第4話 一寸法師も鬼も物語を物語ることに飽いているのかもしれない


 イケオジ鬼のことはギュルちゃんと呼ぶことにした。

 二人揃っておチビになったら、キュルキュルとギュルギュルに聞こえたんだもん。まとめて胸ポケットに突っ込んで連れて帰ってやったんだから文句言うな。


 アパートの部屋で大きく戻す。

 キュルちゃんもギュルちゃんも、全身コーデの画像を選んで小槌を振らせるとピッタリサイズの服が手に入った。超便利システム。

 シャワーの使い方を教えて着替えさせたら、湯上がりイケメン・イケオジの出来上がりぃ。

 こんなのが二人もいると、もうここが私の部屋だと思えない。これは夢かしらん。


「酒はあるか?」


 ギュルちゃんが夢のないことを言い出した。

 さっき血ィ吐いてた人は飲んじゃダメでしょ。どうりで手慣れた嘔吐だったよ、酒飲みめ。


「お酒はないよ。未成年だもん」

「子どもということか? つまらん。女をはべらせ酒を飲む。それが生きる楽しみぞ」


 言ってることは鬼っぽいけどね?

 今のギュルちゃん、アウトドアカジュアルのモノトーンコーデを着こなしてるのよ。おまけに白Tの胸元にサングラス引っかけてて胸筋に目がいくし。フツーに無精髭イケオジ。


「酒ならば小槌で出せ」

「おおそうだ」


 いらん入れ知恵するなキュルちゃん!

 で、こちらもハイネックセーターにジャケット、パンツでクールガイ。って仲良しかよ、二人で宴会の仕度するんじゃない!

 でも出される物が全部、昔風。焼き魚に漬物に、なんだこれ、焼き味噌? 酒も徳利。荒縄でぶら下げるやつ。


「これでよいな。まあ小娘とはいえ女は女。こちらに来い」


 ギュルちゃんがグイと私を抱き寄せた。

 ま、待てい!


「こらア! 家主に何をする!」


 女を抱えてって、めっちゃ鬼の宴会っぽいけど私を巻き込むな!

 悲鳴を上げて離れる私の反応を見て、二人がニヤリとした。


生娘きむすめか」

「おぼこいのう」


 て、貞操の危機……!

 冗談はやめてよね。いくらイケメンでもイケボでも、無理ヤリとかそーゆーの最ッ低!


 ……と思ったら、二人ともつまらなそうに肩をすくめた。


「硬い瓜は好まんぞ」

われは、都に姫を待たせておる」


 さっさと二人で盃を交わし始める。

 待てや、オイ! くっそ失礼な放置プレイだな!


「……あんた達、さっきまで小槌をめぐって争ってたんじゃないの?」

「うーむ?」


 ムスッと言う私を眺め、二人は顔を見合わせた。互いの盃に酒を注ぎ合う。


「我は人並みの体になれれば、ひとまず満足」

「俺は人に俺の物を貸すのが腹立たしかっただけだ」

「それ、時を超え、血を吐いてまでする喧嘩じゃないよね?」


 くだらない。くだらなすぎる。

 呆れる私に、キュルちゃんは洗い髪をかき上げて微笑んだ。


「ひとまず、と言った。我が勝ったのだから、この先も小槌の力を使わせてもらってよかろうな、鬼よ?」

「鬼の宝を持ち去ることは許さぬ。鬼と共に進むとあらば考えるが」


 ふふふ、と笑い合う二人がなんとも黒くて、私はドン引いた。



 一寸法師ってどんな話だっけ。

 老夫婦の元に生まれた、小さくて育たない男の子。いっそ都に出て立身出世をと旅に出る。

 仕えた屋敷の姫のお供でお詣りの途中鬼に会い、打出の小槌を奪う――。


 鬼は殺してない。宝を奪っただけだ。

 私はハッとなった。

 老いた夫婦の育たない子。

 流れた子? 水子の霊?


 ――そうか、一寸法師はなんだ。

 私は考えて怖くなってきた。


 あやかしと鬼。だから共存する。

 力を合わせて立身出世。それは人の世をくつがえすため?

 でも、じゃあ姫は? 姫は人だよね?

 都に待たせていると言ったじゃない。愛してるんじゃないの。ただ利用してるだけなの?



 ブルリと震えた私を冷たく見据え、キュルちゃんがうそぶいた。


「小さく弱き者は、知恵を絞るしか道がないのよ」

「あんたもう、小さくないじゃん」


 小声で言い返した私の顔に、キュルちゃんは優しく手を触れた。ビクッとなる私の唇を、親指でそっとなぞる。


「案ずるな。我らは月が満ちればおとぎの世へ帰る故」

「お伽の世? 京の都でしょ?」

「お伽の世の京の都ぞ」


 わけのわからない私に、ギュルちゃんはニヒルに笑ってみせた。


「我らお伽噺とぎばなしの者どもが住まう処よ。物語の中の者なら誰でもおるぞ」

「え? え? 何、平安時代から来たんじゃないの?」

「この国の平安時代とやらには、鬼が普通に居るものなのか?」


 涼しい笑みを浮かべるキュルちゃんは、硬直する私の髪一房に、静かに口づけてみせた。


「……そういうの、やめてよ」

「我には姫がいるからか?」

「そう。小さいあんたでも愛した人なんでしょ?」

「愛かどうかは知らぬ。我らは物語るのみ」


 物語の中の人。筋書き通りに語り続ける。

 でもそこに真実は? 気持ちは?

 きっと何かがあるんでしょ?


「たまには物語から逸れてみたくなってな。月影の扉を開いてしもうた」


 ふはは、とギュルちゃんが笑った。

 自嘲気味の声だった。







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