2022/12/18 第18話

「何すか?」

「お前、今日いつもの格好だな?」

「っすね」

 おれは仕事中は大抵スーツに革靴で通している。霊能力者の助手が本来どんな格好をすべきかおれ自身よくわかっていないのだが、スーツなら毎朝何を着るか考えずに済んで楽だし、先生からも注意を受けたことはない。大学に行くからと言って特に着替えたりもしていなかった。

 先生はおれの格好を上から下まで一通り眺めると、「ちょっと頼みがあるんだが」と言った。

「えっ、な、なんすか?」

「外に出て、門扉から敷石の上をなるべく静かに通って応接室の掃き出し窓のところに行け」

「は?」

 よくわからないことを頼まれてしまった。まぁそれくらいならすぐにできるので、おれは言われた通り外に出た。寒い。

(何でこんなことやってんだ……)

 心の中でぶつぶつ言いながら、言われた通りのコースを歩いた。その後玄関から中に入ると、先生が応接間から顔を出した。

「おう柳、お前忍び足上手いな」

「あ、ども……」

 珍しく褒められたので、ちょっと動揺してしまった。

「じゃ、もう中入っていっすか?」

「いや、上手すぎる。もうちょっと下手な感じでもう一回」

「まじすか」

 で、言われた通りにもう一度寒風吹きすさぶ中を歩いた。

 ここまでくればさすがに(先生は足音を聞いてるんだろうな)と、察しの悪いおれにもわかる。そういえば来美さんが初めてここに来たとき、誰かが外にいたはずだ――

「おお、柳。戻ったな」

「外めちゃくちゃ寒いっすよ!」

「悪い悪い。今度これ。靴履き替えて」

 先生はそう言ってスニーカーを差し出してきた。

「さすがにコート着てきていいすよね!?」

「お前のコート? ガサガサうるさいからやだ」

 やだ、じゃないよ。

 結局寒風吹きすさぶ中、おれは靴を履き替えてもう一度同じコースを歩く羽目になった。


「先生、さっきの足音検証、役に立ちました?」

「え? ああ、うん。うーーーーん」

「めちゃくちゃ微妙な顔してる……」

 外出時間が長かったので、おれは夜七時を過ぎてもまだ雑用をしていた。帰りたいが、先生もまだ映画部からの資料に当たっているので言い出しにくい。相変わらず映画部から借りてきた作品集が垂れ流されているので、通販のお守りを包んだりしながら、それをなんとなく観ることになった。

 院振大に映画制作関連の学部はなく、部員全員が素人のはずだが、それにしてはなかなかクオリティが高い。洞田くんのモキュメンタリーは普通に怖かったし、青井さんの恋愛ものはキラキラして可愛らしい。大寅間くんの作品は筋立てがドラマチックで映像もオシャレだ。南井くんは本当に自分の好きなものだけ撮っているらしく、監督自ら手作りのサメに襲われ、嬉々として食われていた。

(こんな男が三角関係で揉めたりするかなぁ)

 ついそんなことを考えてしまう。

 合間に三分ほどの短編があり、なかなか面白かったなと思ってスタッフロールを見ると、これは新泥さんが監督・脚本を担当しているらしい。多才な子だ。来美さんの監督作品はないのかな――などと思いながら、梱包の終わったものを玄関横に移動させた。ついでにトイレに行って肩をぐりぐり回し、一息ついて事務所に戻ったときだった。

「部長と付き合ってるってほんと?」

 女の声が室内に響いた。

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