第14握利 お夕飯の白菜塩昆布
「ん?」
椿佐はカウンター席の下に、ハンカチが落ちているのを見つけた。黒の麻生地に緑の龍が刺繍されてある。これはどう見ても。
「
椿佐はわかりやすいハンカチを拾い、笑った。
「さて、どうっすかな」
椿佐は帆前掛からスマホを取り出すと、考えた。龍平は何かあったら連絡しろと言っていた。だが、電話でと。
「……」
『握利飯』は閉店したが、工事現場で働いている龍平はまだ勤務中だ。電話をかけたら邪魔になるかもしれない。
「——仕方ねぇよなっ」
意を決して、椿佐はスマートフォンをタップして文章を打っていった。
△ ▲ △ ▲
「あざっしたー!」
『握利飯』近くにある、工事現場に威勢のいい声が響いた。
龍平はニッカポッカのズボンから小銭を無造作に取り出し、自動販売機で缶の炭酸飲料を買い飲み出した。そして、小銭が入っていた反対のポケットから、スマートフォンを取り出し。
「あ?」
メールの通知に気づいた。
スマートフォンのロック画面に。
『メール 2時間前
握利飯椿佐
ハンカチ
あんたのハンカチ届けたいたから、仕事終わったら教えてくれ』
と、出ていた。
「ゲホッ! ゴホッ!」
思わぬ相手からのメールに、炭酸飲料が器官に入ってしまった龍平は咽せてしまった。
「おいおい、大丈夫が? 龍平」
「大丈夫っす……。ちょっと、行ってきます!」
龍平は一気に炭酸飲料を飲み干し、缶を握り潰すとゴミ箱に投げ入れ、走り出した。空き缶はきれいに白メッシュの鉄製のゴミ箱に入った。
△ ▲ △ ▲
握利飯。
暖簾は仕舞われていたが電気は点いていた。それを確認した龍平は入り口の戸を開けた。
「お? 仕事は終わったのかい?」
ねじり鉢巻は外していたが、白地に金魚柄のダボシャツと
「……ああ。それで」
「ハンカチな。あいよっ」
椿佐はカウンターテーブルに、黒い麻生地に緑の龍が刺繍されてあるハンカチを置いた。
「……ども」
龍平はそれを受け取ると、ズボンのポケットに突っ込んだ。
「メール見なかったのか? 届けに行くって、送ったんだが」
「……お前に来られると困る。……親方たちが騒ぐから」
「ははっ、そうかい。じゃあ、足を運んでもらったお礼に夕飯食べてくかい?」
「……いいのか?」
「ああ。丁度ここでもう済ませちゃおうと思っていたところさ。その代わり、自分用だから手抜きになるぞ?」
「構わねぇ」
「それじゃ、座りな」
「……うっす」
龍平はいつものカウンター奥の席に座った。
「まずは、お茶とおしぼりと」
椿佐は煎茶とおしぼりを龍平に手渡し。
「そして、味噌汁な」
木製のお椀に味噌汁を入れ手渡した。
「……レタスか?」
おしぼりで手を拭き、お椀を両手で受け取った龍平は、味噌汁の具を見て尋ねた。
「ああ、そうさ。レタスと玉葱だよ。レタスも味噌と合うのさっ」
「……いただきます」
龍平は味噌汁を一口飲んだ。
玉葱の甘味がシャキシャキ感が残ったレタスの旨味を引き立てていて、白すりごまが程よいアクセントになっている。
「……美味ぇな」
「そいつはよかった」
龍平の感想に安心しながらも、椿佐は包丁でざっくざくと切っていく。
「何してんだ?」
「これかい? 今日の添え物で余っちまった白菜漬けさ。これと」
「はいよっ、手抜き白菜塩昆布だよっ」
海苔で優しく包むと、
「……手抜きには見えねぇが」
「ははっ、そうかい。そいつは嬉しいね。でも、手は抜いていても、味は抜いてないつもりさ。肉系じゃなくて悪いけどね」
「……別に、毎日肉を食わねぇと、死ぬわけじゃねーし」
「ははっ、そいつは悪かったね。ま、食べてみておくれよ」
「……いただきます」
龍平は大きく口を開けて、おにぎりにかぶりついた。
ざく切りにされた白菜の食感、塩昆布の丁度いい塩加減と旨味、そして、ご飯に混ぜられてあったごま油が食欲をそそる。
「……美味ぇな、くそっ」
「ははっ、ありがとよ。くそは余計だけどな」
「……金はちゃんと払うから、あと二つくれ。味噌汁も」
「相変わらずいい食べっぷりだねー、毎度!」
−−−−−−
あとがき。
わかりやすいハンカチ(笑)は、また出てくる予定です。
次回は番外編の、予定です。
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