第3話 ベリ将軍

 魔王城の城門をくぐって、まず見えてくるのは、通称「七色広場」と呼ばれる、大きな噴水のある広場だ。

 噴水の中央には背の高いオベリスクがそびえ、まわりに禍々まがまがしい魔物の彫刻が群がっている。


 通信会社の人間たちは、初めて見る魔王城の内部をめずらしそうに眺めながら歩いていた。そして、そのまわりを魔王親衛隊のガルガドス、ギルティ、グウがV字型に囲みながら進んでいく。


「わ、何あれ。教会?」

 女性社員が指さした。


 広場の右手には、中世風の荘厳な石造りの教会――が闇堕ちしたような感じの巨大建造物があった。

 いくつもの尖塔せんとうが寄り集まった、複雑怪奇なシルエット。不気味な彫刻で覆いつくされた壁面は、ひび割れたり、黒ずんだり、魔界植物のつるからまっていたりする。


「ああ、大聖堂ですね。滅多に入ることはないですが、たまに結婚式とか、お葬式とかで使うかな」

 先頭のガルガドスが答えた。


「魔族の方もお葬式とかやるんですね」

 課長が意外そうに言った。


「まあ、偉い人だけですけどね。庶民は埋葬すらしませんから。正面に見えるのが本館で、その奥に見える高い塔が、魔王様のお住まいです」

 ガルガドスは観光ガイドのように解説した。彼はゴツイ見た目に似合わず気さくな性格なのだ。


「すみません、SNSにアップしたいんで、あの聖堂をバックに写真撮ってもらっていいですか?」

 若い男性社員がグウにスマートフォンを渡した。


「え?」


「あ、ガイドさんも入ってください!」


 ガイドと呼ばれて、素直に撮影に応じるガルガドス隊員。

 言われた通りに、液晶画面を見ながらシャッターを切る魔界四天王。


(私たち、何やってるんだろう……)

 という思いが、ふとギルティの頭をよぎった。


「こら、仕事中だぞ」

 と、課長が若手社員を叱った。


「左手に見える三階建ての建物が、魔王軍中央司令部の庁舎です」

 ガイドのガルガドスが左を指さす。


 七色広場の左側には、博物館のような雰囲気の、重厚感のある建物がでーんと建っていた。


「なんだ? やけに騒々しいな」


 庁舎の入り口の前には、なぜか人だかりができていた。


「なんでしょう? 軍の人たちじゃないですね」

 ギルティが首をかしげた。


 そこに集まっているのは、どことなくワイルドな雰囲気の魔族ばかりで、ギラギラした目つきと、オラオラした顔つきで、互いを威嚇いかくし合っていた。格好はみんなバラバラで、チンピラのような派手な服だったり、浮浪者のようなボロボロの服だったり、全裸だったりした。


 そんな異様な雰囲気の中――


「はいはーい! みなさーん、準備はいいですかぁ? 出発しますよー!」


 その場の雰囲気に明らかにミスマッチな、ふわふわした女の子の声が聞こえてきた。

 よく見ると、人だかりの中心に小柄な少女がいる。


「げ、ベリ将軍だ! 気づかれないようにしよ……」


 グウがひっそり通り過ぎようとしたそのとき、少女がぱっと振り向いた。


「あ! グウちゃんだ! どこいくのー?」


 コワモテの群衆の中から、ぴょこぴょこ走ってくる天使のような存在――それが魔界四天王の一人、魔王軍中央司令部最高司令官ベリ大将――通称、ベリ将軍であった。


 ベリ将軍は、人間でいえば15歳くらいの、非常に愛らしい少女の姿をしている。

 肌は真っ白で、唇はラズベリーピンクのリップで常にツヤツヤ。淡いピンク色の巻き毛は腰に届くほど長く、頭の両側に生えた黒いギザギザの角は、ゴージャスな髪飾りのようにも見える。くまなのかあざなのか、目のまわりのこすったような赤みがやや病的な印象を与えるものの、顔立ちは人形のように整っていた。


 将軍は勢いよくグウに抱きついた。

「やあ、グウちゃん、元気にしてた?」


「いや全然。おかげさまでカーラード議長に腕もがれました。これは何の騒ぎですか?」


「これ? これはねえ、魔王軍のオーディションだよ!」


 ベリ将軍は「じゃんッ」と言って、手に持った案内板を前に突き出した。

 そこには「魔王軍入隊試験 一次試験会場」と書かれていた。


「思ったよりいっぱい応募があったから、一次試験はバトルロイヤル形式にしたの! テキトーに一時間くらい乱闘してもらって、生き残った人が合格! 今から中央闘技場で試合だよ! グウちゃんも一緒に見る?」


 ベリ将軍は無邪気な笑顔をグウに向けた。

 相変わらず、セリフの過激さと顔の表情が一致しない。


「いえ、遠慮します。今いそがしいんで」


「えー、つまんないのぉ」

 と、グウのそでをグイグイひっぱってねる。そんなぶりっ子全開のベリ将軍を、ギルティは信じられない思いで見つめていた。


(あの人がベリ将軍……魔王軍の実質的トップ……初めて間近で見たけど、まったくそんなふうに見えない……)


 目の前にいる少女は、声も仕草もふにゃふにゃしていて、軍人らしいところは一つもなかった。

 いちおう軍服の黒いジャケットを肩にかけてはいるが、その下に着ているのは、どう見ても私服というか、むしろランジェリーじゃないんですかと聞きたくなるような露出度の高い赤いミニスカートのワンピースだ。ギルティよりも小柄で、華奢きゃしゃな体型だが、意外と胸はあるというか、確実に自分よりボリューミー。


(彼女が史上初めて魔界統一を成し遂げた伝説の初代魔王……歴史の授業で習った胸が、じゃなくて、人が目の前に……)

 ギルティは特定部位に目を奪われていたことに気づいて、さっと視線をそらした。


「ベリって、あのベリ? ほら、昔アイドルやってた」

「本当だ! ネットで動画見たことある!」


 人間たちがざわついたのを見て、ガルガドスが思い出したように「ああ」と言った。「そういえば、一時期そんなこともやってましたね」


 十年ほど前、ベリ将軍は人間のアイドルの真似をして、歌ったり踊ったりしていた時期がある。彼女の行動は昔から理解不能だった。


「超絶カワイイ……」

 若い男性社員から、心の声が漏れた。

 そのとき――


 リーンゴーンガーンという鐘の音が、広場全体に鳴り響いた。


 一同がいっせいに大聖堂のほうを振り返る。

 ギイイイイッと耳障りな音を立てて、大聖堂の扉が開いた。


 ヒラッと赤い布がはためいて、奇妙なものが姿を現した。

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