第6話:最強の魔術師

 ラスベート王立魔術学園。この名前をラスベート王国に住んでいる人達で知らない者はいない。なぜならこの学園の存在そのものがラスベート王国を魔術大国たらしめている基盤であり、その地位を確固たるものにしている最大の功労者だからである。

 創立は今からおよそ百年前。ラスベート王国初代国王イグナ・ラスベートが国力を高めるためには次代を担う魔術師が必要不可欠だと提言した。

 しかし当時ラスベート王国は建国したばかりで財政状況は火の車。周囲から反対意見は出たが押し切る形で多額の国費をつぎ込んで設立した。そのため目の前のことを蔑ろにして不確実な未来を語るなど言語道断、無能な国王と非難されたそうだ。

 だが今では最高峰かつ最先端の魔術を学ぶことが出来る魔術師養成の専門教育機関としてその名を世界に轟かせているおり、国を支えている高名な魔術師達はみなこの学園の卒業生という確固たる事実も相まって初代国王の功績の一つとして数えられている。


「ラスベート王立魔術学園は全寮制で就学期間は三年です。この間に生徒である私達は魔術の何たるかを学び、知識を蓄え、実践を通して仲間と共に切磋琢磨して術を磨いていくのですが……ルクス君、聞いていますか?」


 ティアリスと出会った翌日。爽やかな朝日を浴びながら俺は彼女と一緒にラスベート王立魔術学園に向かっていた。


「もちろん聞いてるよ。そんなことより、ラスベート王立魔術学園の学園長って何者なんだ? 師匠の師匠ってことは相当ヤバイ人だよな?」


 化け物じみた師匠を育てた人が普通であるはずがない。そんな俺の失礼な想像を感じ取ったティアリスが苦笑いをしながら教えてくれた。


「学園長の名前はアイズ・アンブローズ。性別は女性。絶世と称されるほど美しく、老いることのない容姿の持ち主。そのことから伝説の種族、妖精種エルフと人間の間に生まれた混血ではないかという噂もあります」

「……さすがにそれは話を盛りすぎじゃないか?」


 至極真面目な表情で話すティアリス。

 妖精種エルフとは遥か昔、神様が地上で暮らしていた神話の時代にいた人間の高位存在であり、神無き世界において人々を正しき道へと導いた賢者。長命な種族である反面繁殖力は非常に低く、それ故に妖精種エルフは絶滅したと言われているが、アンブローズ学園長はその末裔だとでもいうのか。


「ですがそれはあくまで表面的なものでしかありません。学園長を評するに最も相応しい言葉は───」


 ティアリスが言葉を紡ごうとした直前、不意にポンッと肩を叩かれた。その瞬間、景色が一変する。ついさっきまで穏やかな街中にいたはずなのに、今俺とティアリスが立っているのはだだっ広い闘技場のような場所だった。


「なぁ、ティアリス。俺達はまだ学園に着いていなかったよな?」

「はい……確かに私達は学園に向かって歩いているところでした。ですが……ここは紛うことなく学園内にある修練場です」


 わずかに声を震わせながらティアリスが言ったことに俺は乾いた笑いを零す。戸惑う俺達の反応がよほど嬉しかったのか、このとんでもない事象を引き起こした犯人はいたずらが成功した子供のように満足気に笑っていた。


「びっくりさせてごめんね、二人とも。ちまちま移動してもらうのも忍びなかったから飛ばしちゃった」


 困惑する俺達の背後から突然聞こえてきた凛とした透き通る綺麗な声。慌てて振り返ると、夜空に浮かぶ満天の星のような光沢のある亜麻色の髪の、筆舌に尽くしがたい傾国の美女が一振りの錫杖を手に立っていた。

 純白のローブを身に纏い、そこから覗く肢体は陽の光を浴びているのか不思議なくらい白く一切の穢れがない。神話に描かれる女神だと言われても思わず信じてしまうほどの魅力が全身から漏れ出ていた。


「まさか……転移魔術か?」


 転移魔術。師匠の本によると星の数ほどある魔術の中でも妖精種エルフのみに行使が出来るものであり、彼らの絶滅と共に失われた秘術。

 発動には莫大な魔力と複雑な詠唱が必要と言われているが、目の前の美女はまるで児戯のようにいとも容易く発動したというのか。


「へぇ……勘が良いね。なるほど、キミが我が愛する馬鹿弟子……ヴァンが手塩にかけて育てたルクス君か。うん、立派に育ったみたいで何よりだ」


 そう言って美女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。まさかと思うがこの人ならざる女性が学園長なのか? そう思いながら横目でティアリスを見ると彼女は静かにコクリと頷いた。


「初めまして、ルクス・ルーラー君。私がラスベート王立魔術学園の学園長、アイズ・アンブローズだ。これからよろしく頼むよ」

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