第13握利 就職のちりめん山椒

 ある日の昼時。


「おにぎり……」


 アイロンがかけてあるスーツを着て、きちっと髪を整えた男性が『にぎめし』の入り口で突っ立っていた。


「……おい、おっさん」


 そこに、りゅうべえが後ろから声をかけた。


「はい……、ひぃっ! すいません!」


「あ? 何で謝るんだ」


「だって君……、ヤンキーじゃあ……」


「——だーかーらー! オレはヤンキーじゃねー!」


「はははっ、まぁ二人共入りなよ」


 やり取りが聞こえたのか、椿つばは戸を開けて二人に笑顔を向けた。


「で、でもっ……、今、お金がなくて……」


「面倒くせー奴だなー。オレが奢るからさっさと入れ!」


「わわっ!」


 龍平は男の背中を押しながら、一緒に中に入った。






「うわー……」


 男は感嘆した。


 ほぼ満席で、みんなおにぎりを頬張り笑顔だからだ。


「うぅっ……」


 そして、何故か泣き出した。


「だぁーもー! 早く座れ!」


「はい……」


 龍平は男の背中をまた押して、いつものカウンター奥の席に向かった。


「じゃあ、まずはおしぼりと煎茶な」


 椿佐は龍平、男の順におしぼりと煎茶を渡していった。


立宮たてみやは何にする?」


「豚の角煮」


「角煮な。そっちの——」


しおとおです……」


「言いづれー名前だなー」


「立宮は一々ツッコまない! で、塩田は何にする?」


「安いのでいいですー……、奢ってもらう身なので……」


「じゃあ、あたしの好きに握らせてもらうよ。まずは——」


 椿佐は優しい手つきでご飯を握っていき、あっという間に。


「あいよっ、角煮っ」


 おにぎりを二つ作った。それを竹ざるに載せ、龍平に手渡した。


「ん」


 龍平は両手で丁寧に受け取った。おにぎりの天辺てっぺんにはじっくり煮込まれ味が染み込んだ一口サイズの角煮と、系唐辛子が載っている。おにぎりの隣には、ほうれん草の胡麻和えが添えられてある。


 龍平はおしぼりで手を拭き、手を合わせ、おにぎりにかぶりついた。


「今時のヤンキーは、礼儀正しいんだなー……」


「ふぁから! ヤンヒーらねー!」


「はははっ。塩田にはこれなっ、ちりめん山椒っ」


 椿佐は遠太におにぎりを手渡した。おにぎりの天辺には薄口醤油で煮詰められたざんしょうとちりめんじゃこが載っている。


「……いただきます」


 遠太はおしぼりで手を拭き、両手でおにぎりを持ちかぶりついた。そして。


「どっ、どうした!?」


 無言でポロポロと泣き出した。


「これ……、ご飯にも合うし、酒のつまみにもなるから、よく妻が作ってくれて……」


「あ、ああ」


「そんな、美味しいものを沢山作ってくれるのに……。この間、仕事クビになって……、それをずっと言えなくて……。今日も仕事に行くって嘘吐いて……」


「ダッセー」


「立宮は黙って聞く!」


「家に入れられる金がっ、今日で尽きてしまうんだー! まだ家のローンも残っているのにー!」


 遠太は声を上げて泣き出した。それを見た他の客はギョッとしている。


「あー、うっせーなー! じゃあよぉ、ウチ来るか!?」


「え……?」


「こいつな、立宮たてみやざい株式会社かぶしきがいしゃ』の一人息子なんだよ」


 椿佐は訳がわからなそうな顔をしていた遠太に説明した。


「養子だけどな」


!? 立宮機材の御子息!? そんな顔で!?」


「だーかーら! 顔は関係ねーし! ヤンキーじゃねー!」


「はははっ」


「だが、つってもお前」


 龍平は遠太の体を下から上へと見た。


「力なさそうだな」


「はい……」


「まぁ、事務仕事ぐらいできんだろ? 丁度事務員が寿退社して、求人出そうと思うって親……、社長が言っていたからな」


「はいー! 事務仕事はできますー!」


「けどオレは! 紹介するだけだからな! ちゃんと履歴書を書いて面接を受けろよ!?」


「はいー! 副社長ー!」


「誰が副社長だ!」


「はははっ、出世したなー立宮」


−−−−−−


 あとがき。


 『立宮機材(株)』は、鉄鋼資材の製造販売から仮設工事など、幅広く手掛ける企業です。


 そして、サブタイトル付けました。おにぎり屋さんのお話ですよと、伝えたくて。


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