小握利 龍平くんの願い事。

「…………笹?」


 とある日の昼時。『にぎめし』の入り口に立て掛けられている大きな笹を見て、立宮たてみやりゅうべえは呟いた。


 笹には何も飾り付けはされていないが、細長い折り紙がモールを通され飾られている。


「何で笹?」


 龍平は首を傾げながら、『握利飯』の戸を開けると、


椿つばさんありがとー」


「入り口のやつに掛けていってなー」


 女子高生二人が、楽しそうに話しながら出てきて、笹の葉に同じようなモール付きの細長い折り紙を掛けていく。


「七夕限定メニュー、映えるよねー」


「美味しかったし、短冊に願い事も書けたし、満足満足ー」


 女子高生二人は声を弾ませて帰っていった。


「あー……、今日は七夕か」


 女子高生の会話を聞いて、今日が七夕だとやっと思い出した龍平は、入り口の戸を閉めると、いつものカウンター奥の席に座った。


「お、らっしゃい」


「……うッス」


「今日は何にする?」


 『握利飯』店主の一門いちもん椿つばは、おしぼりと煎茶を龍平に手渡しながら尋ねた。


「……七夕限定ってやつ」


「立宮もそれかー、やっぱり日本人は限定って言葉に弱わいなー」


「別に弱くねーし、入り口ですれ違った奴らが言っていたのを聞いただけだし」


「はははっ、別に悪いとは言ってないだろ? ちょっと待ってな」


 椿佐は二つあるさわらのおひつの一つから、木製しゃもじでご飯をすくうと、透明のタッパーのを開けた。

 その中には、一口サイズに切られた海老、蓮根、人参、牛蒡ごぼうが入っている。


 それを、ご飯の上に少しずつ載せ、ふんわりと握っていく。そして、海苔の代わりに笹の葉でふんわり包み、天辺てっぺんにいくらと星型にくり抜かれた玉子焼きを載せた。


「あいよっ、七夕握りだっ」


「まんまじゃねーか」


「いいだろ? ストレートで」


「まぁな」


「おかーさん! おほしさまだよ!」


 龍平から一つ空けた席で、幼い女の子が『七夕握り』を見て、目を輝かせていた。


「そうね、可愛いね」


 母親と思われる女性が、穏やかな笑みを浮かべた。


「おにーちゃん! すごいね! じょーずだね!」


「こらっ、お姉さんでしょっ。すいませんっ」


 女性は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ははっ、いいですよ」


 椿佐は気にしていないようで、楽しそうに笑った。


「え? おにーちゃん、おねーちゃんなの?」


「そーなんだ、お姉ちゃんなんだ」


「——かっこいー!」


 女の子はさらに目を輝かせた。


「ははっ、ありがとな」


「おかーさん! ねがいごときまったよ! わたし、このかっこいーおねーちゃんみたいに、みんなをえがおにできるひとになる!」


「——そうね」


 美味しそうに『七夕握り』を食べる女の子を、女性は優しい眼差しで見つめた。


「——」


 それを見た椿佐は少し涙ぐみ、龍平はふっと笑って、おにぎりにかぶりついた。





「かっこいーおねーちゃん! バイバーイ!」


「ごちそうさまでした。また来ます」


「ああ、ありがとよ」


 母親と手を繋ぎながら、親子は笑顔で帰っていった。


「今時、短冊に願い事かよ」


 『七夕握り』を食べ終えた龍平は、煎茶を飲んでいた。


「園にいた時、毎年やっただろ?」


「あー、そういや、やってたか」


「園長先生に怒られていたじゃないか」














『こら! 龍平! なんちゅー願い事を書いたんだ!』


『りゅうくん、何て書いたの?』


『……ケンカが強くなりたい』


『もっと平和的なものにしろ!』


『……へいわてきだ。ケンカ、強くなる、悪いやつ、ぶんなぐる。へいわになる』


『ぐぬー……。だがな! 暴力で解決はいかん! 腹を割って話し合う事が大切だ!』


『話すの、めんどうくさい』


『りゅーべー!? 書ーきーなーおーせー!』


『えんちょーもぼーりょくじゃん!』


『違う! これはな! 鬼ごっこだ!』


『あははっ』














「追いかけられた……」


「はははっ、そうだったな。ま、あの頃に戻ったと思って、立宮も書いていけよ」


 椿佐は黄色の短冊と油性ペンを手渡した。


 龍平はそれを受け取り、


「…………」


 しばらく考え、油性ペンのキャップを外すと、シャシャッと勢いよく短冊に書いた。


「あざっした」


 『七夕握り』の代金と油性ペンをテーブルに置くと、龍平は『握利飯』を出た。





 そして、自分の背丈以上ある笹を見つめ、なるべく高い位置に短冊を掛け、アパート『やなそう』に帰っていった。















 あの後、園長から逃げ切った龍平少年は、『ケンカが強くなりたい』という短冊を、ぐちゃぐちゃに丸め、


『…………』


 遠くで小さい女の子と遊ぶ、椿佐を見て、新しい短冊に書き直し、こっそり掛け直していた。


 龍平少年の新しい願い事は。





『つばさおねえちゃんを守れる男になる』





 だった。



 恐らく、それは今も変わらないのだろう。




 −−−−−−




 あとがき。


 七夕に間に合わず! 無念!


 今の龍平が何て書いたかは、ご想像にお任せ、ということで。


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