夜空に輝くレールガン ~12月の特命任務~

天野橋立

#1 命じられた「特命任務」

「……というわけであるから、軍隊生活に必要な『13のS』、それを決して忘れずに、この基地の守備に当たってくれたまえ。以上!」

 永遠に続く悪夢のようだった、基地司令官の長い訓示がついに終わった。「S」から始まる単語を十三個、鳥羽司令は順番に並べてみせたのだった。しかし「spontaneousness」とか言われても、その意味など覚えられるものではない。


「敬礼!」

 すかさず副司令が号令をかける。

 全隊員が一斉に敬礼して、これでようやく毎朝の朝礼が終了した。鳥羽司令は、壇上で満足げな表情を見せる。

 やれやれ、やっと持ち場に戻れるぜ、と鹿賀少尉は早足に、新司令部前の広場から立ち去ろうとした。しかし、そんな彼を背後から呼び止める声があった。


「ああ、鹿賀少尉。ちょっと話があるんだ」

 振り返りたくはなかったが、振り返るしかない。SST部隊の隊長である善光寺大尉が、にこやかな顔でそこに立っていた。

 間違いない。これは、ろくでもない件を持ちかけられる時の、お決まりのパターンだ。

「早いもんだねえ、今年ももう終わりなんだな」

 善光寺大尉が、いやな笑顔のまま彼にうなずきかける。

「もう、今年も終わりなんだよね」


 朝礼から戻った鹿賀少尉は、定期メンテナンスを完了したばかりの愛機のチェックにさっそく取り掛かった。

 白浜基地第六駐機場には数機のSST、二足歩行式の機動兵器が直立の姿勢で佇んでいる。彼はそのパイロットだった。

 機関の余熱が完了すると、鹿賀少尉はラダーを身軽に登って機体の頭部にあるコクピットに乗り込む。手順通りの各部確認を終え、始動キーを差込んでリレーをオンにする。機関は爆音をあげて快調に始動した。回転むらやばらつきがない。良い感じだ。今回のメンテナンス、うまく行ったようだ。


 おもむろに、彼は無電のカフを上げた。

「こちらNS-SST一三二○号機。管制部どうぞ」

「こちら管制部、オペレータ石上」

 今日の管制オペレータの当番は白浜基地のアイドル、石上亜矢軍曹らしかった。

「やあ、亜矢ちゃん。おはよう。ご機嫌はいかがかい?」

「おはようございます、鹿賀少尉。ご機嫌なら、そんなに良くはないわね。忙しいのよ、今朝は」

「そうか、お忙しい中悪いんだが、ちょっとこいつの点検飛行をやってみようと思うんだけどさ」

「え? ……少尉の一三二○、飛行申請出てないわよ」

「気が変わったんだよ。機関の調整がいい感じでさ、これは飛んでみないと」


 この忙しいのに、何が気が変わったよバカ、と不機嫌さMAXの声でぼやきつつ、管制オペレータの石上軍曹は進路をクリアして彼の発進許可を取り付けてくれた。


「はいはい、飛べるようにしたわよ。高くつくからね、これ」

「わかってるって。甘露堂のイチゴタルトでOK?」

イチゴタルトのほうね。では」

 石上軍曹の声が変わった。

「発令。一三二○、鹿賀少尉発進OK。復唱を」

「一三二○鹿賀、発進。サンキュー」


 スロットルペダルを踏み、シフトレバーを推進に切り替える。背中の飛行ファンが高速で回転を始め、機体は一気に上昇した。防御ウインドウの向こうが、たちまち青空に変わる。

 彼の愛機「三〇系」は旧式の機体だ。しかしベテランパイロットには、むしろ新世代のSSTよりも人気があった。シンプルで、力強いこの加速。操縦の技量がそのまま反映される機体だ。

 この基地にも近々新型の「一〇A系」が導入されるという話だが、ベテラン勢は誰も乗り換えを希望していないらしい。


 つい先ほど、善光寺大尉から伝えられた「特命任務」のことを、彼は思い出した。

 年に一度、地域住民に喜んでもらうために実行する任務。しかし、この高性能な機動兵器に「作業」をさせるというのは、どうにも気が進まなかった。

 重要な役割を持つレールガンに飾り物のまねごとをさせるというのも釈然としない。


 この基地の上層部は、地域住民の機嫌を取ることになぜあんなに熱心なのだろうか?

 しかし、彼を指名したのは鳥羽司令その人らしく、基地のトップ直々の指示と言うのでは抗議のしようもないのだった。


(#2「無駄に終わった、大南少尉の策略」に続く)

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