#2 無駄に終わった、大南少尉の策略

 衝突防止装置TCASの警告アラームが鳴り、「近接機あり」という石上軍曹からの通信が入った。レーダー画面に、四時の方向から急速接近してくる輝点が姿を現す。

 九九七という識別コードを見るまでもない。そんな無茶な飛び方をするSSTパイロットは、一人しかいなかった。


 勘弁してくださいよ、とぼやきがらも、彼は旋回しつつフライト・レベルを下げにかかる。

 降下を始めた機体の前方、防御ウインドウの向こうに、基地の上空を真っすぐに伸びる長大な構造物が見えた。頑丈なトラス構造で作られたその見た目は鉄橋にも似ている。


 銀河級レールガン。「白浜砲台」という別名でも呼ばれるこの白浜基地の「主砲」だ。全長五十七メートル、重量五百五十トンの巨大兵器で、日本の各地に四十門配備された同型のレールガンの一つだ。まさに、国防の要だった。

 その攻撃力は強大だ。数百キロ先の目標物を完全に消滅させて、クレーターだけを残すくらいの威力がある。


「おい、そのままの進路だと『主砲』にぶち当たるぜ?」

 突然、通信が入った。

「あの邪魔っけなレールガンをやっちまおうってのかい? なんなら俺も手を貸そうか?」

「物騒なことを言わないでくださいよ、大南さん。普通に叛逆的言動ですよ、それ」


 見上げると、キャノピーの防御ウインドウの向こうに、同じ三〇系がもう一機見えた。彼の頭を抑えつけるように飛来したのは、先輩隊員に当たる大南少尉の操縦する機体だった。


「お前も隊長から言われたんだろう? あんなものが無きゃ、つまらん任務に就かなくても済むってもんだ」

 どうやら「特命任務」の相棒は、大南少尉らしい。白浜基地守備隊のエースパイロット二人が投入されるというわけだ。


「こんな機体で突っ込んだ程度じゃ、びくともしないですよ、あの主砲ブリッジは」

「なに、ラムジェット点けて高高度から突っ込んでやれば、へし折ってやるくらいのことはできるさ。……亜矢ちゃん、ちょっとラムに火を入れてみてもいいか? FL110進路クリアだろ?」

「大南少尉へ。司令部から帰還指示が発令されました。至急お戻りください。お戻りください」

 石上軍曹が、冷たい声で答えを返した。

「しまったあ! 言葉が過ぎたかなあ!」

 白々しい大南少尉のセリフに、鹿賀少尉は思わず苦笑いした。


 副指令からの呼び出しを食らった大南少尉は、先ほどの危険な飛行と危険な言動について、厳重注意を受けた。

 しかし、期待していた「特命任務」からの除外という処分はなかった。

 代わりに、基地周辺住民の自治会が翌日実施することになっている、排水路の掃除を応援せよという任務が発令された。

「お前の思うようにさせるか、バカ」

 というのが、副司令のありがたいお言葉だったらしい。


「やってられねえよ、やってられんわ」

 泥まみれの作業着姿の大南少尉は、天を仰いで嘆いた。いつもの髭面が、余計にむさくるしく見える。

 鹿賀少尉としては「自業自得ですよねえ」とでも言いたいところだが、そんなことをしたら大爆発を起こしかねない。


「気晴らしに、新市街にでも飲みに行きましせんか?」

「新市街」は、基地の建設後にできた繁華街だ。元々は古い空港の滑走路だった場所で、基地の隊員向けに商売する店が多い。

「そりゃいいな! ただ、いつもみたいにお前ばっかり店の女の子にモテるのはなしだぞ」

 大南少尉は、大喜びで彼の提案に飛びついた。飲みに行く、としか言ってないのに、そういうお店に行くというのは確定しているらしかった。


(#3「サンタコス、誘い込まれたぼったくりバー」に続く)

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