#3 サンタコス、誘い込まれたぼったくりバー

 冬の空はすっかり夕闇に覆われていたが、通りの両側には派手な灯りをあかあかと点した店が並び、淋しげな感じはしない。

「ねえ、ねえ、お兄さんたち」

 スカートのむやみに短い、サンタコスの女性が近づいてきた。そう言えば、もうすぐクリスマスだ。

「さっきから、お店探してる? うちにおいでや、いい子めっちゃおるよ」

「行く行く! もちろん、かわいいサンタさんも、来てくれるよねネ? プレゼントは、俺が逆に、君にあげちゃったりして?」

 大南少尉の言葉は、その口から吐き出された気持ちの悪い毒霧にも見えたが、これは単に息が白いだけだ。すでに酔っぱらいと変わらない。

「あーしはここにいないとあかんのやけど、他にもいい子おるからヨシ!」

「それならヨシ!」

 盛り上がる二人を、鹿賀少尉は呆れ気味に見ていた。


 案内された場所は通り沿いではなく、その裏通りよりもさらに裏、昔からの住宅地のような場所にあった。そばには廃墟になったビルが、不気味な黒い姿を晒している。

 昭和からあるんじゃないかと思えるような長屋の一画で、白抜きの文字で「アケミ」と書かれたピンク色の看板が薄暗く光っている。これがその店と言うことらしかった。どう見ても、これは地雷原の入口だ。


「大南さん、大南さん」

 引き返そうと、鹿賀少尉は小声で話しかけるが、サンタと楽しくしゃべる大南少尉は聞いちゃいない。地獄の門の扉が、今開かれる。

「お客様一名、ご案内でーす!」

 華奢な腕からは想像もつかない力のサンタ嬢に、大南少尉は思い切り店内に押し込まれた。先輩を見捨てて逃げ帰るわけにもいかない。空戦機動マニューバ時のような強烈なGを感じながら、鹿賀少尉も後に続いた。


 サンタ嬢は外に戻ってしまい、ホステスが付いている客は一人だけだった。初老のおっさんが、ほぼその同年代と思える和服姿の女性に向かって楽し気に話している。

あれが「いい子」というわけか。

 その二人以外はみな、黒いサングラスをかけて黒いスーツを着た、見るからにヤバいお兄さん方ばかりだ。黙々と水割りを飲んでいる。


「だからワシ、言うてやったんや! このだい大阪が東京なんかに負けるかい、ってな。そのうち独立して、こっちも首都になったるんやからな、いうてな! 言うてやったんや!」

 おっさんの大声に、鹿賀はげんなりした。こんなところまできて、「大阪独立論」を聞かされなきゃならんのか。

 関西州内で近頃まん延している危険思想で、基地内でも繰り返し注意喚起が行われている。


「あらあら、飲みすぎよ、お客さん。もうこの辺りにしておいたら?」

 なだめるホステスの声は、なかなかドスが効いた感じで渋い。

「そんなことあるかい! こっちには白浜基地があるんやさかいな。文句でも抜かしおったら、あのレールガンで、東京なんぞドカン! や」

 途端に、ベテランホステスの表情が険しくなった。

「あら威勢のいいこと。ところでお客さん、お勘定のほうは大丈夫かしらね。そんなに酔っぱらっちゃって」

 いつの間にか、その背後に立っていた黒服サングラスが、勘定書きらしい紙片をホステスに手渡す。


「お、おう……。確かにちょっとワシ飲みすぎみたいやな。目がくらくらしよって、数字の桁がおかしい」

「それはいけないわね。二十五万円、ちゃんとそう書いてあるのよ」

「二十五万やて?!」

 酔っぱらいのおっさんは目をむいた。

「そんな金、あらへんがな。大体、水割りちょっと飲んだだけでそんな額あるかい!」

 騒ぎ出したおっさんの周囲に、黒服サングラスが集結し始める。


「ちょっと、お外で頭冷やしてきたら? そしたら、ちゃんと払おうって気になるんじゃないかしら」

 おっさんは、両側から黒服サングラスに腕をつかまれて、店の外へ連れ出されていった。

 これは、ちょっとまずい状況だ。よりにもよって、絵に描いたようなぼったくりバーに来てしまった、そういうことだった。


(#4「彼らの頭上に飛来したもの」に続く)

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