして。

 今回の一連の流れも、そういうことなのだろうか。



「女神よ、見ていてくれ。俺はきっと、日本に負けない豊かな国を作る」


 私たちは王都を見下ろしながら、同じ気持ちを共有していた。

 こんな国、どうでもいいと思っていたはずなのに。

 でも今は違う。

 大切な人たちが暮らす国だから。

 私は、ここで生きてくんだ。








 墓地を後にして、なだらかな坂をみんなで下っていく。

 この丘は視界が開けた所が続いていて、とても景色がいい。


 先頭にはトラヴィス。

 次に相変わらず非力なウォルトをニコラスがいじりながら歩いている。




「クローディア。ちょっといいかな」


 前にいる3人から再度景色に視線を移した時、シリルが私を呼び止めた。


「なに?」


 振り返る私の目に、殊の外真剣な表情のシリルが飛び込んできた。


「ずっと黙っていてごめんね。本当はもっと功績を出してから言うつもりだったんだけど……なんか、今言いたくなっちゃった」


 シリルはそう言うと、私の前に跪く。


「あのね、僕がエケベリア家に戻ったのは、クローディア。貴女に婚約を申し込むためだよ。僕のこと、まだ弟だと思ってることは分かってる。でも、僕努力するから」


 私の手を握り、真っ直ぐな瞳で私を見上げる。


「絶対、貴女を振り向かせるから。覚悟してね」


 そう言って、いつもの可愛らしさとは異なる、色気のある不敵な顔で笑った。



 ドキッとする。

 やばい。

 これは所謂、ギャップ萌え……!!



 みるみる自分の頬が赤くなるのを感じる。

 困惑と恥ずかしさで、思わず口がパクパクと開いてしまう。



「それは困るな。クローディアは俺の婚約者だぞ」


 いつの間に戻ってきたのか、トラヴィスが隣にやってきて、私の肩を抱く。


 えええ??

 なんですかこれは???


「ふんっ! 今は、でしょ?」

「いいや。今までもこれからも、クローディアは俺の婚約者だ。クローディア、俺も、これまでの失態をこれから挽回していくと誓おう。側にいてくれ」


 トラヴィスは私の肩を抱いたまま、いやに顔を近付けてくる。


 近い近い近い……!!!

 顔が良い! 色が目に痛い!

 目が潰れる……!!!



「クローディアにもいずれはアイドルとして舞台に立って貰おうと思ってるんです。アイドルは恋愛禁止が常識ですよ」

「俺とクローディアはこれからも一緒に歌うんだ! だから婚約なんて先だ先!!」


 ウォルトとニコラスまでもが割って入ってくる。



 何!!

 何なの急に君たち!!!



「「「「さあ、誰を選ぶ?」」」」



 って乙女ゲームじゃないんだからーー!!!




 私は思わず駆け出した。

 後ろから彼らが追いかけてくる。

 なんかめっちゃ速い。



 これからの私の人生は、穏やかなものではなさそうだ。

 そう、諦めたのだった。


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異世界転移したけど元の世界に帰って来ました!(ただし私を陥れた攻略対象付きです) 九重ツクモ @9stack_99

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