第3話 打出の小槌ってガサツ女でも使える魔法少女ステッキじゃん


 公園の入口に立った私をコンビニ店員の鬼は振り向いた。一寸法師の気配を察知したのだろう。


 しかしなんだ。ご丁寧にサンタ帽子でツノを隠すのやめろ。

 確かに『クリスマスケーキご予約受付中』のポスターは貼ってあったね。でもどうしてそれを選ぶかな?


 ラグビー選手以上の体格でサンタ帽のコンビニ店員at公園。


 怪しすぎるでしょ……。




 ――手のひらに乗せてくれ。あの鬼と話がしたい。


 キュルちゃんがキリリと言った。なかなか凛々しい……でも話す間合いに私が連れて行くってことじゃん?


 ――交渉決裂となれば、われを鬼の方に放ってくれぬか。


 そうか、地面から行ったら足しか攻撃できないよね。

 踏まれて終わるのとか見たくないし、それぐらいの協力はさせてもらいましょ。了解!



 ずずい、と立ち上がる鬼。うー怖い。

 でも、この町を守るため。

 行くわよキュルちゃん!



 一寸法師を手のひらに乗せ、鬼へと歩み寄る娘。

 そんな風に言えばなんか物語のヒロインぽいけど、リアルの絵面がギャグでしかない。


 私はスウェットスカートによれたジージャン。

 キュルちゃんはツンツルテン童水干わらわすいかん姿。

 鬼はサンタ帽コンビニ店員。




 ――打出の小槌をよこすがいい。さすれば悪いようにはせぬ。


 キュルちゃんが声を張った。おお、頑張ってる……でも言ってることはビミョーに悪役な気が。


「ふん……強欲なものよ」


 鬼はユラ、と間を詰めて言った。

 やだ低音イケボ。それに顔だけをよく見ればわりとイケオジだよ? ワイルド系の。


 ――強欲で結構。我にその小槌が必要なことはわかろうに。


「居直るな! 鬼の宝を奪い取るしかできぬのか!」


 え。

 鬼の? あれ、打出の小槌って元々誰の物だっけ。そういや知らん。

 鬼っていうだけでなんだか悪者みたいな気がしてたけど。おいキュルちゃんよ?


 ――今のおまえが持ったところで、そんな服を出すのが関の山。ならば我がく使ってみせようぞ!


 麦わらの鞘から抜いた針を構えるキュルちゃん。

 なんかカッコよく言ってるけどさあ、内容は完全に悪役じゃん! おい、キュル!


 ――投げよ!


 ああもう知らん!

 考えるのは放棄。吠えて威嚇する鬼に、私はキュルちゃんを投げつけた。

 あ、ヤバい! 思ったより豪速球!

 キュルちゃんが、大きな鬼の口にストラァーイクッ!


 鬼が驚いて口を閉じ、ゴックンてしたのがわかった。


 あ。

 これ死んだかも。

 どうしよ、一寸法師を殺しちゃった。


 すると、鬼が喉を押さえた。

 そして胸。腹。



 ……一寸法師ってどうやって鬼を倒したんだっけ。

 針で目を突っついてとかじゃなかった? それは桃太郎のキジのクチバシか?

 覚えてないよ。昔話には倒される鬼が多すぎる!



 どうしよう、とオロオロ見てると、鬼の口の端から血が垂れた。ひいッ。

 ダメだ、鬼だろうと死ぬのは見たくない。もうやめて、キュルちゃん!


 と思ったら、鬼が自分の口に指を突っ込んだ。


「グボェッ!」


 盛大な嘔吐の音とともに、血と一寸法師が鬼の口から吐き出されたのだった。





 キュルちゃんは針で鬼の腹の中を傷つけていたらしい。やめてやれよ、リアルガチで胃に穴を開けるのは。


「ほらよ」


 鬼はコトリ、と小槌を放り出し、口の端の血を拭った。

 戦いきったぜ……みたいな雰囲気出すのはどうかと思うけどね。

 キュルちゃんが私を見上げる。


 ――これを振ってくれ。大きくなれ、と唱えながら。


 おお。それ、一寸法師と共にいたお姫様のセリフじゃない?

 なんだか魔法を使うみたいだなあ。

 ステッキとはだいぶ違うけど、私は小槌を振った。


「大きくなあれ!」


 フモモモ、と成長したキュルちゃん。

 その姿に私は腰を抜かしそうになった。


「ちょ、嘘お!?」


 身長180センチぐらいあるよ? それに目元涼やかな和風イケメン青年だよ?

 で、それが……血まみれのツンツルテン水干姿なわけですよ。手には巨大化した針も持ってるし。シュールにもほどがあるって!


 いやあでも、この針で鬼を倒したわけか。伝説のつるぎ並みの名剣じゃん?

 エクスカリバーとかと並び称されていいんじゃないの。破魔の剣、おうなの縫い針! とかいってさ。


 キュルちゃんは針をシュッと振って血を払うと鞘に納めた。いちいちカッコいいな、このサイズになると。

 だけどちょっと物申したい。


「あんた達……そのカッコ、目立つんだけど。どうにかならん?」


 誰もいない公園だけど、近所の人が窓から見てたりするかもじゃん。自主映画の撮影でーす、ぐらいしか言い訳が思いつかないよ。


「服ならば小槌で出せようが……」


 ちょっと待って!

 キュルちゃんもイケボ! キュンキュン!


「……ここで着替えよと?」


 その血まみれ姿で流し目しないで。凄絶で美しくて、萌え死んじゃう。

 こんな男に外で着替えさせちゃいかーん!

 どうしよう。昨夜こいつの裸、めっちゃ見たよ。あれはちっともドキドキしなかったのになあ!


「き、着替えはダメ。ああ、さっさと元の時代に戻ったらどう? あのモヤモヤの扉を出してさ」


 お別れするのはもったいない気もする。こんなイケボなイケメンとイケオジ。

 でも普通の人間じゃないんだし、この世にいても珍獣扱いじゃん。それにこんな身分証明書もない奴ら、連れて歩いてられない。


「いや、ここでは無理だ」

「はい?」


 キュルちゃんはあっさり首を振った。


「あれは水のある所でのみ使えるもの。水は異界を繋ぐもの故」


 ああ……それで川の中に。すると鬼も言い添えた。


「それに今は無理だ」

「へ?」

「あれは月影の扉。満月の夜の青い月光により生み出される影の扉ぞ」


 なかなか詩的な事を言うね、このイケオジ鬼。ん? ちょっと待って。


「――満月?」

「うむ、昨夜ゆうべがそうであった」

「てことは?」

「次は一月ひとつき後になる。それまでは、ここにいるしかないということよ」


 ガッハッハと笑ってみせる鬼。


 ――私はまだ持っていた小槌を振った。


「小さくなあれ」


 フシュシュシュ、と一寸法師と鬼は縮んだ。








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