第4話 腐ったレクイエム

 大聖堂の中から出てきたのは異様な行列だった。

 頭からすっぽり赤い布をかぶった魔族たちがぞろぞろ……。布は目のところに2つ穴が空いているだけで、顔は見えない。見えているのは、不自然なほどに細く長い、4本の足と2本の腕だけ。4足歩行のため、みんな前かがみの姿勢だった。


「あれは……?」

 グウたち一行は不気味な行列に釘付けになった。


「何かの儀式ですかね?」

「それに何、この歌?」


 荘厳そうごんな鐘の音に混じって、奇妙な歌が聞こえる。

 お経のような、抑揚よくようの少ない歌。

 どんよりとした、ひどく陰鬱いんうつな歌。


「なんだか、気持ち悪いわ……」

 通信会社の女性社員が両手で頭をおさえた。


「あれは……!」

 ギルティはハッと目を見開いた。


 聖堂の中から、四人がかりで担がれて、黒いひつぎが姿を現したのだ。

 棺にかけられた赤い布には、黒い人間がグニャグニャからみ合ったような不気味な紋章が描かれている。


「あの紋章……まさか……シビト子爵家の葬式!?」

 ギルティの表情が一気に深刻になった。


「ああ、そういえば昨日シビト子爵の奥さんが毒キノコ食べて死んじゃったらしいですね」

 ガルガドス隊員が思い出したように言った。

「アンデッドもたまには死ぬんだなあ」


「まずいです! みなさん、耳をふさいでください!」

 ギルティは叫んだ。

「あの歌を聞いちゃダメです!」


「どういうこと?」

 グウがたずねた。


「うおおおお! はやくスナック行きてえ!!」


「え?」

 課長が急に大声で叫んだので、グウはぎょっとした。


 さらに、若い男性社員が「せんぱーい! おっぱい見せてくださいよぉ!」と女性社員に抱きつこうとしたが、女性社員は「カードローンがなんぼのもんじゃい!」と言って、彼をグーで殴り飛ばした。


「な、なに? どうしたの急に?」

 明らかに様子がおかしい人間たちに、グウは戸惑とまどった。


「この歌のせいです、隊長! アンデッド貴族の葬式で歌われる『腐ったレクイエム』! この歌を聞くと高確率で精神に異常をきたすんです! アンデッド達の腐った声帯から生み出される特殊な周波数の歌声……この歌声には幻覚魔法と同じ効果があって、魔力の弱い者は一発で錯乱さくらん状態に陥ります。ひどいときは数日間、元に戻りません!」

 

