第7話:ロクデナシの師匠の師匠もまたロクデナシ

「……ご丁寧にありがとうございます」

「んぅ、元気がないねぇ。若者ならもう少しハキハキしないとダメだよ! ティアリス嬢もそう思うだろう?」


 やれやれと肩をすくめるアンブローズ学園長。元気がないわけじゃない。一切気配を感じ取る事が出来ずに背後を取られ、勢いそのままに挨拶されて戸惑っているだけだ。こんな簡単に後ろを取られるのは師匠以来二人目だ。


「いえ、ルクス君は単に驚いているだけで決して元気がないわけではないですよ」


 俺が心の中で思っていたことをティアリスが苦笑いしながら代弁してくれた。それを聞いたアンブローズ学園長は何故か不満そうに唇を尖らせて、


「キミ達をびっくりさせようと私なりに色々考えたのに! そういうつれないところはヴァンに似ちゃったのかなぁ。私は悲しい……」


 およよと両手で顔を覆って泣き真似をする。笑ったり泣いたり感情の起伏が激しいというかテンションが高すぎてついていけない。隣にいるティアリスもただただ困り顔をしている。これが学園長で大丈夫か、ラスベート王立魔術学園。


「さて、冗談はこれくらいにして。ルクス君は特待枠の試験を受けに来たんだよね? 時間も惜しいし早速始めようか? ティアリス嬢にはその立ち合い人になってもらおうかな」

「その前に、試験内容を教えてくれませんか?」

「フフッ。安心したまえ。何もそう難しい話ではないよ。ルクス君に課す試験は私と手合わせをすることだけだよ」


 学園長の口元に不敵な笑みが浮かぶ。背筋にぞくりと震えるほどの艶美な表情に俺は嫌な既視感を覚えた。あの顔は師匠が悪巧みをしている時にしていたものと同じだ。一体何を考えている?


「…………はい?」


 胸を張りながらドヤ顔で宣言するアンブローズ学園長に思わず俺の口から呆けた声が出る。さすがのティアリスも驚愕している。


「ア、アンブローズ学園長! その条件はいくら何でも厳しすぎます! いくらルクス君がヴァンベールさんの弟子とはいえ学園長が相手では……」

「なぁ、ティアリス。さっき言いかけていた言葉を教えてくれないか?」


 転移する直前に彼女が言いかけていたアンブローズ学園長を評するに最もふさわしい言葉。おそらくその答えこそティアリスの驚愕の源だ。


「世界最強にして現存する唯一の魔法使い。学園長のことをみんなそう呼んでいます」


 わずかに声を震わせながらティアリスが発した言葉に俺は思わず目を見開く。世界最強もさることながら魔法使いとは。眉唾だと一笑するのは簡単だが、今しがた転移魔術を見せられているので安易に否定できない。


「大丈夫。いくら何でも手合わせして私に勝てとは言わないさ。単にヴァンが我が子のように手塩にかけて育てたルクス君の実力をこの目で確かめるだけだよ」


 そんな俺達の心境などどこ吹く風。アンブローズ学園長は呑気にキラッと可愛いウィンクを飛ばし、ティアリスは盛大にため息を吐いて肩をすくめた。

 なるほど、これ以上何を言っても無駄みたいだな。天上天下唯我独尊とはこの人のためにある言葉だ。


「俺に拒否権はない、そういうことですね?」

「話が早くて助かるよ。ルクス君はヴァンと違って物分かりがいいね。それじゃ早速始めようじゃないか!」


 言いながら学園長は両手を伸ばしたりポキポキと首を鳴らしたりして身体をほぐし始める。俺は一度深呼吸をしてから覚悟を決めて学園長に倣って軽く身体を動かす。


「よし、それじゃ始めるとしようか。制限時間は一分間。ルクス君は魔術、戦技、何でも使って全力で私を倒しにきて。それがこの手合わせの唯一のルールだよ」

「わかりました、と言いたいところですが見ての通り俺は丸腰です。魔術ならまだしも丸腰では戦技は無理ですよ?」


 試験を受けに来ただけなので師匠から貰った愛剣はユレイナス邸に置いてきた。とはいえ師匠から教えてもらった戦技の中には徒手空拳の技もあるので戦えないことはないが、果たしてこの人相手に通用するかどうか。

 ちなみに戦技というのは神々が振るったとされる技の名を口にすることで、そこに刻まれた記憶を呼び起こして魔術に匹敵する奇跡を引き起こす技術である。


「フフッ、そう言うと思って準備はしてあるよ」


 得意気な微笑を浮かべながら学園長がパチンと指を鳴らすと俺の目の前に一振りの剣が出現して地面に突き刺さった。どうやらこれを使えということらしい。


「ヴァンから貰ったキミの星剣と比べたら鉄塊だろうけど、今日のところはそれで我慢してくれるかな」

「星剣が何のことかわかりませんが、そもそも初めから俺と戦うことが目的ならどうして剣を持って来るように言わなかったんですか?」


 鉄剣を地面から抜きながら、俺は楽しそうに笑っているアンブローズ学園長に尋ねた。昨日の言伝の時点で言ってくれていたら困惑を抱えたまま戦うことはなかったはずだ。そんな俺の疑問に対して学園長は口角を吊り上げてこう言った。


「それはもちろん───星剣と対峙したら我慢できずに本気出しちゃいそうだったからだよ。そうなったらルクス君の命の保障は出来ないからね」


 ゾクリと背筋に悪寒が奔る。顔は笑っているが視線は鋭く、その瞳には確かな殺気が宿っている。実践という名の本気の殺し合いで師匠が時折発した圧にそっくりだ。


「……あの剣がそこまでの代物なら猶更持ってくればよかったな」

「フフッ。さっきも言ったけどこの手合わせはあくまでキミの実力を測るためのもの。私は本気を出したりはしないよ」

「…………」


 剣を握る手に力を込めながら無言で構える。アンブローズ学園長の言葉に悪気もなければ悪意もない。ただそこにあるのは自分の実力に絶対の自信を持つ強者の余裕であり、最強故の慢心。ならこの一分間で俺がすべきことは全力でその鼻っ柱をへし折るのみ。


「フフッ。集中しているね。そして何とも心地の好い殺気を放ってくれる。これは存外、久しぶりに楽しめそうかな?」

「ルクス君……」


 研ぎ澄ませ、全ての感覚を。ただ目の前にいる、長きにわたり最強の座に君臨している者を倒すことだけに意識を集中させろ。


「フフッ。いい顔になったね。さて、ティアリス嬢。そろそろ開始の合図をお願いできるかな?」


 俺から距離を取りつつ笑顔で声をかけてきた学園長に観念したのか、ティアリスは一つ大きなため息を吐いてから俺達の間に立った。


「わかりました。ですが学園長、これはあくまでルクス君の実力を試すものということをお忘れなきように。ルクス君も無茶はしないでくださいね?」


 ティアリスの忠告に俺はこくりと頷きつつ剣を正眼に構える。学園長の口元には未だ笑みが浮かんでいる。その余裕、今に吹き飛ばしてやる。


「それでは二人とも、悔いのない戦いを。試合───始めっ!」


 最強に挑む、一分間の戦いの幕が切って落とされた。


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師匠の借金を押し付けられた俺、美人令嬢と魔術学園で無双します。 雨音恵 @Eoria

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