 ギルティは早口で説明した。


「何それ、ヤバいじゃん。とりあえず人間たちを眠らせろ、ギルティ。これ以上歌を聞かすな」


「はい!!」


「聞いたか、みんな! すぐに耳ふさげ! ぜったい歌を聞かないように!」

 グウは入隊試験の受験生たちに向かって呼びかけた。


 しかし、集まっているのはならず者の魔族ばかり、

「はあ? べつに平気だしこんなの。俺つえーし」

 などと言って、従わない者がチラホラ。


「はい、そこ! 余裕ぶってないで、ちゃんとふさいで! 全員ですよ、全員!」

 グウは指さして注意した。


 ギルティは腰に下げた金色のつえを抜いて、体の前にかまえた。

 すると、小型のステッキが光を放ち、柄の長い魔法杖ロッドに変身した。

 杖の先端には、羽を広げた鳥――いや、鳥の体に人間の頭がのった、不気味な人面鳥がついている。


絶対的安眠パーフェクト・スリープ!」


 そう唱えながら杖を錯乱状態の三人に向けると、人面鳥の口がグワッと開いて、紫色の霧のようなものを噴射した。


 至近距離で霧を浴びた人間たちはフラフラと倒れ、たちまち眠ってしまった。


 その光景を見ていたガルガドスは、

「えーすごー。何ソレ、ヒト魔法?」

 と、目を見張った。


 ヒト魔法とは人間が使う魔法のことで、魔族が使う魔法に比べて種類が豊富で、かつ複雑なことができると言われている。


 ギャアアアアアアッ、と近くで叫び声が上がった。

 魔王軍入隊試験の受験者の一人が、近くにいた別の受験者に噛みついている。


「まずい……! みんな離れ――」

 と、叫ぼうとしたそばから、嫌な気配を察するグウ。


 チラッと横を見ると、すぐ隣にいる熊みたいな魔族が白目をむいていた。

 白目だけじゃない。牙をむき出しにして、ダラダラとヨダレをたらしている。


「あれ、もしや?」


「グオゥアアアアッ」と奇声を発しながら、熊のような手で殴りかってくる魔族。


「あぶねっ」

 グウは背筋を使ってよけた。


 まわりを見ると、錯乱状態に陥った魔族が次々と仲間に襲いかかっている。こうなるともう、みんなパニックで、耳をふさぐどころじゃない。


「まずいまずい……」グウの顔がひきつった。「ギルティ、暴れてる奴を眠らせてくれ! ガルガドスは人間たちを保護! 医務室につれていけ」


「はいッ!」

「了解です!」


 ガルガドスは三人の人間をひょひょいと持ち上げると、自分の肩にのせて走りだした。


 グウはバッと赤い行列のほうを振り返り、「シビト子爵―!!」と、大声で叫んだ。「歌をやめてくださーい! 今すぐやめてー!!」


 すると、行列からつえをついた体の大きなアンデッドが一人、前に進み出た。

 おそらくシビト子爵だろう。

 腰が直角と言っていいほど曲がっているが、それでも背丈はほかのアンデッドたちよりも高い。


「断る!!!!」

 とシビト子爵は、驚くほどの大声で言った。


「えっ……」


「我が妻の神聖なる葬送の儀に口出しすることは、何人たりとも許さん!! 儀式はすべて一族の伝統にもとづいて執り行う!」


 マジか、という表情で、グウは剣を振りまわして襲ってきた魔族をよけた。

「そこを何とか! どうか続きは別の場所でやってもらえないでしょうか! このままじゃ死人が出ます!」


「ならん!!」シビト子爵はしわがれた声で叫んだ。「ここからシビト家の墓所まで、十二番まである『腐ったレクイエム』を歌いながら移動すると、しきたりでそう決まっておるのじゃ!!」


「いや、そんなことしたら大惨事になりますんで!!」


「アハハハハハッ」

 ベリ将軍が他人事みたいに笑い出した。


「ちょっと! あなたも笑ってないで、何とかしてくださいよ! 試験がめちゃくちゃになってもいいんですか!」

 グウは白目をむいて殴り合う魔族たちを、片腕で引き放しながら言った。


「だって、これで死ぬなら不合格だもん」と、ベリ将軍。


「…………」

 聞くだけ無駄だった、という顔になるグウ。


 聖堂から出てくる参列者が増えるにつれ、歌声はいっそう大きくなった。


「うわ、うるせぇっ」

 グウも思わず耳をふさいだ。


「ていうか、この歌の何がダメなの? べつに平気だけどなぁ」

 ベリ将軍は不思議そうに首をかしげた。


「それはあなたの精神がもともと異常だからですよ!」


「隊長! 見てください! 警備隊の方々が! 騒ぎを聞きつけて応援に来てくれたのかも!」


 ギルティが指さしたほうを見ると、赤い制服を着た警備隊が20人ほど、血相を変えて走ってくるのが見えた。


「いや、違う! よく見ろ、あいつら白目だぞ!」


 警備隊はあきらかにヤバい形相で、何かを叫びながら向かってくる。


「広場のまわりにいた警備隊も歌を聞いちゃったんだ。これじゃキリがない。ギルティ、その煙、広場全体に噴射できたりしない?」


「こ、この広さは無理です! 屋内ならともかく、風で煙が流されてしまって……」


 ギルティの言ったとおり、紫の煙は至近距離で一定量を吸い込まないと効果が薄いのだった。


「すみません、私じゃ魔力が足りなくて……ここはどうか隊長のお力で……!」


「ごめん。俺、魔法苦手なんだわ……」

 グウは申し訳なさそうに言った。


「え」

 ギルティは耳を疑った。

(四天王なのに!?)


「やっぱり歌を止めないとダメか」とグウ。


「止めてあげようか?」

 ベリ将軍が言った。


「できるんですか!?」


「できるできる♪」


 ベリ将軍はにっこり笑うと、近くで暴れていた錯乱状態の魔族――筋肉隆々の大男の背中にブスリと指を突き刺した。

 真っ黒な鋭い爪が皮膚にめり込む。

 刺された魔族はブルブル震えだし、体中の皮膚がひび割れ、うろこに覆われた大蛇になってしまった。


 大蛇はシビト家の葬列に向かって突っ込んでいった。


 グギャアア、と獣のような声を上げながら逃げまどう参列者たち。


「何やってんですか!!」


「え? ダメだった?」と、首をかしげるベリ将軍。


 さらに大蛇はシビト子爵の妻のひつぎのほうへ。そして、口を大きく広げ――


「あ」

「ああッ」

「あーーーーーーー!!」


 まさかの出来事に、誰もとっさに反応できなかった。

 皆が呆然ぼうぜんとする中、シビト子爵夫人の棺は、すっかり大蛇の口に飲み込まれてしまった。


「…………」

 さすがに、レクイエムが止んだ。


「私のせいじゃないよね?」とベリ将軍がグウの顔を見た。


「いや、アンタのせいだよ」と、グウは真顔で答えた。


 グエエエエエエエッ、と急に大蛇がうめきだした。身をくねらせてのたうちまわったあと、バタンと倒れて動かなくなった。


「え! 死んじゃった!?」

 ギルティはぎょっとした。


「まあ、何百年も腐り続けた人のご遺体だからな」とグウ。


「なるほど……お腹こわすどころじゃないですね」


「おのれ……よくも我が妻を……」

 シビト子爵の体が、わなわなと怒りに震えた。

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